4章 瞬殺推理『ワンターンキル』(5)

 そして碧の直感は当たる。


 その二時間後。碧に次の殺人予告が出された。

 プレイヤー二十五番。両手に大きなカッターナイフを持った、長身の女だ。

 彼女は先月まで世間を震撼させていた連続猟奇殺人事件の犯人である。よほど自信があるらしく、


「こんばんわ~。殺人鬼だよ~」


 と言って普通に碧の前に現れた。

 対峙した碧は、驚いた声をあげる。


「あ! お前。俺が先月に捕まえたカッター男じゃん! カッター男だって言うから男だと思ったら実は女だったっていう叙述トリックかましてたやつ!」


 長身の女は沈黙。しばらくして絶叫した。


「げぇぇぇぇ!? お前、あの時の名探偵の曾孫ォォォッ!?」

「警察から逃げたのかよ? お前も本当に懲りないな。なんだ、また俺にやられにきたのか?」

「すいませんでした。許して下さい。降参します」


 二十五番は光の速さでデスゲームを放棄、碧に投降した。



【防衛成功! おめでとう! 六点の獲得です!】


 点数が三十五点となる。

 俺が手足を手錠で拘束すると、プレイヤー二十五番は泣き声を上げる。


「すいませんすいませんすいません、もうしません許してください、だからもうあんな酷いことはしないでお願い」


 酷く怯えたきった様子の二十五番に、心音はジト目の視線を俺に向けてくる。


「……貴方、この人に一体なにをしたんですか……?」


 なんか勘違いされても嫌なので、俺は説明する。


「俺が先月にこいつ捕まえたのは、とある山奥の村でさ。事件を解決して警察が駆けつけるまで時間があったから、もう二度と殺人なんてする気を起こさないように、こいつを逆さにして村の池に沈めたんだ。死なない程度に。俺は名探偵だから凶悪犯罪者の更生やアフターフォローまで考えている」

「……なんかそれっぽい言葉を並べていますけど。それ、ツイッターでバズるための写真を撮りたいから沈めただけですよね?」


 勘の良い奴は嫌いだよ。心音の指摘に俺は何も答えない。

 心音は続ける。


「そういえば貴方、名探偵の曾孫なんですか?」

 特に隠すような話でもなく、俺は首肯する。

「そうだよ。俺は昭和の探偵、横溝三郎の曾孫だ。……なんだよ。何か文句でもあんのか?」


 俺が鋭い視線を向けると、心音が顔を伏せた。


「……いえ。文句とかそういうのではなく。家が裕福そうで羨ましいなって思っただけで……」

「あ? 言っとくけど、俺の家の預金残高は二十五円だ。二十五円が羨ましいか? 駄菓子二十五円分ぶつけんぞ」

「……逆にどういう生活をすれば二十五円しかない状態になるんですか……?」

「それを説明すると校長先生の話より長くなるから、また今度な。そんな事より今晩はもう何もないと思うから、俺は朝まで少し寝るわ。それじゃ、おやすみ」


 俺がベッドに横になろうとすると、心音が慌てた様子で言う。


「ちょちょ、待ってください。手錠があるので、このままだと同じベッドで一緒に寝る形になるのですが……」

「はあ? 何で俺とお前が同じベッドで寝ないといけないんだよ。寝る時ぐらいパーソナルスペースを考えろよ。俺のサンクチュアリに入ってくんな。俺から出来る限り離れてくれ」

「えーと……手錠で繋いだ状態で出来る限り離れろって、話が滅茶苦茶では……」

「俺はベッドで寝るから。お前はベッドの下の床で寝ればいいじゃん」

「え、逆では? 普通こういうの」

「悪いな。俺は普通とか常識には囚われない。じゃ、おやすみ」


 不満げな顔をしている心音と話すのが面倒になり、俺は話を打ち切った。

ベッドに横になる。それから心音は床で寝ようと色々と試行錯誤している様子だったが、暫くして諦めたらしい。

心音が弱弱しく声を上げる。


「あのぅ……床はとても辛いので、私も一緒にベッドで寝てもいいですか……?」


 自分で言っておいてなんだが、確かに床で寝ろというのは可哀想だったかもしれない。

 俺は横になったまま応じる。


「好きにしてくれ」


 瞼を閉じると、すぐに睡魔は訪れた。




 翌朝。腹が減って俺は目を覚ます。

 近くのコンビニで朝食を買いに行こうと思い、俺はベッドから抜け出そうとする。しかし隣で心音が爆睡しており、手錠の都合で俺は動けない。


「心音、起きてくれ。飯を買いに行きたいんだが……」


 声を掛けて肩を揺らすと、心音がようやく反応する。

 寝ぼけ眼を擦りながら、心音が口を開く。


「……すいません、眠すぎて動けません。昼前ぐらいには起きますから、もう少し寝かせて下さい……」


 そう言い残しスヤァ……と再び夢の世界へ戻っていく心音。

 俺は再び心音の肩を揺さぶる。


「おい寝るなって! 睡眠不足なのは解るが今はデスゲーム中だろ。デスゲーム司会が昼まで寝てる訳にはいかないだろ!」


 そう声を掛けるも、デスゲーム司会の心音は寝たままだ。

 何の緊張感もなく幸せそうに眠る心音。


 ……色々大丈夫か? つーか心音にデスゲーム司会なんて務まるのか?

なんか逆に心配になってきた。


 結局、手錠の都合もあり、俺は寝たままの心音を背負ってコンビニまで行きパンを買いに行く。その頃には辛うじて心音も目を覚ましていた。

 ビジネスホテルの部屋にて、朝食でパンを食べながら俺は心音に訊く。


「なあこのマーダーノットミステリーとかいうデスゲームさ。ルール眺めて思ったんだけど。殺人予告して失敗したら五点減点、防衛側は六点加点なんだろ。それならさ、他プレイヤーのデスタブを奪い取って、俺に殺人予告出すだろ。んで何もせず時間経過で自動的に俺が防衛成功、他プレイヤーは五点減って俺は六点増える。そんで次に今度は、俺がそのプレイヤーに殺人予告を出して時間経過で殺人失敗、俺が五点減ってそのプレイヤーが六点増える……これって交互に繰り返したら、点数を増殖できないか?」


 隣で朝食を食べていた心音が困った顔をする。


「……ええっと。通常の場合、プレイヤーが敗北した時点でデスタブはデスゲーム運営がリモートでロックをかけて操作できないようにします。……ただ、貴方みたいに生け捕りにしていると、まだ死んでも敗北もしていませんし、どうなんですかね……前例がないと思います……」


 心音も解らないようだった。

 試しに俺はプレイヤー二十五番から奪ったデスタブで試す。

 俺に生捕予告を出して、そのまま三十分経過で俺は防衛に成功。六点増える。今度は俺のデスタブから二十五番に殺人予告を出して時間経過。俺は五点減って二十五番は六点増える。結果として合計の点数が一点、増えている。

 俺の予想通りだった。


 デスゲーム得点増殖法が発見された瞬間である。


 俺は言う。


「このマーダーノットミステリーとかいうクソゲー、考えた運営は頭が悪いだろ……。しかも一点で百万円がもらえるんだろ? お金が無限にもらえるじゃん」 

「いやー……そもそもデスゲームで、そういう事をやろうとする人間がいることが想定の範囲外と言いますか……」

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