2章 マーダーノットミステリー(2)

 そして心音は、特に感情の籠もらない声で言う。


「それじゃ開始です」


 駆動音が響き、機内後方のハッチが自動で開く。

 機内に大量の風が雪崩れ込んでくる。


 ……要するに、あそこから飛び降りろという話らしい。


 俺を含む残るプレイヤーの十九人は誰もが棒立ちとなっていたが、しばらくして皆がパラシュートに殺到。殴り合いの奪い合いが始まった。

 遠巻きで眺めながら、俺はどうしたもんかなーと思考する。するとその時だ、俺のスマホが鳴る。

 杏から『兄、飯買ってきて』とディスコードでDMが来ていた。


 ……やむを得えない。ここは杏の手を借りるしかなさそうだ。


 俺は杏にボイスチャットを投げた。運も良くすぐに繋がりインカムから杏の声が響く。


『ん、兄。突然どうしたの? 飯はやく買ってきて』

「悪いな杏。気がついたらデスゲーム参加させられていてな。お前の飯を買いに行ける状況じゃないんだ」

『意味わかんない。兄は馬鹿なの? 死ぬの?』

「ぶっちゃけかなり本気なんだ。冗談でなく本気。手を貸してくれ」

『コップスのチョコレートケーキ買ってくれるなら手伝っても良いよ』


 コップスとは都内で展開しているケーキ屋だ。そこのチョコレートケーキは杏の好きな菓子ベスト三に入る。

 一個三千円ぐらい。まぁハッキングによる情報収集、改竄の天才である杏をサブスクで使えると思えば安いものだ。


「わかった、それで手を打とう。帰るときに買ってくる」

『おけおけ。で、私は何すれば良いの?』

「まず画像を送る。その画像のパラシュートの最大積載量を調べてくれ。あとデスゲーム運営によると今、俺は東京都上空らしい。本当か調べてくれ」


 俺はスマホで争奪戦となっているパラシュートの写真を撮って杏に送った。

 五秒で解答が返ってくる。


『――そのパラシュートは、米国企業製のやつで一人用だね。最大積載量は百二十キロ。兄のスマホのGPS情報から位置把握、自衛隊のフライトレーダーをハックして場所も把握した。場所は奥多摩の方かな、現在高度四千メートルの地点』


 情報を得て、俺は考える。

 さて。この輸送機にいるプレイヤーは十九人。

 それに対してパラシュートは十本。

 デスゲーム運営はここで半数を死なせる予定らしいが……残念ながら、俺が居合わせたのが運の尽きである。


「おいお前ら! 俺に全員が助かる良い考えがある! 奪い合うのを止めろ!」


 俺はそう叫ぶも、誰も奪い合いを止めない。

 仕方ない。

 話が通じないなら後は暴力! 力尽くで解決するしかない。

 俺は探偵七つ道具の一つ、金槌を取り出した。

 奪い合いをしている何人かのプレイヤーを金槌アタック……は少し可哀想なので、金槌の柄で殴り飛ばす。

 続けて機内の壁を金槌でガンガン叩く。大きな音を鳴したところで、ようやくこの場にいる全員が、あ、こいつヤバい奴だ……という視線を俺に向けてきた。

 俺は声を張り上げる。


「そのパラシュートの最大積載量は百二十キロだ! 計算して二人一組で使えば全員、下に降りれる!」 


 その俺の発言にプレイヤー達は全員、静止。

 場の主導権を握った俺は続ける。


「全員、体重を言え! 俺が積載量を超えないように良い感じにペア決めてやる! ジャケット着てるやつは全員脱げ! あとタオルやベルトがあるやつは外して俺に寄越せ!」


 一人一人体重を聞き出して俺はペア決めを行う。そして体重が重い方にパラシュートを背負わせ、強制徴収したジャケットやベルトを紐変わりにしてもう一人の人間と結んで固定。準備のできた二人一組から、俺はハッチより大空へ突き落としていく。

 最初の方は良かったものの、後半になるにつれ百二十キロを超えない組み合わせが限られてペア決めの難易度があがる。

 運も良く順調に皆を脱出させていき、残る俺以外のプレイヤーは一人となった。

 残った最後の一人、そのプレイヤーは恰幅の良い男性で、体重が百三十キロもあるらしい。

 一人でもパラシュートの積載量は超えている。

 アホか、どうしろって言うんだよオイ。

 その恰幅の良い男性は半笑いで言う。


「私だけで十キロオーバーしてるんですが、大丈夫なんですかねえ……?」

「知るかッ! お前はただちに十キロ痩せろ!」


 自分で言ってなんだが、無理だと思う。

 まあパラシュートは最大積載量を少しオーバーしても大丈夫だと思う。他に選択肢もなく神に祈るしかない。

 その男性にパラシュート背負わせて、俺は青空へ蹴り落とす。

 今のが最後の一人だ。これで全員を脱出させる事に成功した。

 そして丁度、パラシュートの数もゼロである。


「よし。我ながらいい仕事をしたぜ……」


 俺が額の汗を拭っていると、今まで黙っていた心音が拍手を送ってくる。


「すごいすごい! 今まで何回かコレやってるんですけど、二人一組で降下するなんて考えて、実際にそれを成功させたのは貴方が初めてです。……で、パラシュートはもうありませんけど。貴方はどうするんです?」

「それな。ちょうど今、俺もどうしようか考えていたところだ」


 心音に応じて、俺は溜息を吐く。 

 どう試行錯誤しても、百二十キロを超えないペアを十組で収めるのは不可能だった。どう組み合わせても一人降りられない事は、初めに体重を聞き出した時点で解っていた。


くそーーーーーーッ!!!


 あの最後の奴のせいで俺が降りらないじゃねえか!

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