植物ちゃん!

蟻かも

第1話 ハエトリソウちゃん!

植物、それは動くことは少なく、ましては喋ることなんてもってのほか。

そんな生物である...いや、そう思っていた。


私は仕事帰りだった。

朝起きて、出勤し、仕事から帰って趣味の観葉植物や家庭菜園の世話をして寝る、そんなごく普通の毎日をおくっているはずだった。

...はずだったのに。

「ご主人お帰り~」

私が帰ってすぐ、玄関で待ち伏せをしていたかのように少女が立っていた。

少女はだぼっとした緑のパーカーに細いからだがより細く見えるような黒いズボンを着て、瞳は赤く、薄緑の髪色の毛先が少し赤みがかったツインテールの髪留めはハエトリソウのように見えた。

「...誰?」

そう、全く知らない顔だった。

私の顔を何年か後に見たら1時間は笑い転げる自信がある、それほど困惑していたのだ。

全く予想外の回答がきたと、少女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして言う。

「誰って、ボクたち家族じゃないか」

家族と言われても両親は私と30は年が離れているし、彼女いない歴=年齢の私としてはこんな年の少女など家族に居るわけがない。

「私を買ってからここまで育ててくれたのはご主人だというのに、忘れてしまうとは酷いぞ~」

少女は私の脇腹をつんつんしながら話した。少し痛い。

「だから子供を育てた覚えは一切無いし、少なくとも君みたいな子にご主人とは呼ばせ無いよ...って買ったと言ったか?」

決して私は人の子供は買っては居ないし、ここ日本で人身売買が行われているというのはかなり大問題である。

「ご主人がH駅の近くのデパートで、ボクのことを買ってくれたんじゃないか」

ほう、確かに私は日用品を始め、買い物の多くをそのデパートで行っている。

「それにボクはもう立派な大人だしね~」

そう言われても私の目には中高生くらいの少女しか映っていない。

少なくとも成人しているとは思えない少女は続けて。

「捕虫だって完璧にできるのだ!」

少女の腕と髪留めがパタパタと上下して、思わずドヤァ...と音が聞こえたかと思うほど自信満々な姿である。

「それ動くのか...それでその...ほちゅうってのはなんだ?」

聞き慣れない単語に多少戸惑い少女に問う。

「何って、そのままの意味だよ?虫を捕まえて、食べる、それだけだよ、オトナな食虫植物として出来ないと恥ずかしいからね~」

どうするべきか、全く話がかみ合わない。

見た目からして恐らくハエトリソウ、もとい食虫植物が好きなのだろう。

「ちょっと待ってろ、今本物を見せてやるからな」

そう言って庭にハエトリソウを取りに行ったが、そこに鉢はあるが何も植わっていなかった。

「あれっ、何もない...」

「何を探してるの?ボクならここにいるじゃないか~」

「ボクがそこに植わってんだよ、今日の昼ごろ光がぶわぁーってなって姿が変わったの」

「なるほど?」

なるほどと言ったものの正直理解が追いついていない。

まずはどうしたいかを知るべきだろう。

「分からんが分かった。とりあえず君はどうしたいんだ?」

「ボクはいつも通り生活出来れば...ってそうもいかないよね~」

もちろんである。

「食事、睡眠...とまあ前とは違った生活をすることになるとおもうぞ」

「...で、早速で悪いがまず風呂に入ろうか?」

そう、今までこの異常な光景のせいで気がつか無かったが、おそらく鉢から出てきたままなのだろう、足先から腰にかけて土がびっしり付いている。

「...?」

「風呂とはどういうものだ?」

少女は足をバタバタさせて問う。

「水と洗剤で体を洗い流すんだよ、まずこっちに来てくれ」

と言い少女を風呂場まで案内する。

「これがシャンプー、髪を洗うものだ」

と少女の髪を指さす。

私が一通り説明を終えて外に出る、わが子に初めて一人で風呂を入らせたような、そわそわとした感覚が私を襲う。

一方少女は服を着たままで風呂場にいた。

どこかおぼつかない手つきでシャンプーへと手を伸ばす。

「...っ」

目にシャンプーが染みるというのも初めての経験であり、とても恐ろしいものだ。

髪を洗い流し、ズボンや足についた土を落とし、体を洗い終えて浴槽にはいる。

決して広くは無い浴槽だが、少女が足を伸ばす程度にはスペースがある。

「温かいのは、気持ちが良いね~」

ゆったりくつろぐ少女の服は未だ着られたままであるが、不思議と服が浮いてくることは無かった。

「こうぽかぽかしてると眠くなってくるなぁ」

少女の意識が、不思議と薄れていく。

...少女を風呂場まで案内してから約2時間、まだ出てこない少女に少し不安を抱え私は風呂場に向かう。

向かった先で私が見たのは、浴槽で服を着たままぐったりしている少女の姿であった。

「大丈夫か!」

私はとりあえず少女を浴槽から出し、肩を揺すって意識を確認する、幸い薄いが意識がある。

「水を...吸い過ぎた...みたい」

言い終えるとガクッと気を失ってしまった。

その後、水気を拭き取って布団の上で安静にさせる、服を脱がそうとしたら肌に張り付いていたのは不思議だった。

数日間気を付けて見ていたら目を覚ましてくれてよかった。

今日、私は植物の常識が通じず、ましてや人間の常識が通じない少女との生活に覚悟するのだった。


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