第6話 愚者
それから幾日もせず、俺は違和感の原因に気付いた。気付いてみれば、単純なものだった。
しかし、何故そのようなことが起こっているのか分からなかった。
俺の能力は、唯一の力は、あることを訴える。一つの俺の考えを肯定する。一方、もう一つの僅かな望みは否定される。
では、なんだというのか。
そうなると思い浮かぶ可能性は一つしかない。例え、突拍子もないものだとしても。しかし、今度は理由が分からなくなる。何故なのか。
そんなことを考えながら、俺はぼんやりと校庭を眺めていた。いつ雨が降ってもおかしくないような曇天。お昼休みの教室は、何処にでもある高校のように賑やかな喧騒に包まれていた。
俺の席は、教室の最も窓寄りの列の一番後ろ。その周りには誰もいない。偶然ではない。皆、俺の事を避けている。話しかけようとする人間など皆無だ。
──曰く、俺と話すと呪われる。
一言二言話しただけの女子は、階段から落ちたらしい。そんな小さなことが、ちらほらとあった。最初は、誰も俺と関連付けはしなかった。
しかし、一人の恐れを知らない同級生が俺に告白をした。俺は適当にはぐらかした。そして、そいつはその数日後に何故か三階からダイブして今も入院中だ。
そんなこんなで噂が広がり、こんな風に明らかに避けられている。生霊に取り憑かれているのだという噂もあった。確かに、それに近しいものなのかもしれない。邪悪は、俺の直ぐ傍にあるのだから。
昼は、適当に菓子パンを食べている。当然アイツは弁当を持っていかせようとしていたが、それは頑なに拒んだ。三食全てアイツの作ったものを体内に入れるなど、さすがにそれは避けなかった。
この血肉は、その殆どがアイツの作ったモノで構成されている。その事実に、酷く吐き気を覚える。それでも、俺はそうやって生きている。それも糧として、憎悪して、生きる。身勝手に生きる。無様に生きる。
それでいい。最終的に目的が果たせるのであれば。アイツを、殺せるのであれば。
念仏のような授業を聞き流し、どうすればアイツを殺せるのか、過去の記憶も『視える』ようになった頭で必死に何か手掛かりを探る。得るものは、多少なりともあった。他の類似の記憶、或いはこれから訪れるかもしれない出来事を見逃さず、ほんの少しだろうと、アイツの能力をより具体的に理解しようとする。
いつの間にか、放課後になっていた。少し晴れたのか、傾き始めた日が雲の隙間から教室内を照らしている。疎らにしか人は残っていない。
俺は鞄を持って、気怠い体を引きずって、帰路に着いた。
──例えば一つ、分かったこと。
アイツの能力は、あの透明な膜を動かすことだ。それによって、主に攻撃と防御とをおこなっている。それが中核だ。索敵能力のものは有していない。あの膜を薄く広く広げればそういったものは可能なのかもしれないが、少なくとも今までそういった使い方をしているのは見たことがない。
つまり、俺が遠回りをして帰る時、アイツは俺の存在を補足して合流している訳では無い、ということ。
ある種のルーティンとなっていたのだ。日によってルートは変わっていたとしても、幾つかに絞られる。それに遠回りと言っても家までの道のりから大きく外れるわけではないから、その幾つかのルートも離れているわけではない。
恐らく、アイツはそれらを回って俺を探しているのだろう。涙ぐましい努力だ。
そして、素知らぬ顔で俺の横へ現れる。もし俺がアイツの能力を『視る』ことが出来なかったのであれば、漠然とアイツを強者なのだと思っていただけであれば、それも能力の一部だと誤認していたままだっただろう。
そう、あの能力は強力であっても決して万能ではないのだ。
恐らくだが、回復能力も有してはいないのだろう。尤も、そうだとすれば手傷を追うことなく妖も魔王も殲滅したことになるのだから、より恐ろしいと言えなくもないのだが。
俺はいつも通ったことの無いルートを歩く。これでアイツが俺を即座に発見することはできないだろう。
そして、俺の向かった先は学校を挟んで家とは反対にある公園だ。住宅街を進んだ先にある、何の変哲もない公園。日が傾いて夜の帳が落ち始めたこの時間、そこには誰もいなかった。周囲にもまるで人払いをしたかのように誰もいない。
公園へと、入る。周囲を見渡す。
これは実験。仮説を確かめるための。
俺は、ポケットから取り出したスマートフォンを入口近くにあった砂場に向けて放り投げた。綺麗に弧を描いたそれは、砂場に誰かが作ったのであろう小さな山の天辺に突き刺さった。
想定内。仮説が外れているか、或いは二つある仮説の悪い方が当たっているか。
スマートフォンはそのままに踵を返して公園から出て、その場に少し立ち止まる。三十秒程度経ってから、後ろを振り返って砂場を見る。そこには何も無かった。次いで視線を落とすと、足下にそれはあった。
確信、ではない。
正直、突拍子もない考えではあるから。
けれど、可能性は生じた。仮説が合っている可能性が。⋯⋯やはり、悪い方ではあるのだが。
いや、馬鹿馬鹿しく思えてきた。そんなこと有り得ない。このまま拾って帰ればいい。そう思ってその場に屈んでスマートフォンを拾う。液晶画面に、公園の電灯の光が反射した。
少しの間、考える。改めて馬鹿馬鹿しくなって、思わず嘲笑が浮かんだ。愚者の妄想だ。
けれど、やはり、試してみても、いいのかもしれない。それが一縷の望みになるのかもしれないのだから。
──悪い方でも、賭けてみるか。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
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