第3話 怪しい雲行き

あたしたちが盛り上がっていると、笑夏のお母さんが話しかけてきた。


「楽しそうね、笑夏、幸ちゃん。何の話をしているの?」


その問いに、あたしは笑顔で答える。


「ハイドラの話です。あたしたち、2人でハイドラに出ようって約束してたんです」


あたしのその言葉に、おばさんは笑顔のまま言った。


「えっ?」


えっ?って、何?


「へっ?」


あたしが言うと、おばさんは笑顔のまま……ただし、今度は目が笑ってないけど、言った。


「ねぇ、幸ちゃん。今あなた、笑夏とハイドラに出るとか言わなかった?」


初めて、おばさんの笑顔を怖いと思った。

でも、ここで嘘ついても意味が無いし、本気でやりたいから。


「言いましたけど、それが何か?」


あたしは少し強気に出てみることにした。引いたところでいいことなんて無い。


すると、案の定おばさんはすごく怒って、


「笑夏でなくてもいいでしょう!うちの笑夏はいい子なのよ、あなたと違って将来のことをきちんと考えて勉強している子なのよ。うちの笑夏をアイドルなんていう変な道に引っ張ろうとしないで!うちの笑夏に道を踏み外させないで!」


と言い、笑夏の手を引きながら物凄い勢いで学校に向かっていった。


置いていかれたあたしとお母さんは唖然としてしばらく突っ立っていたけど、間に合わないといけない、と歩き出した。


「幸、気にしないで。笑夏ちゃんは一緒にやりたいって言ってくれたんでしょ?それに、人の娘を悪くいうような人の言うことなんて気にしない方がいいわ」


どうやらお母さんは怒っているようだ。……あたしと違って、という言葉にイラッとしたみたい。

そのことがあたしは嬉しかったけど、それでも心はモヤモヤしていた。


笑夏でなくてもってさぁ……

あたしは、笑夏でいいじゃなくて、笑夏がいいのに。


そんな気持ちで迎えた入学式。校長先生とかPTA会長とかの話も全然頭に入ってこなくて、あたしは笑夏になんて言おう、とばかり考えていた。入学式後のオリエンテーションでも集中出来ず、お母さんには「しっかりしなさいな」とばかりに頭を軽く叩かれてしまった。


だって。笑夏になんて声をかければいいか、わかんないから。でも、声をかけなかったらもう二度とあたしたちは友達に戻れない。そんなのは嫌だから声をかけなきゃ。

そればっかりずっと考えちゃって、あたしは何にも集中できなかったのだ。


ああもう、悩んでても変わらない!どれだけ悩もうが結局はなるようにしかならないもん!

そう思ったあたしは早速、笑夏の携帯にメールを入れておいた。


『学校が終わったあと、うちに来て欲しい』


って。

正直来ない可能性が高い。というか、来れない可能性が高い。あたしの家に行くと知ったら、笑夏のお母さんは絶対に笑夏をとめるだろうから。


それでも、あたしは、笑夏と話したい。笑夏本人がやりたくないなら無理にとは言わないけど、笑夏本人がやりたいと思ってくれるなら……!


家に帰ってご飯を食べてる間もそう願っていたからか。


午後になると、たくさんの本を抱えた笑夏がやってきた。


「ごめんね、幸、遅くなって……本当はもっと早くに話したかったんだけど……」


申し訳なさそうにする笑夏に、気にしないでという気持ちを込めて手をヒラヒラさせながら、あたしの部屋へ向かう。よく遊びに来る笑夏はどこへ向かってるかがわかってるから、なんにも言わずついてくる。


あたしの部屋に入り、二人でベッドの上に座ると。

それまでのいたたまれない硬い沈黙を、笑夏の言葉が破った。


「ごめん、幸……!私、お母さんに言えてなくて……お母さんに言ったら反対されるのわかってて、怒られるのが怖くて言えなかったの……幸のこと傷つけてしまったよね、ごめんね」


そう、苦しそうに話す笑夏。その姿を見ていたらあたしも辛くなって、気がついたらあたしの口は勝手に動いて、本心とは違う言葉をこぼしていた。


「笑夏、あたし、別の人探すよ……?笑夏に辛い思いはして欲しくないし、笑夏がやりたくないのにやらせたくないもん……あたしが誘ったから断れなくなっちゃったならごめん、気にしないでいいんだよ、あたしは大丈夫だし……」


なんで。

あたし、笑夏とやりたい、笑夏がいいんだって言おうと思ってたのに。

それでも、笑夏がいい、の六文字は声にならなかった。

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