2章 マーダーノットミステリー(4)

 少し振り返るとそこには白煙に紛れて髭面の黒服がおり、俺の頭に銃口を突きつけている。

 いつの間にか戻ってきた様子だ。


 ……うーん、全く気配に気づかなかった。


 何度も言うが、俺は武闘派ではなく接近戦は得意ではない。

 黒服が冷たく言う。


「まず拳銃を捨てて、司会を床に下ろせ。さもなくば射殺する」


 ……この黒服は、何も言わず俺を射殺することもできたはずだ。それなのに何故しなかったのか。


 恐らくは、俺の抱えている心音に命中するなど、怪我をさせてしまう可能性を考えたからだ。心音に怪我をされると自分の身が危ないと言ったのは、他ならぬこの黒服である。

 残念だが、もう手は打ってあった。

 俺はニヒルに笑う。


「お前、状況がわかってるのか? よく見ろよ。俺が死んだら首輪が爆発するんだろ。こいつも道連れになるんだが?」


 言いながら俺は自分の左手を挙げた。

 俺の左手首には探偵七つ道具の一つ、手錠が嵌まっている。そして手錠のもう片方の輪には……心音の右手に繋がっている。


 これが俺の打開策だった。


 要するに、デスゲーム司会を人質にしてしまえばいい。

 俺が死ねば首輪が爆発、自動的に心音も道連れとなる。黒服に拳銃を突きつけられる寸前、俺は心音と手錠を繋ぎ終えていた。

 黒服が絶句している。

 直感的に今がチャンスだと悟った俺は倒れる様に銃口から逃れ、そのままスタンロッドを黒服に突き刺した。

 電流を流して黒服を倒す。

 沈んだ黒服が気絶しているのを確認、俺は立ち上がった。


 ……よし! 何とかなった。


 今の黒服の反応を見る限り、やはり心音はデスゲーム運営にとって大事な人物なのだろう。

 人質にしている限り、俺の首輪は爆発しない気がする。たぶん。

 次の課題は、どうやって地上に戻るかである。

 操縦席にはパイロットもいるはずで、デスゲーム運営の人間である可能性が高い。心音を人質にとれば地上へ降りてもらえるだろうか。

 ただ地上に降りても空港で包囲されるだけな気もする。


 まあ行ってみて状況で考えよう。

 そう思い俺は心音を抱えて鉄製の扉を開け、輸送機の奥に進む。

 そこは狭い通路で、操縦席はまだ先のようだ。

 と、その隅の方に見覚えのあるものを見つける。パラシュートだった。予備か非常時の備えかは解らないが、丁度よい。

 心音を抱えた感じ、恐らく体重は五十キロぐらいだろう。俺と合わせても百二十キロは超えないと思う。

 先ほどの場所に戻り俺は心音と自分の身体を結んだ。そしてパラシュートを背負う。

 俺は杏に訊く。


「なあ杏。今パラシュートで飛び降りると、どの辺りに落ちる?」

『いま八王子だから。風の煽られ方にもよるけど、高尾山あたりだと思う』


 いやーなるべく都市部に落ちたい……。

 そんなことを思いつつ、俺は後方のハッチから飛び下りようとする。

 思わず、足が竦んだ。


 うわ、高いところめっちゃ怖ええええ!


 とは言え、ガンガン他のプレイヤーを突き落としてきた俺としては、自分が怖いというのも情けない話であった。


 ……学校に行くよりかは怖くない。そのはずだ。


 大丈夫、怖くない。

 そう心の中で念じて、俺は意を決して大空へと足を踏み出した。

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