貧乏JK、巫女姫になる。

鏡崎ユミ

序章 巫女姫

鳥居の夢

ふと気がつくと私は、大きな鳥居の前にいた。

私の前にどーんとそびえ立つ、大きな鳥居。

奥には小さな祠のようなものも見える。

「何処なのよ、ここ……」

私がキョロキョロと辺りを見回していると、何処からか女の人の声が聞こえた。

「彩葉!!」

「え…?」

何処か懐かしく感じる、私の名前を呼ぶ女の人の声。

「こっちへ来てはダメ!今すぐ戻りなさい!!」

心配するような、怒っているような、怯えているような____いろんな感情が混ざった声だ。霧が濃くてその人の顔はよく見えない。

「誰……?」

その人の顔を見ようと私が近づこうとした、その瞬間。

「うわっ……!?」

急に地面がぱっくりと割れ、私はそのまま暗闇へと真っ逆さまに落ちて行く。私の意識が薄れていく中、女の人はまだ私に向かって叫んでいた。

「彩葉、聞きなさい!近いうちに貴女を……」

その人の声は、段々と遠のいて聞こえなくなっていった_____









「……ずめ!鈿女うずめ!!」

今度は男の人が私を呼んでいる。しかも先ほどとは違い、苗字で呼び捨てだ。なんて失礼な人なんだろ……

鈿女彩葉うずめいろは!良い加減起きろ!!」

「はっ、はい!!」

私がハッと顔を上げると、目の前には鬼の形相で私を睨み付けるジジイ……じゃない、数学教師の顔。

「鈿女!!お前まーた居眠りしてただろ!!」

…え、嘘でしょ?私もしかして寝ちゃってた?

周りからはクラスメイトがクスクスと笑う声が聞こえる。

(やば、やらかした…)

「おい鈿女!聞いてんのか!!」

「は、はいっ!」

「はあ……連日のバイトで疲れているのは分かるが、授業中に寝るな!!」

「はい……」

そう素直に返事しつつも、分かってるなら怒らないでよ、と思う私であった。






「あっはははは!!今日はマジで災難だったね彩葉!!」

「笑いながら言うセリフじゃないでしょ、それ」

私の親友、結衣ゆいは、お弁当を食べながら、先ほどの私を思い出して爆笑していた。笑って肩を震わせる度、彼女の高めのポニーテールが揺れる。あんまり笑い過ぎて涙が出て来たのか、結衣は少し目を擦る。そんなに笑うことないでしょ……と思いながら、私も自分で作って来た弁当を一口食べる。


___それにしても、さっきの夢はなんだったんだろう。

私は無意識に、胸元に下げた無色透明な石のペンダントに触れる。これは亡くなった母が残した唯一の形見だ。不安なことがあると、いつの間にかこれに触れている。

両親は私が小さい時に事故で死んだから、顔はよく覚えていない。残ったのは、両親が亡くなった日に私がいつの間にか首に下げていた、というこのペンダントだけ。


「…そういえばさ」

「え?」

結衣の声で急に現実に引き戻され、思わず聞き返してしまう私。

「バイト、また増やしたんでしょ?」

「うん、まあ……」

「え、アンタ既にバイト10個くらい掛け持ちしてなかった…?大変だねー、一人暮らし」

結衣はそんな事全く思っていなさそうな顔で言ってくる。


そう。私は現在、一人暮らしをしている。

両親が亡くなってからは祖母に引き取られ、ずっと育てられてきたのだが、最近祖母の物忘れが酷くなってきて、とても私を育てられるような状態じゃなくなってしまった。

祖母にこれ以上負担を掛けさせたくない私は、反対を押し切って京都の実家から上京し、一人暮らしを始めた。

「そうなんだよね〜……!別に、家事もおばあちゃんのとこで手伝ってたからそれなりに出来るし、料理も出来るからそれは困ってないんだけど…」

「だけど?」

「お金が!!ない!!」

「あー…」

結衣は私の言葉に、軽く苦笑した。

一人暮らしで一番困った事。それがお金。

ウチは代々神社?みたいなもの(私は詳しく知らないけど)をやっていて、そこの稼ぎによってそこそこお金持ちだった。

なのに私は何も考えずに必要最低限のものしか持たずに飛び出してきた為、すぐに有り金が底をついてしまったのだ。

幸い今はボロッボロのアパートに住んで、一日中バイトをしてお金をまかなっているのだけど、やっぱりきつい。

「大変だと思うならお金貸して…」

「ごめん!私も今金欠で…!」

両手を合わせて申し訳なさそうな顔で謝罪の意を示す結衣。そんな結衣を見て、私はがっくり肩を落とす。

「はあ…誰か私にお金を恵んでくれる神様みたいな人、いないかな〜…」

「あ、彼氏作ってその彼氏にお金恵んで貰えば?」

「なんでそういう考えに至るわけ??」

予想外の方向に話が飛んで、思わず即ツッコんでしまった。結衣ってば、すぐ恋愛事に話を持ってくんだから…

「彩葉がJKなのに恋愛に興味なさすぎるだけじゃない?」

「えー…」

「私だけじゃないよ?みんな花の女子高生なんだし、恋のひとつでもするでしょ」

「そうかなあ…」

正直今は自分のことだけで精一杯過ぎて、恋愛なんて考えることすら出来ない。というか、恋愛してる自分を想像出来ない。

(私に好きな人なんて出来るのかな…)

そもそもどういう人が好きかすらも分からないんだから、想像のしようがないんだけど。

「あっ、ほら!稲荷いなり先輩とか良くない!?」

「いやいやいや、あんな人気者の先輩絶対無理でしょ…」

稲荷先輩___稲荷 朝香あさか先輩は、容姿端麗で成績優秀、更に運動神経抜群で性格も優しく気配りも出来る、まるでおとぎ話に出てくる王子様のような完璧美青年。

彼にゾッコンな女子生徒達が勝手にファンクラブを作ったって噂もあるとかないとか。

「えー?彩葉可愛いし、案外押せば簡単に付き合えちゃったりして」

「絶っっっ対ないから!!あと可愛くない!!」

「えー、ほんとなのに」

ニヤニヤしながらそんな冗談を言ってくる結衣に、ブンブンと首を振って勢いよく否定する私。こんな芋女とあのイケメン優等生が付き合うなんて、天地がひっくり返っても無いだろう。

「し、しかも稲荷先輩って誰とも付き合わないって噂だし」

「そうなんだよねー…今まで何度も告白されてるんだけど、全部断ってるらしいし」

誰とも付き合わない……好きな人でもいるのかな、?

結衣の言葉を聞いて考え込んでいる私の耳に、凛と澄んだ男の子の声が聞こえた。


「失礼します」

「きゃあああ!!朝香先輩!!!!」

教室にいた女子のクラスメイト達が黄色い歓声を上げた。

噂をすれば、っていうのはまさにこういうことだろう。女子達の熱の籠る視線の先に、今丁度話していた稲荷先輩がいた。

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