3章 高尾山で手錠をかけて蕎麦を喰う(1)

 俺がパラシュートで地上に降りるとタブレット端末、デスタブから軽快なメロディが流れた。

 

【イベント戦、生存成功! おめでとう! 十点獲得!】


 というメッセージが表示されている。


 ……なんかイラッとするな、これ。


 デスタブ画面右上に表示されている数字が十一点になっている。

 なるほど、これが持ち点で、こんな感じで五十五点集めるゲームの様だ。

 辺りは人気の無い山林だった。

 俺は役目を終えたパラシュートを外し、心音も地面に下ろす。

 首輪の爆弾がある以上、心音を人質にとり続けるしかなく暫くは心音を連れ歩くことになりそうだ。


 心音はまだ気を失っている。起きる前に凶器などを取り上げておこうと、俺は心音の所持品を確認する。

 心音は見る限り、黄金銃以外に凶器は所持していなかった。持ち物はあと財布とスマホぐらい。

 財布には十万円入っていた。今の俺には所持金がなく、俺は借りることにする。

 断じてこれは泥棒ではない。借りるだけだぞ?

 そして財布の中から、高校の学生証が出てきた。紛れもなくそれは、姫野心音のものだ。

 都内にある公立高校の、普通の学生証だ。


 ……なんだよ。デスゲームの司会なんてやっているから考えもしなかったけど。普通の女子じゃねえかよ……。


 俺はスマホで学生証の写真を撮り、DMで杏に送る。


「杏、この学生証の子を調べてくれ」


 するとボイスチャットの向こうで、杏が息を呑む音がした。


『なにこの女。兄、急にどうしたの? やめてよ。兄が陽キャになると、うちの陰キャが私だけになる。駄目、絶対に赦さない……この裏切り者……』

「お前は何を勘違いしているんだ……? それはデスゲーム司会やってる子だぞ、後ででもいいから調べてくれ」


 ヤンデレみたいな反応をする杏に今の状況を説明しながら、俺は心音の持ち物を確認していく。

 ふと、俺はそこで心音の頭にある兎耳の様な装飾品が気になった。そもそもこれ、装飾品なのか?


 俺の直感。なんかこれ、すげー嫌な予感がする……。


 触れてみると布の様な金属の様な、未知の感触だ。

 引っ張ってみるが、心音の頭から外れない。あまり力を入れると髪ごと引っ張ることになり、流石にそこまでするのは抵抗があった。

 まぁ気にしすぎか……そう考え、俺は心音の所持品の確認を終わりにする。

 俺は杏に訊く。


「杏、ここはどこだ? 場所を教えてくれ」

『東京都八王子、高尾山の山道の近く。少し歩けば駅が近くにあるよ』


 とりあえず駅に向かおう。

 俺は心音を背負い山林を歩く。

 幸いにもすぐに整備された山道に出た。そのまま山道を下っていく。

 場所は観光地の高尾山、周囲には観光客の姿もあった。

 俺が学校の制服姿なのが幸いして、学校の行事で来ていると判断されているのか怪しまれる事はなかった。

 さすがに手錠は目立つので、そこは上着を被せて隠している。


 ……っていうか心音が重い。ずっと背負うのはキツいんですけど……。


 段々と辛い気持ちになり、俺は心音を投げ捨てたい衝動に駆られる。

 しかしそれは人として、やってはいけない気がした

 そんな時、背中の心音が動く。目を醒ましたようだ。


「……えっと。理解が追いついていないのですが、これはどういう状況ですか? 教えてもらえますか?」


 特に隠す必要はなく、俺は答える。


「ここは高尾山だぞ。俺達はいま登山道を歩いてる感じ」

「意味不明なのですが……」


 返答に窮して、俺は少しだけセブンを真似る。


「人生は、概ね意味が解らないものだぞ。そもそも意味なんて無いのかもしれない。だから意味が解らないままでもいいんじゃないのか? ……っていうか、起きたなら自分で歩いてもらっていいか? 正直お前、重いんだわ」

「女の子に対して重いとか言うのどうなんです? 怒りますよ?」


 不満そうな心音を、俺は構わず地面に下ろす。

 心音が疑問符をあげる。


「それで此処はどこです? 私いま何をやっていたんですか?」

「だから、ここは高尾山。俺達はいま登山道を歩いてた」

「それはさっき聞きました。貴方は、ジェノサイド江戸川とかって言ってましたよね。それで名前は何て言うんです?」


 ……まぁ別に名前ぐらい言ってもいいだろ。


「俺の名は横溝碧。探偵だ」

「やっぱ偽名じゃないですか! この嘘吐き!」

「偽名に決まってるだろ。当たり前じゃねえか。大体ジェノサイド江戸川って何なんだよ……。それと、デスゲーム司会のお前に嘘吐きとか言われたくねえよ」

「それで貴方と私で、どうして高尾山にいるんですか? いつから一緒に登山するほど仲良くなったんです?」

「まあ手錠で繋がる仲だしな」


 俺がそう言うと、そこで初めて心音は俺と手錠で繋がっている事に気づいたらしい。

 心音は自由な左手で、右手に掛けられた手錠を力ずくで外そうと試みている。

 ややあって強引には外せないと悟ったらしく、心音が言う。


「……あの。この手錠の鍵を貸してもらえますか?」

「手錠の鍵? そんなもんはないぞ」

「え、じゃあこれどうやって外すんですか?」

「俺は天才だからな。鍵なんてなくても外せるんだよ」


 それは本当だ。俺の探偵スキル、ピッキングで外せるため鍵は持ち歩いていない。


「……あの。この手錠、外してもらえますか?」

「俺も可及的速やかに外したいんだが、それは出来ない。首輪の爆弾を外してくれたら考えてやるよ」

「それはちょっと出来ません。……ええっと、輸送機で煙があがったところまでは覚えてるんですけど。その後の記憶がないんですが……。もしかして私、貴方に拉致されてる感じなんですか?」

「正解。概ねその通りだ」

「拉致するなんて酷くないですか? 早く解放して下さい!」

「それお前が言うの?」


 ここで心音が何かに気づいたらしく、慌てた声を出す。


「あれれ、私の拳銃と財布がないんですけど!? 知りませんか!?」

「ああ、それなら俺が没収した」

「ひどい! この泥棒! 犯罪者!」

「だからデスゲーム司会のお前に犯罪者とか言われたくねえよ!?」

「返して下さい! 今なら許してあげますよ!」

「アホか。ここで拳銃を返す馬鹿がどこにいる」

「……お願いします。財布はいいんで、とにかく拳銃は返して下さいぃ……。それ、すっごく大事なモノなんです……」

「バカかお前。拉致した敵に武器を返せる訳がないだろ。もっと常識的に考えてくれ」


 俺が拒否すると、心音は泣き崩れる様に地面にへたり込んだ。


「……うううっ……お願いしますっ、私、その拳銃がないと駄目なんです……」

「駄目だっつーの」

「ふええ……絶対に撃ちませんから。ちょっとだけ。ちょっとだけでも返して下さい……」

「ちょっとだけ返すって何なんだよ。訳が分からない」

「……本当にお願いします。何でもしますからぁ……」

「何にもしなくていいから。黙って歩いてくれるだけでいい」

「……うううっ……酷いです。こんなの、あんまりです……うぇええん……」


 などと泣き始める心音。

 俺は困惑する。


「っつーか泣くほどのことなのか……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る