4章 瞬殺推理『ワンターンキル』(1)

 マーダーノットミステリーに参加しているプレイヤーの首につけられた銀色の首輪。

 それは源氏ホールディングスの軍事兵器開発部門が開発した次世代型の内蔵カメラやマイクがつけられており、世間に出回るものよりも遙かに高い精度でプレイヤー周辺の映像や音声を撮影していた。


 なのでデスゲーム運営やその観客達は臨場感をもって観戦、デスゲームの様子を視聴できるようになっている。

 しかしここで突然、プレイヤー十三番の映像と音声が全て途絶えた。

 首輪が破壊された訳ではない。

 都心部に戻った碧は、ホームセンターによって防音シートと瞬間接着剤を購入。首輪をぐるぐる巻きにして瞬間接着剤で固めたのだ。


 とても碧らしい行動で、僕は思わず苦笑する。

 どれだけ高性能なカメラやマイクでも、こうされるとどうしようもない。

 これで碧の首輪から情報は得られない。

 後は他のプレイヤーの首輪から、碧を追うしかないだろう。

 しばらくして、デスゲーム運営の管理システムに通知が入る。


【プレイヤー九番が十三番に生捕予告を行いました!】


 どうやら、ついに碧が他プレイヤーに狙われた様だ。


 東京駅構内。

 縫うような雑踏の中、柱の陰にプレイヤー九番は潜んでいた。

 プレイヤー九番、本名は神田弘。四十歳男性で都内在住の普通の会社員だ。

 デスゲーム運営による事前の近辺調査によると、彼はギャンブル依存症であり給料だけでは足らず消費者金融にて借入を行い、ギャンブルに費やしていた。

 そして首が回らなくなり、借金返済のためにこのゲームに応募、参加していた。

 九番の視線の先には、碧と思しき制服の少年の姿がある。

 イベント戦の標的である碧を東京駅構内で発見した九番は、ずっと尾行していた。

 九番の手には、東京駅に来る前にホームセンターで購入した金属バッドが握られていた。


 柱の陰で、肩で呼吸をしながら九番が独りごちる。 


「……あ、あの子どもで間違いない……。あれを倒せば三十点。一点百万円だから、三千万円あれば借金が返せるんだ……! もう俺にはこれしか方法がないんだ……!」


 そう言い聞かせるように九番は金属バットを握りしめ、柱の陰から飛び出した。

 白昼堂々、碧を金属バットで殴り倒すべく駆け出す。


 ―――が、その時だった。


 突然、九番のスマホが鳴る。

 慌てて襲撃を中断した九番は、付近の柱の影に再び隠れた。そして電話に出る。

 すると電話の向こうから碧の声が響く。首輪につけられたマイクが、その声を拾った。


『――よおプレイヤー九番。いや、神田弘さん。どうだデスゲームの調子は。俺か? 俺は今お前がまさに狙っているプレイヤー十三番だよ』


 本名を言い当てられ、九番は凍りつく。

 電話越しの碧は続ける。


『――神田さん。お前さ、調べるとすごい借金あるんだな。借金で苦しいのは解るけど、強盗とか人殺しみたいな犯罪をやったことないだろ。悪いことは言わないから止めとけって。アンタ、ただの凡人で犯罪者の才能ないぞ』


 九番は震えながら声を絞り出す。


「お、お前はなんで……俺の名前を知ってるんだ……? しかも何で俺の借金も知っている!? そもそも、なんで俺のスマホの番号を知ってるんだよ!?」


 九番は完全に混乱した様子であった。

 無理もない。今まさに襲おうとしていた相手から電話がかかってきて、本名は勿論、経済的な事情まで言い当てられたのだから。

 碧が鼻先で笑う。


『――そうビビんなって、簡単な話だよ。これはデスゲームで誰かを殺すには道具がいる。当然そこで道具を買うので金が動く。

 俺はまず、東京にあるホームセンターの今日の購買履歴データを調べて、殺人事件で使われそうな道具……縄や包丁、あとは金属バットとか、そういうのが購入された履歴を調べた。


 今の時代、企業は消費者購買履歴を集計するマーケティングのシステムを導入していて、どんな人間が何を買ったか集計される仕組みになっているんだ。

 それで調べたら金属バットを買った奴がいて店の防犯カメラに、お前の顔があった訳だ。プレイヤーの顔は全員が解るようになっているからな。それでお前、金属バッド買うのにクレジットカード使ったろ? 馬鹿だな。後はクレジットカード会社ハッキングして、本名、電話番号、住所を割り出した。個人信用情報から借入状況も把握した。ああ、あと尾行もっと上手くやれよ。下手くそなんだよ。幼稚園児でも気付くわ』


 九番が悲痛に叫ぶ。


「……嘘だ! そんなこと出来る訳がないッ!」

「そう言われてもな。そういうのが出来る天才が世の中にはいるんだよ。ま、才能のない人間にはわからないだろうけど。繰り返すけどアンタ、マジで才能ないよ。無駄死にするぐらいなら、さっさと脱落しとけって」


 と。その碧の声はスマホからではなく、九番の背後から響いていた。

 気がつくと九番の背後に碧がいる。


「ほい。まず雑魚一人」


 スタンロッドが突き刺され、九番が駅の床に沈んだ。

 手にしていた金属バットが、乾いた音を立てて転がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る