くたばれ、「普通」

ろぶ

1-1 私はセックスに対する心理的障壁がかなり低いらしい

 仲の良い友達とカラオケに行くように、私はセックスができる。

 仲の良い友達と飲み会に行くように、私はセックスができる。

 仲の良い友達と映画を見に行くように、私はセックスができる。

 私はセックスに対する心理的障壁がかなり低いらしい。


 これはどういうことかというと、カラオケと飲みと映画とセックスは全く同じ「楽しい」で括られているということだ。そこにあるハードルは全て同じ高さで、そしてそれが特別高いというわけではない。

 仲の良い人とカラオケに行くように、仲の良い人とお酒を飲みに行くように、仲の良い人と映画を見に行くように、仲の良い人とセックスをする。これの何が悪いのかが全くわからない。「友人と楽しい時間を過ごす」以上のことは何もない。


 そんなこんなで私は今、サークルの先輩とホテルにいる。サークルの飲み会の後、お店の前で二次会についてみんなでぐだぐだ話しているときに、コソッと誘われた。別に断る理由がないからオッケーした。この人とはサークルの活動で少し絡んだことがあるけど、一緒にホテル行くのは初めてだ。あんまセックスの経験なさそうだけど、どんな感じなんだろう?


 私のいないところで、あいつは尻軽だ、サークルクラッシャーだから気をつけろと言われているのも知っている。サークルの人とホテルに来るのはこれで何人目だろうか。

 別に、相手を取っ替え引っ替えするのが楽しいわけじゃない。それで相手たちが険悪になるのを見るのも好きではない。

 根本的に違う。私にとって夕飯に誘われるのとホテルに誘われるのは全く同じなんだ。その時食欲があれば夕飯に行くし、無ければ断る。性欲があればホテルに行くし、無ければ断る。相性的に食事はいいけどホテルは嫌だな、という相手もいるし、ホテルはいいけど食事は嫌だな、という相手だって当然いる。

 なのに周りはあいつは面食いだ、とか、細身の人を選んでる、とか、勝手に分析してくる。まあセックスした人で統計取ったらそうなのかもしれないけどさ、でも私、食事はどっちかというとたくさん食べる人と行きたいし、カラオケ行くのに顔は関係ないよ。


 相手が私の服を脱がす。なんか恥ずかしいね、なんて言いながらキスをされて、同時に胸を触ってくる。別に恥ずかしさなんてないけれど、そうだね、と相槌を返す。乳首に軽く触れてくる。この人ウブな感じだけど意外と触り方上手いな。先週一緒にカラオケ行ったあの人も、普段の声はそんななのに、歌になるとすごい上手かったな。相手の意外な一面が見れて楽しい。枕元にあるやたら多いスイッチをパチパチ鳴らして、部屋が真っ暗になった。真っ暗にするタイプなんだ。そこは予想通り。


 つまり、私の感覚は一般的なものとかなりズレているみたいだ。普通はカラオケとセックスの間には大きな壁があって、そこに特別な感情がないとその壁は越えられない、というか越えてはいけないらしい。気軽にその壁を乗り越えることはもはやタブー視されているみたいだ。

友人にも何度も注意されたが、全く意味がわからなかった。

 普通に嫌じゃないの?自分の身体を大事にしたほうがいいよ。怖いことされたらどうするの。

 いや、あなた毎日酒飲んでるんでしょ?肝臓を大事にしたほうがいいよ。あなただってよく友達とカラオケ行ってるじゃん。カラオケボックスって密室空間だよ?

 そもそもあなたの言う「普通」って、何?


 相手が股を触ってくる。私も相手の股を触る。お互い気持ちよさそうな声が出てる。本当に気持ちいいと思ってるかなんてわからないのに。ちなみに私は気持ちいい。相手はどうだろう。少し唾液で濡らした方が良いかな。お、さっきより少し声が大きくなった。てことはそれまではそうでもなかったのかな?この心理戦、楽しい。


 この世間とのズレは直した方が生きやすいんだろう。このままだと多分私は就職後も会社で全く同じことを繰り返して、誤解されて、居心地が悪くなっていくんだろうな。

 「普通」から外れると特異な目で見られるこの世界がムカつく。別に普通じゃない人生を送りたいなんて微塵も思ってない。たまたまセックスに対する考えが「普通」とはちょっと違うだけで、こんなにも生きづらいのか。


 相手が緊張しているような声で入れていい?と聞いてきた。うん、と返す。少し間があって、ゆっくり中に入ってくる。気持ちいい。気持ちいいから楽しい。結局はそこなんだよな。気持ちいいことが嫌いな人なんていない。気持ちいいことはみんな大好きで楽しくて幸せなはずだ。なんなら今日はいつもより気持ちいいから、いつもより楽しくて幸せだ。

 その後何度か体位を変えて、相手の息が荒くなってきた。そろそろかな。30秒後くらいかな。まだイかないでって声かけたら、45秒まで伸びるかな。

 そんなことを考えていたら相手はイった。そろそろかなと考えてから大体10秒後くらいだった。


 物事の捉え方が人と違うことは、厄介なことだ。セックスに対するハードルが低いだけで、私は大学で親友を作れずにいる。これだけ多様性がどうのこうの言ってるのに、みんな多様性って人種や性嗜好のことだけだと思ってるのかな。

 セックスに対する考え方なんて、100人いれば100通りあるはずなのに、なぜかその中で「普通」の閾値が決まっていて、そこを外れるとものすごい叩かれる。そしてきっとこれは、セックスのことだけじゃない。

 全ての物事について、勝手に世間様が決めた「普通」の閾値があって、きっと大人たちはそこから外れないように怯えながら生きているんだ。これは変じゃないよな。これは「普通」だよな。これは「異常」じゃないよな。


 ふざけんな。くたばれ「普通」。


 大丈夫?痛くなかった?気持ちよかった?いや、自分はすごい気持ちよかったんだけど。シャワーを一緒に浴びながら、相手が自信なさげに話しかけてくる。大丈夫。楽しかったよ。と答える。相手は少し不思議そうな顔をして、楽しかったならよかった、と言った。楽しかったと答えると大体そんな反応になるんだよね。男の人ってセックス楽しくないのかな。


 ホテルの前で別れて、家路に着く。家まで送ろうかと言われたけど、それは断った。今日のセックスはとても楽しかった。

 帰り道を歩きながらふとInstagramを見ると、サークルの友達からDMが来ていた。ホテルに入ったのを見たよ。どうせ付き合う気ないんでしょ。そういうのやめた方がいいよ。軽いため息が出る。

 多分みんなから見たら「普通」じゃないことなんだろうけど、私にとってはこれが「普通」なんだよ。なんでこんな簡単なことがわからないんだろう。いろんな人と飲みに行って、いろんな人とセックスして、毎日楽しく過ごしている。毎日楽しく過ごしてるんだから、みんなの思う「普通」を強要しないで。人それぞれ考え方は違う、でいいじゃん。


 はいはい、と返信して、DMをミュートにした。明日の朝ミュート解除を忘れないようにしないと。


 家に着いた。シャワーはホテルで浴びたから、化粧だけ落として寝よう。

 明日も「普通」の一日を楽しく過ごせますように。

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