生存

——カンカンカンカン


 ある晴れた日の夕暮れ。煌々と燃え盛る店々を前にして、勇敢な消防士達がその対処にあたっていた。火元は"空遊"という喫茶店に突っ込んだ、大型のトラックだ。通報によると突如としてトラックが突っ込み、爆発したのだと。


 いくつものパトカーや消防車が、大通りに並び立つ。警察は周りから人々を避難させ、極めて冷静に交通整理をしている。止まないサイレンは辺りの雰囲気を締め上げた。

 そんな懸命な人々の少し後方。そこには二つの人影が座る。一つは背が高く、一つは小柄。


「大丈夫ですか?せんせい」


 赤い髪留めをした少女が質問する。目線の先には

空虚な目をした男がいた。シャツと思われる服は焦げていて、地肌が所々露出している。目立つ怪我らしきものは、ほとんど見当たらないが背中が少し赤い。軽い火傷を負っているようだ。


「...役立たずですいませんね。ほんと。ね」

「もーそんなに落ち込まないでください、先生。そういうの、めんどくさいですよー」

「めんどくさくてすみません」


 ただ何処かを眺めて言う甲刹。声色からは反省しているのか怒っているのかさえ分からない。彼の背中をエミーリアがぽんぽんと叩く。それは慰めというより、しっかりしろ、という意が大きい。

 

 甲刹はふと我に帰ったように、彼女に顔を向ける。じっと見てみれば、少女の体には傷一つなく、目も相変わらずに輝いている。彼は一回、小さくうなづき、また炎の方を向いた。


「それで...先生...神秘狩りは、【ガイハイ】はどうなったんですか?」


「さて。私が車から抜け出した時には見当たりませんでした。逃げているか、あるいは下敷きになっているかもしれませんね。ともかく、あの怪我ではそう遠くまでは行けないでしょう。幸いにも、この地域には私達以外の方々も集めてもらっています。彼のあの莫大な神秘を、見逃すわけが有りません」

 

「そうですか、、、ところで一ついいですか?」


「はい?」


 疑問符を付けて、彼は無表情に返事をする。


「先生って、ガイハイとお知り合いだったんですか?店に入った時からすごくおもってました」


「......私は昔からあの店によく行っていたんです。ただ、それだけです。それよりも、今は仕事を再開しましょうか」


 そこから救急車が到着するまでの間、彼等は他の祈祷師達や本部に連絡を取った。やがて、屈強な救急隊員達が彼等を走って尋ねて来る。

 甲刹は応急処置だけを受けて、一度大きな息を吸うとまた立ち上がった。


・・・・・・

 

「あ゛ぁ...がぁ...」


 声にならない呻き声を上げながら、男は細く、薄暗い裏道を歩く。その足取りは重く、左足を引きずり、今にも崩れそうな程おぼつかない。


 朝に着替えた服は今ではすっかり黒くなってしまった。肉体のあちこちには青紫のアザがあり、皮膚は所々爛れ落ちている。顔からは汗が流れ、苦悶の表情が見られた。


 そんな彼はやがて、膝をガクンと曲げて壁に背をもたれさせる。ただでさえ見えづらかった視界が、完全に閉じ始めてしまう。

 これはいけない、そう思ってポケットから、黒い四角形の機械を取り出した。機械は側面にボタンが一つあるだけの、単純な構造だった。

 

 彼はボタンを一回だけ押す。そして眠気に誘われるまま、意識を落とした。

 

 それから、何時間かが経った。少なくとも彼の身体が完全に治る、つまりは24時間以上が。

男は微弱な光に目を開ける。


「ガイハイ」


 その言葉が聞こえると共に目の前に【彼女】が見えた。若く、赤の長髪とおっとりとした目を持った人だ。彼女が身につけている物は、大きく薄い白布に、頭と腕用の穴を開けただけの物だった。


 ガイハイは仰向けに倒れた状態で、その顔を見上げる。彼女が膝枕をしている事を彼は理解した。


「...あぁ」


 静かに声を出して上体を起こした。外面はなんともない振りをして。寝起きだというのに、心臓に悪い事態であった。彼はいつのまにか着替えられていた黒い寝巻きで目を擦る。


「おはよう、相当コテンパンにやられたんだね」

「あぁ、ほんともう最悪だよ。ていうか起こすなら普通にしてくれ、クルミさん」


 そう言われると、くるみは今一度ハハハッと笑った。ガイハイは辺りゆっくりと見回す。高級そうなインテリアやら絵画やらが目に映る。そこは、高級感あふれる大きなリビングルーム。今まで倒れていたは白いソファーの上らしい。


「よかった。クルミさんの家か」

「そうだけど...それよりもさ。話してくれないか!君に何があったの?!」


 喋る彼女の表情は明るい笑みであった。何かを期待する子供のような、無邪気な笑顔だった。

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