1章 横溝碧の日常(3)

 現代では、経済格差が社会問題となっている。

 SNSでは毎日の様に格差社会への怨嗟がバズっていた。

 所持金が十二円となった今、俺もその気持ちが解る。


 社会が憎い。


 いや、どうすんだこれ。十二円でどう暮らしていけと?

 俺は頭を抱える。

 現状SNSの収入はたかが知れており、とても生活できる金額ではない。

 考えろ俺。俺は数々の難事件を解決してきた名探偵だぞ。なにか打開策は絶対にあるはずだ。


 ねえよ。十二円で生活する方法なんて。


 後はもう銀行強盗や詐欺などの犯罪に走るしかない。

 まぁ現実的な話、親か叔母に事情を話して泣きつくしかないが……ほぼ確実に怒られるし、謝りたくないのでそれは避けたい。

 放心状態でツイッターを眺める。探偵クラスタの一人が、企業主催の難易度が高くて有名な脱出ゲームに参加して無事クリアしたらしく、そのツイートがバズっていた。


 いいなこれ。俺も今度、参加してみようかな? ただ外に出るのは面倒だな……。

 俺が上の空でそんな事を考えていると、ボイスチャットでセブンが言う。


『どうしたの碧。何かあった?』


 俺はクソオブクソみたいな妹に生活費を使い込まれて金に困っていることを話す。

 するとセブンは軽い調子で応じる。


『ならコンビニでバイトとかして働けば?」

「それが出来れば苦労はしないんだよ。俺がコンビニでバイト出来る人間に思うか? 三秒で喧嘩になる自信がある」

『なら今探偵クラスタで話題になってる、脱出ゲームで稼ぐとか。賞金付きのゲームとかもあるでしょ』


 なるほど。それは確かにアリだ。素晴らしい案だと思う。

 ツイッターでバズりを狙える上に、金も稼げて一石二鳥である。

 ちなみに俺は知的なゲームでは他人に負けた事がなく、無双できる自信があった。

 セブンがDMで、とあるゲームの募集要項を送ってくる。


 世界的に有名な大手企業、源氏ホールディングス主催の脱出ゲームだった。名前は『マーダーノットミステリー』

 ルールなど詳細は非公開、賞金総額は百億円。参加者は応募者から選考で決めるらしい。

 主催の源氏ホールディングスは俺も知っている程で、確か軍事産業や医療技術などの分野では世界的大手だ。賞金総額も申し分なく、名探偵の俺が参加するにはうってつけだ。

 セブンが言う。


『――このゲーム、参加に選考があるんだけど。僕にコネがあるからねじ込めるよ。ちょうど明日から始まるんだけど、どうする? 参加するなら手を回すけど……』


 俺は即答する。


「やる。めっちゃやる」

『……本当に? 後悔しない?』

「だからやるって」

『……本当に本当に本当に?』

「なんでそんな念を押すんだよ」


 そう問うとセブンは、別に……と珍しく言葉を濁した。



 翌朝。件のゲームの参加者は空港に集合らしく、俺は久々に高校の制服を着て外に出ていた。

 どうして制服なのかは聞かないでくれ。コートを除くと外に着ていく服がこれしかないんだ……。

 セブンに指示され、俺は空港に向かう。

 インカムの向こうでセブンが話す。 


『――碧、ちゃんと準備した? このゲーム、賞金の金額が金額だから傭兵とか殺人鬼とかドローン兵器も参加してくるからね』


 それは昨晩も聞いており、準備は万全だった。

 探偵七つ道具も持ってきている。昔の探偵はカメラやペンと手帳、レコーダーなどを七つ道具としていたらしいが、現代ではスマホ一つで十分だ。

 なので俺が七つ道具としているのは金槌、双眼鏡、発煙弾、閃光手榴弾、手錠、スタンガンを違法改造して電流の威力を上げたスタンロッドなど。まぁ殺人鬼ぐらいなら戦えるだろう。 


 ……いや。よくよく考えると、傭兵が参加してくるのはまだ解るが、殺人鬼が参加してくるのはおかしくないか? あとドローン兵器って一体なんだよ。


 まぁいい。名探偵の俺なら何の問題もない。

 全部返り討ちにしてやるぜ。どんとこい殺人鬼ドローン兵器。

 セブンは続ける。


『あと申込みで使う、碧の個人情報は架空の偽名にしておいたから。送るからゲームが始まる前に読んでおいてほしい』

「本名じゃ不味いのか?」

『どうせ碧のことだから、絶対に誰かの恨みを買うと思うからね。後で面倒になっても困るから偽名の方がいいと思って』


 俺は納得する。その通りで俺は、他人と関わると確実に喧嘩になる。まぁ言う通りにして間違いはないだろう。俺はセブンを全面的に信頼している。

 そしてDMで架空の俺の個人情報がおくられてきて、目を通す。


 氏名、ジェノサイド江戸川


 ……なんだよこの名前。

 殺人鬼なのか名探偵なのか、はっきりしろ。

 セブンにクレームを入れるが、もう変更は出来ないらしい。

 どうやら俺はしばらく自己紹介で「俺の名前はジェノサイド江戸川。探偵さ」と言わなければならないらしい。

 とても辛い気持ちになる。

 そして空港に到着。

 セブンに言われた通り、俺は空港のラウンジに入る。

 誰もいないラウンジでソファに座りながらセルフサービスのトマトジュースを飲んでいると、セブンがボイスチャットで言う。 


『――――ねえ碧。ちょっと話がしたいんだけどいい?』


 いつになく、セブンは重い声色だった。

 俺は怪訝に思う。


「あ? どうしたんだ急に」

『碧はさ。天才の名探偵なんだよね?』

「当たり前だろ。ついでにインフルエンサーだぞ」

『碧は探偵として、死人は出さないって言ってるけどさ。それって犯人の方はどうなの? 犯人も死なせないの?』

「勿論だ。俺は犯人も生きたまま捕まえて警察に突き出す」

『碧に一つ質問したいんだけど――――』


 そしてセブンが続ける。


『もしもこの世界に、本当にどうしようもなく、

 悪質で――――。

 悪性で――――。

 最悪で――――。 

 絶対悪の人間がいたとして。

 これから始まる事件の犯人がそういう人間で、名探偵の碧が追い詰めたとする。

 ここでそいつを殺しておかないと、将来的に沢山の罪の無い人間が犠牲になってしまう。

 もしもそういう状況になった時、碧はどうする?

 それでも殺さないの?』

「……セブン、意味が解らない。その質問に何か意味はあるのか?」

『意味なんてないよ。そもそも人間の生き死に自体、それはただの自然現象で何の意味もない。ただ僕は個人的な感情として、アイツが許せないんだ』


 明らかに様子がおかしかった。

 俺は困惑する。


「だからセブン、お前は何を言って……」


 言葉を遮って、セブンが言う。 


『――きっとこれが最後になるから、一つだけお願いがあるんだ。碧なら、この壊れた世界を変えられる。だから――――アイツと、この僕を殺してくれ』

「突然どうしたんだ? 何がなんだか……」


 そう聞き返した瞬間、俺は異常な眠気に襲われる。自然な眠気ではない。


 ……完全に、油断した。

 薬かガスか解らないが、何か盛られたらしい。

 視界が暗転、意識が海底に沈むように遠退いていく。

 最後に。セブンのすすり泣くような声が聞こえる。


『――碧、騙してごめんね。僕のことは嫌いになってほしい。それじゃ――ばいばい』


 そして俺の意識が途絶える。

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