2章 マーダーノットミステリー(5)

 僕、セブンはデスゲームの開幕早々、司会を人質にとった碧を見て苦笑する。

 予想の斜め上すぎて本当に碧らしい。天才というより、デスゲーム運営からすれば天災だ。

 この未曾有の事態にデスゲーム運営サイドにも動きがあった。

 僕はモニターの映像を、そちらに変える。


 碧が輸送機から脱出した直後。

 気絶していた髭の黒服は、すぐに目を醒ました。そしてデスゲーム運営本部に、プレイヤー番号十三、ジェノサイド江戸川に司会の姫野心音が拉致され人質に取られた旨の報告が入る。

 そんな報告を受けてデスゲーム運営の要職、幹部黒服達に衝撃が走った。

 すぐさま三人の幹部黒服に緊急招集がかかり、会議室に集結する。


 デスゲーム観戦会場、地下施設の地下一階。

 そこは、どこにでもあるオフィスの平凡な会議室だ。

 真っ白な壁に、パイプ椅子に長机。ホワイトボードには、『マーダーノットミステリー収益目標(ノルマ)』などの文字と数字が並んでいた。

 源氏ホールディングスのデスゲーム事業部、部長の幹部黒服。その煙草を吹かす黒服は、長机で頬杖をつきながら沈痛な面持ちだった。


「……ちょっと待って。なんだろう、デスゲームでさ。終盤になってプレイヤーが運営に反抗してくる話はあるよ。よくあると思う。でもさ、いきなり開始と同時に司会が拉致されるのは有り得ないだろ。なんなんだよ一体。しかもよりによって、拉致されたの若紫様が孫みたいに可愛がってる心音様じゃないか……。どうすんだよこれ……誰が責任とるんだよ……若紫様にどう報告するんだよ……」


 その煙草の黒服の向かいには、同じくデスゲーム事業部、デスゲーム企画課の課長、天然パーマの黒服がいた。

 天然パーマの黒服は応じる。


「こんなの若紫様には言える訳ないっしょ。しかも心音様、例の兵器も持ってるだろ。若紫様に報告したら最後、俺達はよくて魚の餌か軍事兵器の実験台だぜ」

「発想を逆に考えよう。あえて今すぐ報告を上げてしまい、あの髭の黒服に全ての責任を押しつけてしまおう。元はと言えば、あの髭が負けたのが一番悪いんだ」

「あのさ。あの髭も一応、お前の部下だろ? そういう部下に責任を押しつけて自分は逃げ切ろうとするトカゲの尻尾切りみたいなの、若紫様が一番キレるやつじゃん。だったら素直にスライディング土下座した方が良いと思うぜ。……大体さぁ、どうしてデスゲーム始める前に、プレイヤーの所持品を検査しなかったんだよ。X線とかの機械を使って、危なそうなものは没収しとけばこういう事態は防げたんじゃねえの?」

「それはスケジュールの都合でできなかった。しょうがないだろッ!? 俺だって毎日残業して頑張ってるんだよ!? でもできないもんはできないんだよッ!?」

「見苦しいから逆ギレすんなよ……。というか、あのジェノサイド江戸川って高校生、何者なんだよ。情報だと職業高校生探偵ってなってるけど。今時の高校生探偵って、発煙弾とかスタンロッドとか持ってるもんなの?」

「さあ……? まぁ麻酔針とか変声器とかは聞いたことあるから、発煙弾やスタンロッドが出てきても不思議ではないと思う」


 幹部黒服の二人が頭を抱えていると会議室に別の黒服、坊主頭の男が入ってきた。

 それはデスゲーム事業部、副部長である。

 煙草の黒服が、坊主頭の黒服に訊く。


「下のゲストの様子はどうだ? どういう反応?」


 下とは観戦会場のことだ。

 この地下施設は地下五階構造となっており、地下一階がデスゲーム運営本部のオフィスや会議室があり、地下二階にゲスト達を招く観戦会場などがあった。

 デスゲームの様子は監視カメラで撮影され、観戦会場にリアルタイムで流れている。

 当然、碧が輸送機を制圧した様子も全て流れていた。

 このデスゲームは飽くまで娯楽であり、デスゲーム運営としては観客や出資者の反応が第一である。

 坊主頭の黒服は静かに言う。


「下のゲストは問題ない。むしろ逆に盛り上がってる」


 意外だったらしく、煙草の黒服が目を丸くする。


「え。なんで?」

「世界を牛耳る権力者、鳳凰寺若紫のイベントがたった一人の日本人の高校生に台無しにされてるってな」


 その言葉に嘘はなく、観戦会場では盛り上がっていた。

 世界を支配する九人の権力者の一人、鳳凰寺若紫を好ましく思っていない人間は多い。そういった人間にとって、さぞ痛快だろう。

 煙草の黒服が涙目になる。


「ああああああ……死んだわ俺達。もう終わりだよ終わり。若紫様のメンツを潰したやつじゃん。俺なんでこんな会社に就職しちゃったんだろ……」


 会議室で、幹部黒服の三人は絶望していた。

 すると会議室の扉が再び開く。

 現れたのは白い制服の様な服装の少女だ。

 肩まで伸びる髪に、胸元には大きなリボン。服装の色といい風貌は心音に似ているものの、それよりもさらに幼い。年齢は十二歳ぐらいだろうか。

 姫野心音の妹で、同じくデスゲーム司会役の姫野由岐ひめのゆきだった。

 由岐は幹部黒服三人に駆け寄ると、元気よく言う。


「うちのお姉ちゃんが敵に捕まったと聞きました! 私がお姉ちゃんの分まで頑張りますですッ!」


 そんなやる気に溢れた由岐に対して、三人の幹部黒服は溜息で応じた。

 一応はデスゲーム司会という立場だが、由岐は普通の元気な少女だ。作戦能力も戦闘能力も皆無。幹部黒服達にとっては仕事の邪魔なだけだが、鳳凰寺若紫の意向で司会となっており、無碍に追い出す訳にもいかなかった。


 一人だけ元気な由岐を尻目に、三人の幹部黒服はぐだぐだな会議を続ける。

 通常であれば反抗したプレイヤーはルール違反として爆殺する。しかし碧は心音を人質にしておりそれはできない。若紫のお気に入りである心音の身の安全は、絶対的な優先事項であった。

 おまけにデスゲームが始まってしまった以上、ルール上、黒服達は直接的な介入が出来ない。手を出せるのは由岐などデスゲーム司会だけとなるが……由岐は戦えずどうにもできない。

 最後に煙草の黒服がぼやく。


「若紫様もさ。心音様がそんな大事ならデスゲーム司会なんてやらせるべきじゃないんだよ。なんで怪我もさせたくないお気に入りに、こんな危ない仕事をさせるんだよ……」


 天然パーマの黒服が応じる。


「それは可愛い子どもに危険な目に遭って成長してほしいけど、怪我もしてほしくないみたいな親心だろ……」

「本当やめてくれ。そういう訳の解らない大富豪ムーブ、現場がマジで大迷惑だ……」

「っていうか、心音様ってイージス艦が買える勢いの武装してたはずだし、銃撃戦なんかもかなり強いはずなんだが。どうしてこんな簡単に人質に取られたんだ……?」

「……さあ……?」

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