5章 Twitterと焼肉と装甲手袋(2)

 と、ボイチャで杏が言う。


『そういえば兄、昨日頼まれた学生証のそこのソイツ、調べといたから送る』

 ……そこのソイツ? たぶん心音のことだ。


 杏からDMでテキストが送られてきた。

 予想通りそれは情報収集の天才、杏による容赦のない心音の近辺調査の結果だった。

 小中高の成績から病院の通院歴まで、洗いざらい調べられている。

 その内容に目を通して、俺は思わず眉を顰める。

 本名、姫野心音。両親は幼い頃に事故で他界。以降、親戚の家に預けられる。怪我で病院を受診した際に、家庭内暴力の疑い有りと医師が警察に通報した経歴有り。

 高校二学年時、クラスのイジメで不登校となる。現在、妹の姫野由岐と共に失踪中で、高校は休学扱い……等という文字列が並んでいた。


 ……あ、これ普通に可哀想なやつだ。


 でも心音が学校でイジメられるというのは、わかる気がする。心音はなんて言うか怯えたウサギの様な雰囲気があった。

 当たり前の話だが、心音は普通の人間だった。生粋の犯罪者ではない。

 恐らく何かしらの理由で巻き込まれて、デスゲーム司会をやっているだけなのだろう。

 俺は手錠の先、隣で幸せそうに焼肉を頬張る心音に言う。


「……心音はなんでデスゲーム司会なんて続けているんだよ。さっさと辞めたら?」

「えっと、それは前にも少し言いましたが、家が貧乏なもので……」

「それはあれだろ。お前が妹と家出しているからじゃないのか?」


 一瞬、空気が凍る。

 微かな沈黙を挟んで、心音が口を開く。


「……私のこと、調べたんですか?」

「そりゃ俺は名探偵だからな。財布に学生証も入っていたし、お前の境遇は把握した。誰か周りの大人に言って、助けてもらえばいいじゃん。お前が妙に幸福だの不幸だの拘っている理由も予想つくんだが、だからと言ってデスゲーム司会なんてやっていたところで――」


 心音が俺の言葉を遮る。


「私の気持ちを事件みたいに推理するの、止めて下さい……。他人なんて誰も助けてくれませんよ。貴方みたいな、才能にも家にも恵まれている人間には、そうでない人間の気持ちなんて解りません……」


 そう言われて俺は何も言えなくなる。

 心音が続けた。


「……すいません。喋りすぎました。私、黙りますので。これまで通り邪魔はしないようにしますので……」


 それきり心音は沈黙。

 空気が重い。


 ……なんだろう。コミュ力のない俺でも解る。

 なんか地雷を踏んだと思う。

 困ったなこれ。どうしよう。

 とりあえず俺は焼肉を食うのを再開する。

 さっきと違い、あまり美味しくない様に感じた。



 その後、焼肉店を後にした俺は非常に困っていた。

 ぶっちゃけ俺はどんな難事件でも秒で解決できる自信があった。しかし隣にいる心音が、どうすれば機嫌を直してくれるのかは解決の糸口すら掴めない。

 このままでは迷宮入り不可避。どうにかしたい。


「なあ心音。……心音さん……?」


 焼肉屋を後にしてからというもの、話し掛けても無視されていた。

 手錠で距離を置くこともできず、とても辛い。

 どうしよう、これ。

 困った俺はデスゲームのルールで、質問がある場合はデスタブからデスゲーム司会に問い合わせができる、といった話を思い出した。

 デスタブの画面で電話のアイコンを叩くと、デスゲーム司会と思しき電話番号が入っていた。

 試しに俺は電話をかけてみる。

 すると心音のスマホが鳴った。

 心音が、うんざりした顔で俺を睨む。


「……隣にいるんですから、電話かけてこないで下さいよ!」

「いやだって、話し掛けてもお前シカトするじゃん」

「……」


 そしてまた黙る心音。

 どうすればいいんだこれ……俺が唸っていると、それをインカム越しに聞いた杏が訊いてくる。


『どうしたの兄』


 俺は小声で応じる。


「……いや、どうも心音を怒らせたみたいで。どうにか仲直りしたいんだが……」

「…………」


 杏は無言。返答はない。


 ……なんなんだ杏も。心音の話になると、対応が冷たい気がする……。


 セブンと連絡が取れない今、俺には相談できる相手がいなかった。後はもうツイッターの名探偵クラスタに聞くしかない。

 俺はツイートする。


 ――――友達(女子)を怒らせたようなんだが、どうすればいいですか? 誰か教えろ。


 すると即座に、


 ――――お金でもプレゼントすれば? 


 とクソみたいな返事がついた。

 なんだコイツ。俺のアンチか? 

と思いながらよく見ると、それは杏のアカウントからだった。

 実の妹が自分のアンチって最悪だなオイ。っていうかボイスチャットを繋いでるんだから、ツイッターでリプしてくんなよ。

 さっき俺も似たような事をやった気がするが、自分の事は棚に上げておく。

 いやー…でも流石に現金はない。

 それぐらいは友達のいない俺でも解る。

 とは言え、心音が杏と同じ人種という可能性も捨てきれない。

 俺は試しに聞く。


「なぁ、心音。お金やるよ。百万円ぐらい」


 心音に、はぁ? みたいな顔をされた。

 俺は少し傷つく。

 ダメだ失敗だ。やはり杏の意見を採用したのは過ちだった。

 最近キラキラした投稿が多かったせいかツイッターでは、

 

 ――土下座して詫びを入れれば良いのでは?

 ――鉄板の上で焼き土下座しよう。


 などクソみたいな返事も多数ついており、面倒くさそうなアカウントは全員ブロックを設定していく。ヤバそうなやつは先行ブロックしておくのは、とても大事だ。

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