横溝碧の倫理なき遊戯の壊し方

枢木 縁

プロローグ

 ――――学校に行きたくない。


 イジメられていた私にとって、学校は苦痛でしかない。

 聞こえるように悪口を言われても。殴られても。物を隠されても。私は泣くだけだった。


 家にも居場所はなく、毎日死ぬことばかり考えていた。

ある日、私と同じようにイジメられていた子が死んでしまい、私は思う。

 学校と殺し合いって、何が違うのか?

 一方的に弱者が嬲られて、身体的または精神的に殺されるという意味では、全く同じではないか。

 

 ……ふと私、姫野心音はそんな昔の記憶を思い出していた。

 離陸をはじめた旅客機にて、窓の景色に学校の校舎を見つけてしまったからだろう。

 もう一年以上前の話だが、学校には嫌な記憶しかない。

 そんな記憶を頭から消し去る様に、私は頭を振った。

 離陸を終えた旅客機の機内。私は最前列に座っているため後ろは見えないが、機内は気楽な雰囲気であった。大人三十人程の乗客の愉しそうな談笑が聞こえる。

 乗客は全員、世界的な大企業、源氏ホールディングスが主催する脱出ゲームの参加者達であった。

 行き先の開催場所は外国とだけ知らせている。誰もが知る大企業の脱出ゲームなだけあり、乗客の誰もが豪華絢爛な海外旅行の気分でいる様だ。

 旅客機が定常飛行となり、定刻が訪れた。

 機内アナウンスが流れる。


『――――皆様こんにちは。この度は源氏ホールディングス主催、賞金総額百億円のリアル脱出ゲームの参加へのご当選おめでとうございます。早速ではございますが、これより当ゲーム司会、姫野よりゲームの説明を致します。皆様、着席してお待ち下さい』


 名前を呼ばれて私は席を立つ。機内中央の通路に立ち背後を振り向いた。

 各座席に設置されたディスプレイに私の姿が映る。

 軍服を連想させるデザインの白いスーツに長い髪、頭には兎耳に似た装飾品。私は年齢よりも幼く見られる事が多いが、スーツを着ているためそこそこ箔がついていると思う。

 っていうか、そう思いたい。

 ――――じゃ、始めよっか。

 私はゲームの説明を始める。


「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます」


 行き先が外国というのは、嘘ではない。

 ……まぁ黄泉の国だが。

 私は拳銃を抜き、近くの空席に向けて引き金を引いた。

 黄金のワルサーPPKから銃火が生じる。

 機内に銃声が轟き、薬莢の乾いた音が床を叩く。

 乗客の誰もが凍り付き、私に視線を向けた。

 後方の乗客が逃げ出す素振りを見せたものの、旅客機の後ろでは私と同じデスゲーム運営の黒服が立って拳銃で牽制している。

 乗客達に逃げ場はない。


 もう説明不要だと思うが、これはデスゲームだ。

そして私はデスゲーム司会という立場である。

 乗客達が静かになり、私は説明を続けようとする。

 するとその時だ。乗客の一人が怒鳴る。


「いい加減にしろ! 何が殺し合いだ! 昔の映画の真似でもしているのか!?」


 それは三十代後半、眼鏡を掛けた中年男性だった。

 拳銃を持つ私に反抗するところを見るに、これはゲームの演出で拳銃も玩具だと考えているのかもしれない。

 私は雑に応じる。


「昔の映画? 私は知りませんが。とにかく今は私が説明していますので黙って着席して下さい。これは警告です」

「もういい! 子どもでは話にならない! 大人の社員を出せ! 俺はこんな舐めたイベントの参加は取りやめる!」

「はぁ。舐めてるのは一体どっちです?」


 躊躇いなく私は拳銃の引き金を引いた。

 轟く銃声。次の瞬間、中年男性の掛けていた眼鏡が床に落ちる。

 射撃は狙い通り、顔を掠める形で眼鏡のフレームだけを破壊していた。

 私は沈んだ声を出す。


「次は当てます。ご了承くださいね」


 中年男性が震える。


「……ほ、本物の銃なのか…? これは源氏ホールディングのイベントだろ……? 世界的に有名な企業が、こんなテロリストみたいな事をして許されると思っているのかッ!?」

「あー逆ですよ逆。世界的に有名な企業で絶対的に経済を支配しているからこそ、こういう事が出来ちゃうんです。誰も逆らえないし取り締まれないんですね」

「……馬鹿な……こんな理不尽があっていい訳がない!」

「この世界はとても酷く醜く理不尽なんですよ。知らなかったんですか? 私よりも長く生きている大人の癖に」


 私がそう皮肉を言うと、中年男性は押し黙る。

 私は改めて、乗客全員に拳銃を掲げて見せて威圧する。


「みなさんに改めて警告しますね。騒がず静かにして下さい。今みなさんの生死与奪を握っているのはこの私です。私を怒らせないで下さいね。でないと、殺すぞ」


 ……。

 そう凄んでみたが、本音では私も人は殺したくない。

 私だって嫌だよ。人を撃つなんて。

仕事で仕方なくやっている。やりたくはないけど、やらなくてはならない。

 学校の勉強と一緒だよ。わかるでしょ?

 私もメンタルがつらい。めっちゃ病む。

 ただこの仕事、デスゲーム司会はプレイヤー達に舐められたら終わりだ。プレイヤーに対して、絶対的なパワーバランスを誇示しなければならない。


 私がそんな事を考えている時だ。

 先ほどの中年男性が突然「ふざけるなああああああッ!」と怒号を上げた。

私は対応に迷うが、旅客機の後方にいる黒服の判断は早かった。

 叫ぶ中年男性に歩み寄り躊躇いなく発砲。米神に風穴が空き中年男性は静かになる。

 ……だから静かにしろって言ったのに。

 私はそう思うが、まぁどうせこれからのデスゲームで乗客達は殆ど死ぬ。なので考えても仕方がなかった。

 黒服に説明の続きを促され、私は暗澹とした気持ちで説明を再開する。 


 ……私は思う。結局、幸せとは他人の不幸の上に成り立つものだ。

 だから自分が幸せになるには、他人を不幸に陥れるしかない。

 私が一年前まで通っていた学校だってそうだ。

 クラスでイジメられる側にとっては地獄だが、虐める側はさぞ愉しい学校生活を過ごせる事だろう。

 私はもう戻りたくない。ずっと泣いていた、あの頃に。

 あんな地獄に戻るぐらいなら、死んだ方がマシだ。


 かくして。

 私は幾度目かのデスゲーム開幕を告げる。





 幸福(HAPPINESS)[名詞]

 他人の不幸を眺めることから生ずる気持ちのよい感覚。

                   A・ビアス『悪魔の辞典』より引用

                           (1964 岩波書店)  



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