#2:ショットショー
そして今日は、蒼太郎直々のご指名でいつもと少し違う仕事をすることになる。
「名古屋でイベントがあるんだ。ああ、いや、そのイベント自体は大したものじゃない。ただ、そこである人に会うことになっていてね。我が社がPMCとして活動する上で欠かせない人だから、君も顔を覚えてほしくてね。そういうことだから現地集合で」
という話なのだった。
……イベントってなんだ?
PMCの社長である蒼太郎が赴くイベント、ねえ。就職説明会? ないか。
それに案外、PMC社長ではなく投資家としての蒼太郎が参加する必要のあるイベントだったりして。まあ何にせよ、蒼太郎が大したことないと言うのだから気にすることもない。
粛々と仕事をこなすだけだ。
「やあ、時間通りだね。我が社は時間に厳格な社員ばかりで助かるよ。……いや、クーさんとナオはちょっとルーズだったかな」
会場は大規模な展示場だった。スーツ姿の男女がわらわらと行き交っている。駅からここまで誘導していた人が持っていた看板には『バレットフォーラム』とか何とか書いてあったけど……。それだけじゃ何のことだか分からない。
八時半。言われた時刻に蒼太郎と待ち合わせた。人が多いので探すのに少し手間取った。
「しかし生憎の雨だねえ。別に外をほっつき歩くわけじゃないからいいけどさ」
いつも通りお喋りな蒼太郎だったが、今日は少し様子がおかしかった。腕時計を頻繁にちらちらと見ている。いつもの陽気な表情も少し浮かない感じだ。
「…………どうかしましたか?」
「いや、ちょっとね。うーん……」
蒼太郎は唇を真一文字に結ぶ。こういうどこか切羽詰まったような表情もできるんだな、こいつは。
「問題はない、はずだ。彼女との待ち合わせは十時だから、時間はたっぷりある。あるんだが……」
「あるんだが?」
「なんかこう、来る気配が微塵も感じられない。なんだろうねこのすっぽかされた感じ」
「はあ……」
約束までまだ二時間もあってそれとは、随分だな。ドタキャンの常習犯だったりするのだろうか。
「まあいいさ。いつものことだ」
「そうですか」
「中に入ろうか。大したイベントじゃないとは言ったが、しかし君には少し物珍しいだろうからね」
物珍しい?
促されるまま、会場に入る。会場内は大勢の人が詰めかけて大盛況だった。
会場は小さいブースがいくつも並んでおり、それぞれのブースが何かを展示している。よく見るとそれは……。
「銃?」
サブマシンガン、アサルトライフル、拳銃、PCC……。銃火器の類はもちろんのこと、スコープやグリップなどのアクセサリー類、防弾チョッキなどの装備品などがいたるところで展示されている。
バレットフォーラムって、まさか……。
「銃火器の展覧会?」
「そうとも。今回は警察や軍、PMC関係者向けの展覧会だ」
そんなものがあったのか。知らなかった。
「民間向けの銃器展覧会ですら、知らない人は開催していることすら知らないものだからね。今まで銃と無縁だった君が知らなかったのは無理もない。だが是非こういう世界があることを覚えておくといい。銃火器の整備はナオの仕事だが、銃火器の種類に詳しくなっておいて損がないのがうちの業界だ」
「……………………」
「どうかしたのかい?」
「いえ、どうも、圧倒されて」
考えてもみなかった。
銃を売る人間がこんなにいて、大々的に売っていて、それを買う人間がいる。そんな世界があるということを、今まで考えてこなかった。
気づけば、わたしの左手はホルスターに収めたグラッチを触っていた。
「銃なんてものが、まるで車かバイクみたいに大っぴらに展示されているというのは奇妙ですね」
「はは。言わんとすることは分かる。君のような経験をしていなくても、銃というのはどこか後ろ暗い印象を持っているものだからね。なにせ人を殺せる道具だ。そいつがそれこそ玩具か何かの新作発表会みたいに並んでいる。どこか場違いな呑気さだ」
「でもこのイベントのどこが大したことないんですか? けっこう大きいイベントに見えますが」
「ひとつは時期的な問題だな。銃の最新機種は日本じゃ三月ごろの発表が多い。新入社員を入れて、装備の一新を検討するのがどの会社も五月くらいだから、その前にお披露目というわけだ。だから十月の今はさして目新しい商品は出てこないんだよ」
わたしと蒼太郎は並んでブースの間を抜けていく。ブースではいかにも重役そうなスーツ姿の男が多かったが、中にはスーツが窮屈そうな体格の、筋肉質で鍛えられた男もちらほらいる。たぶん、普段は軍服でも着ているのだろうと思わせた。
「もうひとつは我が社の個人的な問題だ。我が社は銃火器を仕入れる会社が決まっているから、こういうのを見ても仕方ない。それに最近買ったからなあ、AK12」
「あれ、最近だったんですか」
「そう。それまではアサルトライフルはクーさんのクリンコフくらいしか使ってなかった。ただ、戦術の選択肢が狭いってクーさんがむくれるもんだから奮発したのさ。日本のPMCじゃアサルトライフルが必要な戦闘場面は少ないんだけど、クーさんは根っから軍人だからサブマシンガンじゃ心もとないんだろう」
元軍人か、あの人。どうりで強いわけだ。
「ところでこれは唐突な質問なんだが」
横を歩きながら、蒼太郎が言う。
「今日本の警察や軍、PMCが一番使っている銃はなんだと思う?」
「本当に唐突ですね……」
それを知ってどうしろというのか。
「そんなの分かるわけないでしょう」
「いや、案外分かるよ。少し考えればね」
「む………………」
考えれば分かると言われると、少し腹が立つな。分からないわたしに考える頭がないみたいで。
少し考えてみるか。
ちらりと、ブースを見る。ちょうど、豊和工業という日本の銃器メーカーのブースが隣にある。
日本の組織なんだから、日本製の銃が一番多い? それはなさそうだ。そもそもブースに全然人がいない。そりゃそうだろう。銃刀法が緩和されるまでは猟銃などをちょこちょこ作っていただけだ。突然アサルトライフルを作れと言われて対応できるはずもない。日本製の銃は民間でもほとんど見ないはずだ。まあ、愛国主義的な今の政権なので、ごり押しして日本製の銃を軍や警察に配備することもありえなくはないが……。そういう可能性は考えなくていいだろう。
蒼太郎は警察や軍、PMCと一緒くたにした。警察や軍なら政治的な要因が装備調達に絡むかもしれないが、民間企業ならそれはない。純粋に使い勝手のいい装備を選ぶはずだ。
とはいえ、銃の使い勝手なんて分からないよな、わたしは。そっち方面から考えるのは悪手か。やはり手がかりは政治的なところだろう。
政治的、ねえ。
「銃の種類までは分かりませんが」
答えが出た。
「アメリカ製の銃が一番人気じゃないですか?」
「お、よく分かったね」
「確かに、少し考えれば分かりした。日本の銃規制緩和はアメリカ企業の銃市場新規開拓の意味合いが強かった。銃規制を求める世論が強くなっていた本国の代わりとなる市場としての日本が欲しかったんです。なら、そうして開かれた市場である日本をアメリカ製の銃が席巻するのは当然ですね」
「さすがにインテリだ。政治情勢をよく知っている」
蒼太郎は笑う。
「馬鹿にしてます?」
「いやいや、本気で感心している。それに一企業の一社員も社会情勢に聡くないとやっていけない時代だ。特に君たちはそういう社会の流れに命を晒す戦闘員だからね。政治に詳しいのも良きPMC社員の資質だ」
そんなものだろうか。
「ちなみに、具体的な銃の種類を上げると警察や軍がよく使っているのがM16系列だ。アサルトライフルのM16、そのカービンタイプのM4A1、M16を元にしたサブマシンガンのM635などが主に使われる。うちもそうなのだが、PMCの社員は元警察関係者や従軍経験者が多いからね。そこで使われるM16系列をそのまま使った方が訓練の手間が省けるという事情もある」
ふむ……。まあ、PMCなんて仕事に徒手空拳で挑むやつは少ないと思っていたから、それはあまり意外でもないか。
「裏返せば警察や軍じゃやっていけない爪はじき者やならず者のたまり場になりやすいのもPMCだ。うちはどっちかというと、組織から疎まれがちな人が多いけどね」
「たまり場、ですか……」
「そう。なにせPMCは警察上層部や軍幹部が定年退職してから起こす場合が多くてね。何か問題を起こしてもコネがあるからもみ消せる。ならず者たちにとっては都合のいいことこの上ない」
その上、コネがあるから仕事が得やすい、と。
「我が社のような優良企業は少なくてね。いやしかし、優良企業だと稼げないのが今のPMCの現状だ。金目的で後ろ暗い仕事を引き受けるPMCも少なくない」
「後ろ暗い、仕事?」
「殺しとかね」
笑みを崩さず、蒼太郎はハードなことを言う。
「自社の部隊を動かして人を殺し、警察とのコネでもみ消してもらう。でかい企業ほどそういうことができてしまうのがPMCだ。だから冬子くん、我が社に入った君の選択はそういう意味でも正しいのだよ。少なくとも我が社はそんな後ろ暗いことはしない」
「ほほう、それでは………………」
蒼太郎の言葉に反応したのは、わたしではなく別の人間だった。
「まるで我が社が後ろ暗いことをしているようじゃないか、徳川君」
わたしと蒼太郎が声のした方を振り向く。そこに立っていたのは、肥え太って背の低い老人だった。頭は見事な禿頭。全体的に威圧的というか、権威的な空気をまとっている。
「おや、これはこれは」
知り合いなのか、蒼太郎は笑みを崩さない。
「冬子くん、紹介しようか。彼は平権平。PMCアルカナソウルの社長さんだ」
「どうも。彼女は新顔かな? いつもの物騒な女は連れていないらしいな」
わたしの存在は軽くスルーして、平社長は蒼太郎と向き合う。
物騒な女? たぶんクーさんのことだろう。
「ついこの間も武装強盗を捕まえたそうじゃないか。聞いたよ」
「それはお耳の早いことで」
「なに、知り合いから聞いただけだ。しかし五人を相手にして殺したのはひとりとは、随分手ぬるいな」
「我が社の方針です。無用な血は流さないに限る。弾もタダではありませんから」
「だろうな。君のような零細企業は弾の一発が血の一滴だろう」
…………なんか、険悪だな。皮肉の応酬だ。温厚そうな蒼太郎がここまで敵意剥き出しというのも意外だ。
ただの商売敵、以上の何かを感じる。
「では私は商談があるのでこれで」
「ええ、ごきげんよう」
会話の聞こえない遠目からならにこやかに世間話をしたようにしか見えなかっただろう。二人は別れていく。わたしは蒼太郎についていった。
「アルカナソウルというのは」
わたしが疑問に思っていたことを先回りするように、蒼太郎が答える。
「中部地方では最大のPMCだ。いや、中部地方どころか日本全国を探しても最大級だろう。地方一帯の軍事業務を委託されているが、彼らは岡崎市の仕事だけは我々に取られていてね。我々は連中の目の上のたんこぶだ」
「はあ」
「最大の特徴は二十二もの部隊を持っているというところだろう。もっとも、精鋭はその中でもわずか。あとはセールスポイントのための寄せ集めだが」
「アルカナ……ああ、なるほど」
タロットの大アルカナが愚者から世界までで二十二。ふむ、あの禿げ頭からは想像できない程度には洒落ている。
「平社長自身は元愛知県警の警視正だ。コネが強いもんだからこっちも随分仕事がやりづらい」
などと語る蒼太郎自身は、そこまで気にしている様子がない。
「ところでさっきの話の続きだが、一番使われている銃がM16系列だという話をしていたね。その次に使われている銃は分かるかい?」
話を元に戻してしまうところからも、あのアルカナソウルとやらを言葉よりは注視していないことが伝わった。葵警備は零細だし赤字らしいが、蒼太郎の個人的な投資事業で賄われているというのはライバル企業に左右されないという意味で強みなのだろう。
「いや、分かりませんよ。それとも、考えたら分かるんですか?」
「うーん。さすがにこれは、考えても分からないだろうね」
だと思った。
「PMCなどで二番目に多く使われている銃は、いわゆるPDWだ」
「P……なんですか?」
「PDW。個人防衛火器とかなんとか言われるやつだ。ほら、ちょうどそこに展示されている」
蒼太郎が指さすブースを見る。ブースにはハースタルジャパンと書かれている。
そこに飾られている銃は………………銃? なんか変な形をしている。言葉で説明が難しい外観だ。どこか近未来的でSFチックだが、わたしの知るどの銃の形とも違う。
「ハースタルジャパン。ベルギーのハースタル社の日本支社だ。それで、あそこで展示されているのが有名なPDWのP90」
「あれも銃なんですか?」
「そうだとも。PDWはサブマシンガンの携行性や取り回しと、アサルトライフルの貫通性能を同時に兼ね備える、新しい銃だ。新しいと言っても二〇〇〇年代ちょっと手前くらいの産物だが」
聞いた感じだと強力そうな武器だな。
「うちで使っているビゾンなんかがそうなんだが、以前のサブマシンガンというのは拳銃で使用するような威力の低い弾を使用していた。無法者を制圧するのに殺す必要はないから、そこまで高威力の弾は必要なかったわけだ。しかし最近はテロリストや武装強盗が防弾ベストを着込む時代でね。拳銃弾では威力が心もとないとなった。そこで貫通性能が高く、なおかつ取り回しのいい特殊な弾丸を使用する銃が考案された。それがPDW」
「…………………………」
「有名どころはこのP90。あとはH&KのMP7などだろう。これらPDWは人間工学に基づいたデザインをされていて、さらに利き手を選ばない。君のような左利きでも特別な改修なしに使用できるんだ」
「それは便利ですね」
葵警備で使っているビゾンやAK12はリロードのたびに右手に持ち替えている。そのうえセレクトレバーやセイフティロックも右手で操作しないといけないから面倒なんだよなあ。
「だろう? 様々な人間が勤めるPMCでは利き手を選ばないのは結構な利点なんだよ」
「じゃあなんでうちで使わないんですか?」
「ああ、それは」
蒼太郎が苦笑する。
「ひとつはクーさんだよ。彼女がうちで使う銃を決めているんだが……。彼女はロシアの特殊部隊に所属していた経験があるんだ。そのせいでAKがやたら馴染むらしくて……。あれは生粋のAK信者だからなあ。愛銃もクリンコフだし」
なるほど。社長は蒼太郎でも戦闘部隊の取り仕切りはやはり彼女か。
「ちなみにAKは日本だとあまり人気がない。ほら、よく海外のテロ組織や武装勢力が使っているのを見るだろう。あれは正確にはAKのライセンス品だったり密造品だったりするわけだが、ともかくそれのせいで印象が悪くてね。客商売のPMCは使いたがらない」
そういう事情もあるのか。民間企業ならではの苦労だな。
「もうひとつの理由は、今日これから会う人に関係があってね」
「そういえばそういう理由でしたね、今日ここにいるのは」
「ああ、ブースはこの辺りなんだが……」
わたしたちが歩いて辿り着いたのは、IKJと看板の出ているブースだ。
IKJ……。今朝のニュースで聞いたな。銃器の販売元だったのか。
「IKJ。正式名称をイズマッシュ・カラシニコフ・ジャパン。ロシアの銃器販売工場のいくつかが、販売網を整理し一元化するために設立したイズマッシュ・カラシニコフ。その日本企業だ。これから会うのは、IKJではけっこう大物…………なんだが」
ちらりと、また時計を見る。蒼太郎は苦い顔をしている。
「まだ時間に余裕はある。あるんだが…………。僕は今すごく嫌な予感がしているよ」
顔を上げると、IKJのブースからひとりの女性が駆けてくるのが目に入った。明らかにこっちを目指している。そしてすごく慌てている。
「社長。どうもその嫌な予感、当たってそうですね」
「そうらしい。やれやれだ」
走ってきた女性はわたしたちの前で立ち止まる。
「社長! 徳川社長! すみません、うちの今川が……」
「ああ。大丈夫ですよ。いつものことです」
どうやら蒼太郎は女性の慌てっぷりひとつで事情を呑み込んだらしい。
「なんでも今朝出し抜けに『ハイキングに行きたい!』と言い出して飛び出したらしくて……」
「ハイキング? この雨でか……。相変わらず思い立つと何をするのやら分からん。長い付き合いなんだけどな」
「それだけじゃなくて」
女性が声を潜める。思わずわたしたちは額を寄せた。
「ついさっき我が社の諜報員が掴んだ情報によりますと、今川に殺し屋が送られた可能性も否定できず……」
「殺し屋ぁ?」
思わず大声が出てしまった。慌てて口を塞ぐが、蒼太郎は気にする素振りも見せない。
「それは大変……でもないか。いつものことだ」
いつものことって……。その今川とかいう人、誰かに恨まれているのか? 殺し屋に狙われる社員とか絶対まともじゃないぞ。でも話の流れからして、葵警備がPMCとして活動する上で欠かせない、IKJのけっこうな大物ってその今川って人のことらしいな。
なにが後ろ暗いことはしないだよ。思いっきり暗がりが迫ってきているぞ。
「しかしさて、あいつはどこに行ったのやら。心当たりはありますか?」
「それがはっきりとは……。すみません、本人の口から聞いたとは思うんですが……覚えていなくて。何か、最近のニュースでやっていたと思うんですが……」
「最近の……」
最近のニュースでやっていたハイキングコース。まあ、今川とやらが突然思い立って行きたがるようなところだからな。しかしニュースでハイキングコース? そういえば最近どこかで……。
ちらりと蒼太郎を見る。そして思い出した。
「茶白山高原ハイキングコース」
蒼太郎と初めて出会った図書館で読んでいた新聞に載っていた。
「ああ、そうです! そこです」
女性の方も思い出したらしい。
「仕方ない、スクランブルだ、冬子くん」
蒼太郎は肩をすくめる。
「今すぐ会社に連絡。野外戦の装備を整え、茶白山高原へ。至急、今川真紅の確保に当たってくれ」
これはひょっとすると、一週間ぶりのドンパチか?
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