3章 高尾山で手錠をかけて蕎麦を喰う(2)
「……私、その拳銃がないと不安で不安で仕方ないんです……。お願いですから、返してくださぃい……。こんなに女の子が泣いてるのに、可哀想だと思わないんですか……?」
「……いや。全く可哀想だと思わない」
何なんだよコイツ。スイッチが入ったように人格が変わったんだが? 情緒不安定すぎでは? しかも拳銃がないと不安で仕方ないとか普通にヤバい人間である。
泣いている心音に、俺は対応に困る。
俺にコミュ力はなく、こういう時どう対応すればいいのか解らない。
助けてくれセブン!
頼みの綱である友人に頼ろうとするが、セブンは変わらずオフラインだった。
ちきしょうめ。後は杏ぐらいしか相談できる、というか話せる相手がいないが杏にまともな意見は期待できない。そこら辺の壁に訊いた方がマシだ。
端から見れば、完全に女子を泣かせた男子みたいな構図になっていた。周囲の観光客からの視線が痛い。
耐えられなくなり、俺は心音を強引に立たせて山道脇の飲食店、蕎麦屋に入る。
「泣くなっつーの! ほら飯でも食って落ち着いてくれよ。ほら、何食う?」
テーブルのメニューを心音に差し出す。
すると心音は迷わず選んだ。
「うぅぅ……私、季節のてんぷら蕎麦の大盛りがいいです」
あ。こいつ地味に一番高いメニューを選びやがった。
こっちは面倒くさい奴は杏だけで間に合ってるんだよ……と内心で呻きつつ、俺も同じものを注文した。
その後も、ずっとめそめそする心音。
「あの……拳銃、返してもらえませんか……? ちょっとだけでも」
あまりにもしつこく、俺は少しだけ妥協する。
「無事にデスゲームが終わったらちゃんと返してやる。だから俺の邪魔はするなよ! 手錠で繋がってるから、お前がちゃんと動いてくれないと俺も困るんだよ! 俺の邪魔をしたら、あの銃はバラバラの粉々にして東京湾に沈めるからな!」
俺がそう凄むと、心音が怯えた兎のように縮こまる。
「……あうううう……わかりました……。あ!」
「なんだ突然、どうしたんだ?」
「……頭の機械が動かない……壊れたのかも。これはヤバい。めっちゃ怒られるやつだ……」
頭の機械?
俺がそう問い返そうとした瞬間だ。
デスタブが鳴り、俺は画面を見る。
【司会、姫野由岐が貴方を対象としたイベント戦を宣告しました。ルールを確認して下さい!】
【ルール説明】
プレイヤー十三番を生け捕りで拘束しよう!
成功した場合、三十点獲得となります。
SNSで生捕予告を出してプレイヤー十三番を生きたまま捕えて、運営に引き渡せばイベント戦クリアです。
※イベント戦の開催中は、プレイヤー十三番への殺人予告は生捕予告となります。その他ルールについては、マーダーノットミステリーに準じます。
……。
どうやらまたイベント戦というやつらしい。
このルールを見る限り、対象を殺さずに捕まえるだけでクリアできる様だ。
しかもそれで三十点って、めっちゃ美味しいと思う。
で、プレイヤー十三番って一体誰だよ。
俺はプレイヤー番号がデスタブの裏面に書かれている事を思い出した。手に持つデスタブを裏返す。
そこには紛れもなく、十三という数字が印字されていた。
……プレイヤー十三番って、俺じゃん!?
俺は苦笑する。
どうやらデスゲーム運営は、心音を何がなんでも取り返したいらしい。
同じく、イベント戦の通知が来たのだろう。自分のスマホを見ていた心音に俺は訊く。
「おい。この姫野由岐って司会、お前の家族か何かか?」
「……由岐は私の妹でして……」
「お前、姉妹揃ってデスゲーム司会やってるの? やばくね?」
「いえ、普段は司会をやってるのは私だけです。由岐は今回が初めてでして……」
「そもそも何で、こんなクソみたいなデスゲームの司会なんてやってるんだよ」
「……そこは色々と事情がありまして……。デスゲームの仕事をしてると、住むところとご飯は全く困らないもので……」
うーん、まぁ気持ちはわかる。俺も預金残高十二円だしな。
普通の人間は、経済的に詰むと犯罪に走るしかないのかもしれない。
注文した蕎麦が運ばれてきて、俺は口に運ぼうとする。しかし手錠の都合があり片手で食べなければならず、非常に食べづらい。
それは心音も同じらしく、心音はおずおずと口を開く。
「……あの、やっぱりこの手錠、外しませんか? ご飯は美味しく食べるものだと思うのですが、どうしても手錠があると美味しく感じられないと言いますか、とても食べづらくて辛いのですが……」
「うるせえな。食べづらいのは俺だって一緒だっつーの。黙って食えよ」
俺は話を打ち切り、蕎麦を食べ始めた。
そして心音が蕎麦を食べ終わるのを待ち、俺は席を立つ。
「さて。そしたら移動するぞ。とりあえず人が多いところに行く。東京駅辺りがいいかな」
心音が首を傾げる。
「……えっと、司会の私がこんなこと訊くのもあれなんですけど。このイベント戦は、他のプレイヤーに貴方を狙わせるためのものです。普通は、狙われやすい人気の多いところは避けると思うんですが……」
「悪いが、俺は普通じゃないんだよ。天才の名探偵なんだ。あえて狙われやすいところにいって、とっとと他のプレイヤーが襲ってきてくれた方が、こんなクソゲー早く終わりにできるだろ」
そう言って俺はニヒルに口元を釣り上げる。
何も恐れる事はない。
何が来ても全て返り討ちにする。それだけだ。
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