神秘を閉ざす者

ヨロイモグラゴキブリ

一般人

——ぐちゃ


 人知らぬ夜の森、一つの骸の側に、一人の少年が膝立ちをする。少年はダウンジャケットを着込んでいた。彼は寒そうに手を擦り、骸に触れる。

 月光に照らされたその亡骸は、黒く溶け、腐り、蛆が湧いている。しかし、それでも人であった。


 壮絶な腐敗臭を漂わせる死体。それの空洞の目をした頭を、持ち上げる。それから、張り付く蛆虫の一匹を摘むとゆっくりと口へと運んだ。

 彼は一口を存分に噛み締め、咀嚼するたびに体を震わせては吐息を漏らす。


「はぁ…おいし」


 恍惚した狂気のつらを月面に向ける。あたかも見せつけるように。時たま口の中を覗かせて。彼はそれからも手を止める事なく蛆虫達を頬張り続けた。


 そうして1時間、2時間が経った頃、手を止めてその場から軽く立ち上がる。同時に、バリバリと上着が破れ初め、畳んでいた両翼が姿を見せた。翼には羽毛がなく、薄く、コウモリのようだった。

その生物は太古の昔から【悪魔】と言われている。


「はぁ〜お腹いっぱい!運動しなきゃ〜」


 そう呟いた正にその時、重い轟音と眩い黄金の光が遠くの山に見えた。悪魔は口角を上に釣り上げる。飛び上がり、翼を振りながら、乱雑に空を切り裂いていった。


***


「本当にこんな所にいるんですかね?」


 人が行き交う駅近郊の街で、赤いヘアゴムをした少女が、歩きながら尋ねる。すると、彼女の前を歩く、黒い外套を纏った男は答える。


「います。アレはここに。先日の山中での事件で、やっと尻尾が掴めたようです」

「でも、こんな人がたくさんいる所で本当に……」


 少女は首を傾げ、訝しげな顔で男を見た。見上げて見えたその表情は無そのもの。晴れやかな日のもとでも未だ曇っている。しかしながら、この男、実力は本物なのだ。


 政府が数多抱える【祈祷師】の中でも腕が立つと評判になっている。そんな彼が駆り出されたということは、それだけの脅威であるということ。

 彼女は背中に少しばかりの寒気を感じた。


「私、、、役に立つのでしょうか」

「えぇ。ちっぽけな虫でも虫なりに出来ることは有ります。貴方はそれをやり切れば良いのです」

「うぅ……」

「私も、プランクトンなりに、全力を尽くさせてもらいます」

「(もう……先生はこれだから)」


 と彼女は心の中でため息をついて歩きを早めた。

幾分か、歩いた後、彼等の視界にある店が映る。その店は大通りに接し、よく周りと調和した古い店であった。少し掠れた立て看板には【カフェ空遊】と書いている。


「ここ……ですか。嫌な雰囲気の一つも感じませんね。ごく普通の店です」

「…そうですね。私も同意します。ではエミリアさん、手筈通りにお願いしますね」

「…はい」


 唾を飲みこみ、こわばった返事をする。


——ガチャ


男は取っ手つきのドアをするりと開けた。


「いらっしゃいませー」


 若い男の声がカウンターから聞こえる。声の方向に目をやれば、そこには"凡庸な青年"がいた。

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