第2話 妹
「う、あああっあ⋯⋯!!」
俺は絶叫と共に目を覚ました。過去の絶望は絶えず僕のことを襲う。
息を荒げながら時計を見るとまだ朝の六時だった。一時期は悪夢に襲われずに済んだのに、今は毎日のようにこれだ。理由は分かっている。薬を取り上げられたからだ。こんなの体に悪いでしょ、と言ってアイツに取り上げられた。あの悪夢を作り上げた元凶たる存在に。
直後、スマートフォンのアラームが鳴って、画面に指を突き刺すように叩きつけて止める。胸中の苛立ちのままにそれを掴んで壁に向かって叩きつけようとして──それは壁にぶつかる直前に不可視の力で中空で止まり、ゆっくりと床に落ちた。
嗚呼、アイツがやったのだ。
室内に姿は無いが、こんなことが出来るのはアイツしかいないのだから。
兄の頭は乱雑に落としたというのに。
あの日、俺以外の家族は全員首を捻じ切られて殺されていた。一人の例外もなく。無造作に放り出されていた頭部は、全員が苦悶の表情を浮かべていた。
家族の命には何の関心も向けず、たかが俺の持ち物一つを丁重に扱う。その余りに歪んだ、歪みきった違いに吐き気を催す。
あの悪夢の日から、五年が経っていた。俺は高校二年で、アイツは中学三年だ。
アイツはあの悪夢から一年も経たずにやり遂げた。
──もう、お兄ちゃんを害するモノは無いよ!
多くの犠牲があった。この国の異能者のほぼ全ても、勇者を筆頭とした軍勢も。それら多くの犠牲の下に、今の平和が訪れたのだと人々は信じている。
けれど、俺は知っている。
全てアイツがやった。妖や魔王だけでなく、その他も全て。人類に害をなす存在を無くしたとしても、少しでも力を持つ人間が残ることを危惧したのだろう。
各国の中枢は察しているはずだ。今の平和は、たった一人の少女によって齎されたことを。しかし、そのことは公表せずに民草の勘違いに迎合した。恐れたのだ。味方すらも巻き込んだ、そのたった一つの理由を知って。いや、恐らくアイツ自身が直接釘を刺したのだろう。
斯くして世界に平和が訪れた。
そして、それに寄与した少女の存在は秘匿され、アイツと俺という狭い世界に追いやることを選んだ。そうすれば、この平和は維持されるのだから。触らぬ神に祟りなし、ということだろう。
平和を
──邪悪。紛れもない邪悪だ。
だってそうじゃないか。なんで味方たる異能者を、勇者の軍勢を殺す必要があった。全く不必要な犠牲じゃないか。それを知っていて、やった。何も疑問に思うことは無かったのだろう、躊躇なんてものもありはしなかっただろう、単に邪魔になるかもしれないからやった。アイツはそういう思考回路をしている
そう、世界に真なる平和は訪れていない。
巨大な邪悪が残っている。
悪意には、鉄槌を。
因果には、応報を。
だから、俺がやる。俺が殺らなければいけない。だって、その罪の大元は自分自身にあるのだから。アイツが俺を愛した。だからアイツはやった。
いや、結局のところ、背負った罪なんて大それたものではない。邪悪を討伐する、なんて大それたものではない。これはただの復讐だ。
大好きな家族を奪われた、復讐。
床に落ちたスマートフォンを拾い、小さく息を吐いて、机に立て掛けた金属バットを手に持って部屋を出る。
リビングに行くと丁度アイツは朝食の準備を終えて、テーブルにそれを並べている所だった。無防備に、背中を向けている。俺は足音を立てないように気をつけながら、躊躇無く手に持ったバットを叩きつけようとして──先程のスマートフォンと同じようにそれは届くことなく、濡れ羽色のロングヘアーの直前で不可視の壁に阻まれる。グミのようなクッション性のある物体叩いたかのような感触の後、バットは中心から音もなくへし折れた。
何度目の絶望だろう。
力無くバットを床に落とすと、それは小刻みに振動して、やがて音もなく、圧倒的に水圧に襲われたかのように小さな鉄塊になるまで押しつぶされた。
「おはよう、お兄ちゃん。遊んでるなら顔洗ってきなよ」
「⋯⋯⋯⋯死ね」
もう身支度も整えているのか、セーラー服に身を包んだ
けれど。
けれど。
けれど。
コイツは。
コイツだけは。
殺す。
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