3章 高尾山で手錠をかけて蕎麦を喰う(3)

 俺は心音を連れて電車に乗り、都心部に向かう。


 デスタブのアプリなどを再確認する。

 そのタブレット端末には当初に説明、ルールにあった通りデスゲーム用のSNSや銀行アプリが入っていた。

 SNSは一般的な大手SNSと全く同じシステム、インターフェイスであり、日常でSNSを使っている人間は使い方に迷うことはなかった。

 タイムラインを更新していると、他プレイヤーが出した殺人予告や、その結果の情報が流れてくる。

 あと数時間おきに各プレイヤーのGPS情報、恐らくデスタブのGPSだろう、それもタイムラインに流れており、当然プレイヤー十三番である俺の位置情報も流れていた。どこかに隠れ続けるのは厳しそうだ。


 一番から六十番までのプレイヤーアカウントはリスト化されており、プロフィールにはそのプレイヤーのバストアップの写真が掲載されていた。

 現在、イベント戦にて生け捕り対象の俺の写真もしっかり掲載されている。

 このマーダーノットミステリーというデスゲームは、ルールを読む限りバトルロイヤル形式であり、普通の人間ならまず写真を見て、弱そうなやつから狙っていく作戦になると思う。

 先ほどのイベント戦の告知も有り、ほぼ確実に他のプレイヤー達は俺のプロフィールを確認している。ジェノサイド江戸川という意味不明な名前だが、俺の風貌は至って普通の男子高校生だ。弱そうだと判断されて、狙われるのは間違いない。

 とは言え天才名探偵の俺を狙うなんて、笑える話だった。


 やれるもんならやってみろっつーの。


 正直、負ける気がしないんだが? ……とは思うものの、懸念材料が一つあった。今の俺には面倒くさい荷物がいる。

 電車に揺られながら、俺は隣に座る面倒くさい荷物を見る。


「……もう一度、念を押すんだが。デスゲームが終わったら普通に解放してやるし、あの悪趣味な拳銃も返してやる。だから俺の邪魔だけはすんなよ?」


 心音は怯えた様な顔で答える。


「……えっと、それは大丈夫です。デスゲームの運営は勿論、司会も原則はプレイヤー同士の戦いに干渉しない事になっています。なので邪魔はしません……」


 するとその時だ。

 電車の前の車両から子どもが走ってきた。

 そして俺達の前を通り過ぎようとした。すると突然、何も無いところで蹴躓き子どもが派手に転倒しかける。


「――――っと」


 心音が迅速な動きで両手を出し、転ぼうとしていた子どもを受け止める。

 ……当然、心音と手錠で繋がる俺はその動きに引っ張られ、床に投げ出された。

 電車に床に突っ伏した俺は、心音に言う。


「あのさ~~~~~。たった今、俺の邪魔はしないって言ったばかりだろがッ!?」


 俺が怒号を上げると、心音が縮こまる。


「……あ、あの。すいません。小さい子が転びそうだったのでつい……」


 難を逃れた子どもは心音に、ありがとう! と言って去って行った。

 俺は苛立つが、今のは子どもが転びそうだったし、仕方ないか……と溜飲を下げる。

 俺はもう一度、念を押す。


「わかったよ、今のはいい。頼むから次に何か俺を引っ張りそうな時は先に言えよ。再三だけど、邪魔だけはしないでくれ」

「……そこは善処します。そもそも司会や運営が介入しちゃうとゲームが盛り上がらないので、逆に私達が怒られてしまうので……」

「ゲームを盛り上げる? このゲームは誰かの見世物か何かなのか?」

「……禁則事項です。言えません」

「いいじゃん、誰にも言わないから教えろよ。大丈夫バレないって。俺は探偵だから秘密は厳守するぞ」

「……貴方のその首輪、TNT爆弾の他にGPS機能もそうですし、あと集音マイクと監視カメラの機能もついてます。なので全てデスゲーム運営に筒抜けなので……」

「なにそれ怖い」


 危ねえ。その情報は聞いておいて良かった。

 完全にプライバシーの侵害だ。

 後でホームセンターで防音シートを買ってぐるぐる巻きにして接着剤で固めようと思う。

 とは言え、デスゲーム運営に情報が伝わるという事は、この首輪は通信を行う情報機器という事だ。

 俺は自分の首輪の写真をとって杏に小声で訊く。


「なあ。この首輪、ハッキングとかして外せないか?」


 数秒後、インカムから杏が解答する。


『……ダメかも。今、兄のスマホから見たけど、特にブルートゥースとか無線の信号はないし。写真見る限り、外部接続するインターフェイスもないよね。詳しく調べないと解らないけど、独自開発の通信技術とかプロトコルとか言語とか、そういうシステムだと流石の私も無理……。ちなみにデスタブとかいうタブレット端末は、一般に市販されているやつだからハック余裕』


 ちっ、残念。そう簡単にはいかないか。

 というか、この道では天才である杏がハッキング出来ない機器というのは、よっぽどだ。

 俺は心音を睨む。


「……ったく。面倒な機器だな。本当お前らはデスゲームとかいうクソゲーに全力を出しやがって」


 俺がそう毒づくと、心音は上目遣いで声をあげる。


「……あの、一つお願いがあるんですけど……」

「あ? なんだよ。拳銃なら無理だぞ」

「……それではなくて別の話なんですけど……。あんまり強い言葉を使わないで頂けると嬉しいんですが。少し心が辛いです……」


 あー本当に面倒くさい。

 てか本当にデスゲーム司会なのか? あの輸送機の人間と同一人物とは思えない。

 また泣かれても敵わないので、俺は折れる。


「わかった。気をつけるよ」


 しばらく心音と行動を共にするのは避けられず、良好な人間関係を築いておくのが望ましい。心音を力尽くで従えるつもりもなかった。心音に心変わりされて、足を引っ張られたら流石の俺も戦えない。

 ただ、問題がある。

 その良好な人間関係を築くという行為が、コミュ力のない俺にとっては連続殺人犯を捕まえる事よりも遙かに難易度が高かった。

 家族を除いて、良好な関係を維持できた他人は生まれてこの方、二人しかいない。そのうち一人はセブンだ。

 まぁ、そこが俺の問題点なのはわかっている。

 あーわかってるよ。そんな話は。


 ……努力するしかないんだろ。できるかは解らないけどな。


 俺が色々と諦めて内心で溜息を吐いた頃、乗っていた電車が東京の都心部に入った。

 そろそろ殺人予告が来そうだと、俺の直感がそう告げていた。

 日本の首都、東京。

 日本全国で最も防犯カメラや交通など、ありとあらゆるシステムが密集している場所だ。

 何でもありの無差別級の情報戦で、俺の妹、横溝杏が最も才能を生かせる立地である。

 俺はインカム越しの杏に言う。 


「杏、ここからは頼むぜー。正直。大分お前に頼ると思う」

 すると杏が欠伸で応じる。

『……兄、私なんか眠くなってきた……』

「頼む杏。起きてくれ」

『……お腹も減ってきた……ひもじい……』


 インカム越しの杏は、弱弱しくそう呻いた。


 ……大丈夫かオイ。


 俺は一抹の不安を感じる。

 まぁ何とかなるだろ。

 停車駅で電車が止まり、扉が開く。


 すると疲れた顔のサラリーマン達が大量に乗り込んできた。

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