最強魔法使いは自由気ままに旅したい

なんじゃもんじゃ/大野半兵衛

プロローグ

第1話 俺はゼイルハルト

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 第1話 俺はゼイルハルト

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 俺の名前はゼイルハルト。今年で十三歳になる。

 生まれてから今まで、俺はオヤジに連れられて旅をしていた。一つのところに留まることはなく、三カ月を越えて滞在したことはない。


 オヤジは冒険者をしながら、たった一人で俺を育ててくれた。

 優秀な冒険者だったオヤジだけど、そんなオヤジも今は毒に蝕まれている。

 モンスターの特殊な毒らしく、解毒はできなかった。

 おそらく、今日か明日……明後日のお天道様てんとうさまは拝めないだろう。


「ゼイルハルト」

「なんだ? 水か? どこか痛いのか?」

「死ぬ前に、お前のことを話しておく」


 少し喋るだけで息が切れて、ゼェハァと激しい息遣いをするオヤジが、どうしても話しておきたいと言う。


「お前は俺の子供ではない」

「………」

「お前はゴホッゲホッ」

「オヤジ!」


 吐血したオヤジは、とても話せる状態ではない。

 もう目が開かないし、口を動かしても声が出ない。

 俺は血で汚れたオヤジの口の周りを布で拭いて薬を飲ませる。

 気休めの薬だと分かっている。だけど、一秒でも長く生きてほしいんだ。

 オヤジはちょっと喋っただけで疲れて寝入ってしまった。このまま起きないかもしれない。


「俺がオヤジの子じゃないのは知っていたさ……」


 オヤジは俺のために人生を狂わせた。

 俺がいなければ、オヤジは貴族の家臣として今も宮仕えをしていたことだろう。




 あれは俺が生まれた時のことだった。

 母の腹から産まれた直後でも、俺は自我があった。

 前世の記憶はないが、意識ははっきりあった。


 さすがに産まれた直後の目はぼやけ、耳もしっかり聞こえなかったが、三時間もすればはっきりした。

 そして、俺は実父から死の宣告をされたんだ。


「この子は殺せ」


 実父の記憶は最悪なものだ。

 実母は泣きじゃくっていたようだが、あまり記憶にない。

 なぜ殺されなければいけないのかは、分からない。

 もしかしたら実父が天色あまいろの瞳と青みがかった銀髪で、実母がホワイトブロンドの髪と金青色こんじょういろの瞳に対し、俺が黒髪黒目だからかもしれない。

 黒髪は珍しくない。黒目も少ないがいないわけではない。だが、黒髪黒目は滅多にいない。

 だから、不義の末に生まれた子だと思われたのかもしれない。

 これは俺の予想でしかないから、本当の理由は知らない。知ろうとも思わない。俺の家族はオヤジだけなのだから。


 その後、俺は執事からオヤジの手に渡った。

 執事は実父の命令をオヤジに伝え、オヤジは俺を殺すために近くの森へと向かった。

 なぜその森だったのか、聞いたことなかったな……。


 地面に置かれた俺に、親父が剣を向ける。

 その時のオヤジの顔は今でも覚えている。


「俺には無理だ。こんな赤子を殺すなんてできない!」

「ラングスター卿。貴方が殺さなければ、私が殺します」


 オヤジの他に二人の騎士がいた。

 オヤジはその二人よりも立場が上だったし、鎧もかなり立派なものを身につけていた。

 騎士でも上位の存在だったのは、それだけで分かった。


「お前たちも知っているだろ! 俺は妻と幼い息子を流行り病で亡くした。どうしてこんな可愛い赤子を殺せるだろうか!?」

「では、私が」


 オヤジを押しのけた若い騎士が俺に剣を突き刺そうとしたが、直後にその騎士の胸から剣がつき出ていた。

 オヤジがその騎士を殺し、俺に大量の血がかかった。火傷をするかと思うほど、その血は熱かった。


「ラングスター卿!?」


 もう一人の騎士がオヤジに斬りかかったが、オヤジはその騎士も倒した。


「この子は俺の子だ。ラビヌ神が俺にこの子を育てろという啓示だ」


 オヤジは数カ月前に、妻と幼い息子を流行り病で亡くしたばかりだった。

 そのおかげで俺は死なずに済んだが、オヤジは指名手配犯になってしまったのだ。


 オヤジは俺を抱えて逃げた。

 追手に四度襲われ、傷つきながらも退けた。

 そして、五度目の追手の攻撃を受け、俺を抱いたオヤジは崖から落ちた。

 崖の下は真っ黒で、落ちていくと激流というべき川があった。

 俺は魔法を使えたため、浮遊魔法を使ってその危機を回避した。


 赤ん坊の時に浮遊魔法を覚えたのは、必要に迫られたためだ。

 何せ赤ん坊の体では歩くことさえできず、何をするにも不便極まりない。


 まあ、何はともあれ、あの崖から落ちた後は、追手は現れていない。

 オヤジが死んだと思っているのか、思ってなくても切り上げたのかは分からない。


 オヤジは別の国で名前を変え、冒険者になった。

 子供の俺を紐で体に括りつけて、モンスター退治をした。


 四歳になると、俺は剣の稽古を始めた。

 オヤジは魔法はからっきしだったが、剣の腕は達人級だった。

 おかげで俺の剣の腕はグングン上がっていった。


 俺は十歳で冒険者登録し、親父と共にモンスターを狩った。

 俺は剣も使えるが、魔法も使える。

 魔法は赤子の時から自己流で訓練をしてきたおかげで、それなりの腕になっていた。


 それから三年が経過し、俺たちはある町のギルドでモンスター退治の依頼を受けた。

 そのモンスターは辛うじて退治することができたのだが、モンスターが放った毒のせいでオヤジはこんな状態だ。

 冒険者に危険はつきものだが、あの時俺がもっと上手くやっていればと後悔しかない。


 その日、オヤジは目覚めることなく、逝ってしまった。

 俺は海が見える丘の上に、オヤジを埋葬した。魔法で墓碑を作った。


【愛に生きた騎士 ここに眠る】


 十三年間、俺を愛してくれてありがとう。

 そして、俺を生かしてくれ、本当に感謝している。


「生前、海の見える場所で余生を過ごしたいと言っていただろ。だからここにした。これからは美しい海を見ながら、過ごしてくれ……」


 墓碑には風化防止を施し、三重の結界を張った。


「またくるよ」


 海を見てほほ笑むオヤジの姿が見えた。オヤジはいい笑顔だった。




 オヤジを埋葬した俺は旅に出た。目的地などない旅だ。

 俺の十三年の人生は、旅と戦いばかりだった。だから、俺は旅のプロだ。

 歩いていたら、次の町に到着するだろう。道がなければ道を作り、橋がなければ飛んで川を越える。オヤジとの旅もそうやっていた。


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