1章 横溝碧の日常(1)

 スマホが鳴り、俺は目を醒ます。

 電話らしい。寝ぼけた頭でそのまま電話に出た。

 そして後悔する。


『――――ちょっと碧! アンタまた高校に行ってないんだって!? 学校から連絡が来たんだけど!?』


 電話は親戚の叔母さんだった。

 俺の両親は仕事で家に全くいない。なので両親が叔母に、俺達の面倒を見るよう頼んでいる様子だった。何かあるとすぐに叔母から説教が飛んでくる。


 ……天才的な名探偵の俺に学校に行けだって?


 うっせえわ。

 胸中でそう思いつつ俺、横溝碧は応じる。


「叔母さん、ごめん。俺はツイッターで忙しくて学校どころじゃないんだ……」

『おいコラ! 名探偵の曾孫だからって調子乗ってんじゃねえぞ! あと私の事は叔母さんじゃなくて、お姉さんって呼べって毎回言ってんだろ!』


 だんだんと話すのが面倒になる。

 俺は何も言わず断腸の思いで電話を切った。

 サンキューフォーエバー叔母さん。

 解り合えるその日が来るまで、着信拒否に設定しておく。


 叔母はやけに学校に拘るが、俺は思う。

 学校なんてクソゲーだ。タイパもコスパも悪すぎる。

 勉強して良い大学を目指すなら家や塾で勉強すれば良い。なんであんな教室、もとい狭い檻の中でクラスメイトとお友達作りの馴れ合いをしなければならないのか。

 学校なんて陽キャ牧場だ。コミュ力のない俺には怖すぎる。

 あと俺が昭和に名を馳せた名探偵、横溝三郎の曾孫なことに間違いはない。ただ他人にそれを言われるのは嫌いだ。

 大体、曾祖父、横溝三郎は俺が生まれる前に死んでいる。知らねーよ、そんな会ったこともない曾祖父なんて。


 ……くそ。愉快な叔母さんのせいで目が醒めてしまった。


 部屋の時計は二十三時を指している。

 ベッドから這い出て、俺は机のパソコンの電源を入れる。

 パソコンを立ち上げると同時に、俺はツイッターとディスコードを起動。

 オンラインになると同時に、ボイスチャットが飛んでくる。 


『――碧、おはよう。元気?』


 パソコンのスピーカーから、親の声よりも馴染みのある少女の声が飛んできた。親の声よりもというのは誇張ではなく、最近はほぼ毎日この少女と通話している。

 アカウント名は『セブン』

 俺は不登校でひきこもり、口が悪いため現実には友達がいない。唯一、気軽に話せる友人はツイッターで知り合ったこのセブンだけだ。

 俺はパソコンのマイクで応じる。


「あぁ、おはよう……」

『なんか声色が不機嫌そうだね。何かあった?』

「寝てたら叔母に起こされて、学校に行けって怒られたんだよ」

『それは碧が悪いやつじゃん。学校は行った方がいいよ』

「あ? なんで学校なんて行くんだよ。そんな暇があるなら、ツイッターでツイートをバズらせる努力をした方が生産的だ」

『生産的とかそういう問題ではなく、学校にいって勉強に勤しむのが模範的で正しいとされる高校生なんだよ。ご存知だったかな、名探偵くん?』

「お前だって学校に行ってない癖して偉そうに……」

『僕は病気で行けないんだ。碧と違って行かないのではなく、行けないんだよ。一緒にしないでほしいね』

「本当うぜえな」

『人間というのは概ねウザい生き物なんだ。なので僕がウザいのも人間の仕様だから諦めてよ。……それにしても相も変わらず碧は口が悪いね。いいかい碧。僕以外の人にはあまり威圧的な言葉は使わないこと。万が一言い過ぎたと思ったら、後でちゃんと謝ること。解ったかい?』


 優しい口調でそう言って、セブンは笑う。

 セブンとはオフ会で一度会った事があるぐらいで、それ以外の素性は何も知らない。まぁ特に知ろうとも思わなかった。俺がセブンを絶対的に信頼していることに変わりはない。 

 俺は口が悪くコミュ力がない。学校に行けばクラスメイトや教師と揉めてばかりで、気づけば不登校のひきこりとなっていた。


 ……まぁそもそも、コミュ力なんて俺にはいらねーし。


 将来はSNSで喰っていく。俺はそのつもりだ。

 俺やセブンはSNSの名探偵クラスタで活動しており、特に俺はフォロワー十万を超えるインフルエンサーだった。

 名探偵クラスタとはSNS上の現代の安楽椅子探偵で、社会で話題の事件や事故を推理して解決していくアカウント達の事だ。

 見事、推理が的中すればツイートがバズり、インプレッション数が稼げ俺の収益となる。

 今は小額しか稼げていないが、今後も頑張って稼ぎを増やして行きたい。

 先日も世間で話題となった連続猟奇殺人事件『カッター男』という事件を俺は解決。ツイートはバズってフォロワーが増えていた。


 現代ではSNSのフォロワー数が正義だ! 人間の存在価値だ!

 俺はそう信じている。


 俺がツイッターを確認すると、タイムラインでは名探偵クラスタの面々が新しい事件の話題で盛り上がっていた。

 今の今まで寝ていた俺は何も知らない。

 俺はセブンに訊く。


「何かあったのか? 三秒で説明してくれ」

『山奥のキャンプ場で幼児が二日前から行方不明になっていて、誘拐だの神隠しだの盛り上がってるよ』


 セブンの説明は三秒ぴったりだった。

 大体を把握する。

 動画ニュースを見ると事件の現場だろう、千葉県にある山林のキャンプ場でリポーターが事件概要の説明をしていた。

 行方不明になっているのは五歳の幼児だ。事件現場は千葉の何もない山奥。

 二日前、両親と共にこのキャンプ場に来て、夕方に両親が目を離した三分程度の間に行方不明となったらしい。


 幼児が一人で遠くに行ける訳もなく、両親が必至に探すも発見できず警察に通報。翌朝になって警察が大規模な捜索を行うがやはり見つからず、現在に至る。

 手掛かりは付近の山林に、枝に引っかかって破れたと思われる幼児の衣類の一部が見つかった事ぐらい。

 付近の山岳救助隊の応援もあり、赤外線カメラのついたドローンで捜索するが、付近の山林に幼児らしき熱源は確認できず。……というのが、おおまかな事件の概要だ。


 今日になって大手テレビ局のニュース番組が大々的に取り上げ、それを名探偵クラスタが推理の議題として挙げたようだ。

 ツイッターの名探偵クラスタ各位が推理をツイートしているが、やはり第三者による誘拐、身内の犯行を疑う声が多い。 

 動画ニュースでは地元住人の老人がインタビューで、『この山は昔から子どもが神隠しにあっていて、ワシが生まれた戦後からそういう話はあった……』などと話している。

 そんな馬鹿な。神隠しなんて非科学的である。幼児の失踪には何かしら現実的な原因があるはずだ。

 ふと、俺に閃きが降りてくる。


「子どもの神隠しは戦後から起きてる、か……」


 インタビューでの『戦後』という単語に引っかかった俺は、ネットの国土地理院のデータベースから八十年前の航空写真を引っ張ってくる。

 八十年前の事件現場は、今と同じく何もない山奥……と思いきや山林に紛れるように施設があった。

 現代にはない鉄塔の様なものも確認でき、当時の軍事的な建物か何かだろうか。

 画像編集ソフトで八十年前の航空写真と現代の地図を重ねると、その施設は事件現場のすぐ近くに在った事が判明する。

 もしかしたら。事件現場の山林には、八十年前の施設の貯水池が地下に残っており、幼児はそこに転落したのではないか。

 まだ生きていると仮定して、これなら赤外線カメラで熱源が確認できないことにも説明がつく。


 ……何となく。これが真相な気がする。


 俺の直感がそう告げている。

 そして天才的な名探偵である俺の直感は、大体正解だ。

 名探偵として必要な才能は色々あるが、この『直感』というのは、とても大事であった。

 早速、俺は今の推理をツイッターでツイートする。

 後は事件の解決を待ち、答え合わせをするだけだが……仮に幼児がまだ生存していた場合。失踪からもう二日経過しており、早く救出しなければ命が危ない。

 俺は自宅である探偵事務所から、事件現場までの距離をネットで調べる。

 原付バイクでいけない距離ではない。

 原付の免許は以前、探偵業を営んでいる親を手伝っていた時に取らされており、原付バイクも持っている。


 ……ちっ、仕方ねえな。


 内心で舌打ちしながら、俺はスマホを手にする。

 スマホでディスコードを起動、ワイヤレスのインカムを耳につける。

 スマホ経由のボイスチャットで、俺はセブンに言う。


「これから現場のキャンプ場に行ってくる」

『あれあれ。どうしたの急に?』

「子どもがまだ生きていたとして。早く見つけてやらないと、死んじゃうかもしれないだろ」

『やめとけば? 碧の推理だからどうせ正解なんだろうけど。ここで碧が出て行って簡単に幼児の場所を言い当てたら、逆に犯人と疑われる可能性がある』

「……そうなんだが。お前も知っての通り、助けられる命は救うのが俺の信念なんだよ。まぁ警察に捕まりそうになったら、警察官を倒して逃げてくるよ」

『碧は優しいねえ』

「うるせーし。放っとけ」


 俺は寝間着の上にモッズコートを羽織った。

 そして原付バイクの鍵を取り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る