1章 横溝碧の日常(5)

 ……あれ。俺、洗濯機の横で寝たっけ?


 轟音と激しい床の振動で、俺は目を醒ます。

 気がつくと、目の前には洗濯機ではなく……見知らぬオッサンの顔があった。


 なんでだよ!?


 冷たい床の上で寝ていた俺は、上半身を起こして周囲を見回す。

 金属質の壁に囲まれた細長い空間だった。

 無骨な鉄骨の凹凸が随所にあり、船内を連想させる。

 壁には簡易な椅子が並び、前方には鉄製の扉、側面と後部には複数のハッチがあった。


 窓に青空と雲が流れており、ここは飛んでいる飛行機の中であると予想がついた。

 周りには俺と同じように、様々な人間が床で寝ている。その乗客の数は俺を除くと十九人ほど。


 自分の状態を確認する。

 怪我もなく探偵七つ道具やインカムなど、所持品はそのままで何も盗まれたりはしていない。

 それどころか俺のポケットには自分のモノではない、小型のタブレット端末が入っていた。背面に十三という番号が書かれている。

 ここで俺は自分の首に、銀色の首輪がつけられている事に気づく。俺に首輪を付ける趣味はなく、外そうと試みるも無理そうだ。


 状況が謎である。

 俺は意識を失う寸前、セブンとの会話を思い出す。

 スマホを確認すると幸いにも電波は入っており、電話もネットも繋がりそうだ。ディスコードでセブンと連絡を試みるが全く応答がない。

 セブンは一体どうしたのか。俺は少し心配する。

 すると周囲で倒れている人間達が続々と意識を取り戻し始めた。

 隣で寝ていたオッサンも目を覚まし、大きく欠伸をする。


「あー……よく寝たわ。ここどこだ。お前はなんだ?」


 言葉尻は、隣にいる俺への問いだった。

 俺は毒づく。


「オッサンこそ何なんだよ。俺は気がついたらここにいた。お前こそ何でここにいる?」

「俺は確か……源氏ホールディングスの脱出ゲームに参加しようと会場にいって……そこから……どうしたんだっけな……」


 俺と全く同じ境遇らしい。

 他の人間も似たような反応で、どうやら此処にいる全員がゲームの参加者の様だ。

 誰もが状況が解らず困惑していた。

 そんな時だ。前方の鉄製の扉が突然開く。

 白い服装の少女が現れる。


「みなさん、おはようございまーす! 体調の方はどうでしょうか。具合の悪い方がいたら申し出て下さいね。まぁ申し出てもらったところで、頑張れーって応援しかできないですけど」


 軍服を連想させる白いスーツに、流れる様な長い髪。そして頭には兎耳みたいな形状の装飾品が乗っていた。スーツを着ているため大人びて見えるが、非常に小柄で俺より年下に見える。

 その少女は、前に一度だけオフ会で会ったことのあるセブンと容姿が似ており俺は驚く。

 とはいえ声色は違うため確実に別人だろう。

 少女に続く様に鉄製の扉から黒服、髭面の男が現れる。

 その髭の黒服の手には黒塗りの拳銃、コルトガバメントの様な物が握られていた。

 この場の全員が、それを見て息を呑む。

 そんな黒服を脇に従えて、少女が声を張り上げる。


「改めまして皆様はじめまして。この度は源氏ホールディングスの脱出ゲーム、マーダーノットミステリーにご参加頂きまして、ありがとうございます! 私はこのゲームの司会の姫野心音と言います。さて早速ですが、これから皆さんにはデスゲームをしてもらいます。要するに殺し合いですね。事前に言っておきますが、現在この輸送機は東京の上空で、逃走は不可能です。スマホも使えますし自由にして頂いて構いませんが、警察に通報しても無駄です。あとご家族や友人に連絡しても大丈夫ですが、あんまりゲームの事は口外しないで下さいね。ご家族や友人までこちらで処分する残念な結果となります。それではですね。まず配布物の確認ですが、皆さんが寝ている間にゲームで使う専用のタブレット端末をポケット等に入れてあります。それと皆さんの首に監視と爆殺処理するための首輪がついてます。まずこの二点がちゃんとあるか確認して下さい。ない方がいたら挙手願います!」


 ……はい?


 話についていけず、俺は困惑した。

 なんなんだよデスゲームって。しかも爆殺処理の首輪ってなんだよ。

 この場にいる全員が同じ気持ちらしく、前の方にいた中年男性が怒号をあげる。


「これは普通の脱出ゲームではないのか!? 爆殺する首輪って何なんだよ!? 何も聞いてないぞ!」


 姫野心音と名乗った少女は、したり顔で答える。


「そりゃ何も言ってないですし。あと嘘は言ってませんよ。このゲームは脱出ゲームです。殺し合いから頑張って生き残って脱出してもらう感じの」

「そんな人権を無視した話が許されるか! 早く地上に戻れ! 警察に通報して会社に苦情をいれてやる!」


 怒る中年男性が歩み寄って心音に掴みかかろうとした刹那、乾いた発砲音が響く。

 心音の脇にいた黒服の持つ拳銃から煙があがる。

 中年男性が崩れ落ち、床に血溜まりを作る。額を撃ち抜かれており、どう見ても即死だ。


 ……俺は唇を噛む。


 まさかこんな突拍子もなく殺人が起こるとは。助ける暇もなかった。

 ややあって、堰を切る様に誰かが悲鳴をあげた。

 心音は面倒そうな顔で懐から拳銃を抜く。それは複雑な装飾の施された黄金の拳銃だ。俺の見る限り、あの黄金銃は恐らくワルサーPPKだと思う。


「あー、静かにしてもらえますかねえ。ピーピーうるせえよ」


 心音は威嚇するように明後日の方に向けて発砲。

 機内が静かになると、心音が黒服に視線を向ける。


「今撃ったやつ、早く棄てて下さい」


 心音から言われる前に、黒服は既に動いていた。

 射殺した中年男性を引きずって機内の端まで運び、ハッチを開けた。ハッチの向こうには大空が広がっており膨大な風が流れ込んでくる。

 黒服は躊躇いなく、射殺した中年男性を大空に投げ捨てた。

 そしてすぐにハッチを閉める。

 心音が溜息を吐き、黒服に言う。


「……今の殺す必要ありました? 足とか適当に撃っておけば良かったのでは?」


 黒服はスーツの埃を叩きながら答える。


「ひとり殺して見せた方が説明は早く済みますし。それに何よりも、万が一貴女に怪我をされると、今度は私の身が危ないものでして」


 そのやりとりの直後だった。

 足下から突き上げるような爆発音が響き、機内が激しく揺れる。

 何かが輸送機の真下で爆発した。そんな感じだ。

 心音が説明する。


「えっとですね。皆さんの首輪にはTNT爆弾がついていまして。このゲームで負けたり、死んだりすると証拠隠滅で半径一メートルぐらい吹っ飛んで爆殺処理されます。……あとゲームが始まる前から脱落者が出るのは、あまり望ましい展開ではありませんので。ご静聴して頂けると私も嬉しいです」


 俺達を威嚇するように黄金銃を掲げてみせる心音。


 ……正直、名探偵である俺としては爆弾や拳銃などよく見る代物で、いちいち驚くものではない。


 個人的に気になるのは、あの悪趣味な黄金銃だ。

どう見ても普通の犯罪者が持つような拳銃ではない。

 目の前で人が殺され、胸中で俺は激怒していた。

 すぐにでも心音と黒服を叩きのめしてやりたい。しかし俺は天才的な探偵だが武闘派ではなく、拳銃をもった二人相手に正面から挑むのは分が悪かった。

 今は大人しくしているのが最善だろう。

 俺を含めたこの場の誰もが沈黙。

 心音が再び口を開く。


「それではこれからデスゲームの説明を始めますね。ルールのテキストは配布したタブレット端末にも入っていますので後でも見れますので――――」


 そして心音はデスゲーム、マーダーノットミステリーの説明を始める。

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