ブルーブラッド

空殻

前編

 日没と共に、ラファエロ・ラノラッタは再び生を受けた。

 それはいつものことであり、彼にとっての日常だった。


「さて。ここは、どこだ……」

 意識が覚醒してすぐに、彼は周囲を見回した。

 日が落ちて、空の端っこだけがわずかに茜色に染まっている。反対側で存在感を増しつつある月は、冷たく冴えた光を地上に投げかけていた。

 しかし、彼が今いる場所は街だ。街灯が人工的な青白い光を投げ、月光よりも遥かに強く、人の生活圏を照らしている。多くの人々が通りを往来し、喧騒が鳴りやまない。そんな光景が、彼が蘇った細い裏路地からも覗き見ることができた。

 彼は大通りへと進み出る。そして群衆に溶けるように、街を歩き始めた。


***


 ラファエロ・ラノラッタは人ではない。

 人外の怪物であり、だがどこまでも人に近い姿をした者だった。

 一般的に、彼のような者を『吸血鬼』と呼称する。

 人の血を糧とし、超常的な力を振るう、夜に生きる者達。

 ただし弱点もある。その最たるものが日光だ。太陽の光を浴びると、彼らはたちまち灰になって消滅してしまう。

 しかし、それは一般的な吸血鬼に限った話だ。

 ラファエロはただの吸血鬼ではなく、より優れた力を持った高位の存在だった。

 その身に流れる血が青色であることと、上位種であることを貴族になぞらえ、彼らは『青の血族ブルーブラッド』と呼ばれた。

 『青の血族』には、通常の吸血鬼にとって致命的なあらゆる弱点が通用しない。日光も、十字架も、聖水も効かない。

 ただし完全に克服しているというわけではなく、例えば彼らが日光を浴びた場合、その身体は灰となって霧散する。だがその灰は風に流れていき、日没と共に寄り集まって肉体を再生する。

 『青の血族』にとって、それは眠りに就くようなものであった。


***


 周辺をしばらく歩いて回ったラファエロは、この街には以前来たことがあると結論付けた。

 いつだったかは思い出せない。不完全とはいえ悠久に近い時を生きる吸血鬼にとって、昨日も数日前も、数十年前も似たようなものだ。

「ずいぶん、遠くまで流されてきたものだ……」

 そう呟く。

 今朝方、彼は別の土地で太陽を浴びて灰となった。この街はそこからずいぶん離れているはずだった。

 だが、そんなことはいつものことだ。風に任せている以上、夜に目覚める場所に彼の意思は反映されず、またそのことに興味も無かった。どこであろうと吸血鬼にはさほど影響はなく、『青の血族』であればなおさらだった。


***


 『青の血族』には、通常の吸血鬼にとって致命的なあらゆる弱点が通用しない。

 ゆえに彼らは、この世界の生物の中でも限りなく不滅に近い。

 しかし、彼らにも死は存在する。

 『青の血族』にも、殺し方は存在する。


***


 ラファエロは今夜、食事をするつもりだった。

 目覚めた場所が人の多い街である以上、そうすべきだと判断した。

 ただし面倒は避けたかった。

 その気になれば数百人でも殺し尽くすことはできるが、そんな煩わしいことに関心は無く。

 ただ一人分、その血を啜ればよかった。


 彼は公園を見つけ、ベンチに腰かけ、そして夜が更けるのを待った。

 向こうの大通りの賑わいが、少しずつ小さくなっていく。

 月は天頂に達した。

 夜が更けていく。

 人の流れがめっきりと減った。

 街の灯りが消えていく。

 静寂が訪れる。

 彼は立ち上がった。


 ラファエロは大通りへと一度向かい、もう誰も外に出ていないことを確認した。

 それから、通りから枝分かれした裏路地を覗いて回る。

 四つ目で、彼は目当てのものを見つけた。

 裏路地の奥に、酔い潰れた人間がしゃがみこんで眠っていた。

 

 ラファエロはその人間へと近づいていく。

 眠っているのは、くたびれた風体の男だった。

 吸血鬼は若い女の血を好むとか、そういった風説もあるが、今日、ラファエロは吸血対象にこだわるつもりは無かった。

 男を見下ろす。

 ラファエロの瞳が、青く輝く。

 それは『青の血族』の特徴だった。吸血の際や超能力を行使するときなど、感情のによって、彼らの瞳は青色に輝くのだ。


 ラファエロは牙を剥き、血を啜ろうと屈みこもうとして。

 その瞬間。

 背後に気配を感じて。

 振り返る。

 その身体を。

 左胸を。


 突如として現れた相手の右腕が、ラファエロの左胸を貫いた。

 

 一瞬のことだった。

 驚愕に目を見開き、ラファエロは相手の顔を見る。

 彼の左胸を貫いた相手は、まだとても若く。


 その瞳は、青色に輝いていた。

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