第67話 浮野ってところで戦ったらしいですよ!
ども、坊丸です。
数日前に、「今日の軍義で岩倉城を攻める話になった」と、柴田の親父殿が夕食の時に婆上様に話していました。
でも、柴田の親父殿は、なんか微妙に沈んだ雰囲気。
どうしたことでしょう。
なにかある、そう直感していますが、時間線のトラブルに巻き込まれる前よりも、ちっとは空気が読めるようになったので、そこには突っ込みません。
ええ、突っ込みませんとも。
空気読んだ上であえて、無視して聞くっていう判断をしたい、したいけど。
と、婆上様が柴田の親父殿に聞いてくれました。ナイス、婆上様!
「で、勝家、何故、その様に暗い顔をしているのです?戦に不満でもあるのかえ?」
「不満なぞございませぬが‥」
といってはいますが、口ごもるような感じの親父殿。
「不満がなければ、結構。で、勝家は、此度の戦、何をするのかえ?」
「清洲の留守居でございます」
吐き捨てるように、留守居であると、親父殿は言いました。
良かったじゃん、危ないところに行かなくてすんでラッキーじゃん、て考えるのはどうやら現代人の感覚らしく、婆上様も、少し落胆のご様子。
「柴田のお家は、武をもって仕える家柄。戦場に出られないなど‥」
お箸を握りつぶして折っちゃうんじゃないかと思うくらい悔しがる婆上様。
「して、先鋒は誰ぞ?言える範囲で良いから教えてくだされ」
「はっ、先鋒は丹羽長秀殿、森可成殿。出陣するのは、殿とその馬廻りを本陣とし、佐久間盛重、盛次、信盛の佐久間の衆。それに林秀貞殿」
「くっ、筆働きが得意な林殿が戦場で、そなたは留守居ですか‥、殿は何をお考えか‥」
婆上様による林秀貞さんの評価は低いっぽいのがよくわかる感じですな。
でも、林秀貞さんよりは柴田の親父殿の方が信頼されている感じだと思うけどね。
「清洲の留守居と戦場からは遠い場所なれど、全力で尽くす所存」
本当は悔しいのがにじみ出ていますよ、親父殿。
「与えられた場所で全力を尽くす、素晴らしいと思います、親父殿。それを続けることこそ忠義、なんでしょうね」
あ、思わず偉そうなこと言っちゃった!
幼児らしくないよ!ヤバいよ!
すると、柴田の親父殿が、おっと少し驚いたような顔になったあと、何度か頷き、一度、自分の飯椀をのぞいたあと、こちらに顔を向けました。
その顔は、今まで悔しさをにじませていた顔から急に晴れ晴れとした少し微笑んだような顔に変わっていましたよ。
「与えられた場所で全力を尽くす、それを続けることが、柴田勝家の忠義か!よいな、良い言葉だ、坊丸」
なんか、微妙に違う感じになってますが‥。
まぁ、良いか。本人前向きになれたみたいだし。
前向きになった親父殿の言葉を聞いて、もう少しだけ親父殿を持ち上げるようなことを言う気持ちになりました。
「親父殿は、清洲の留守居だと武功を上げられぬ故にご不満かと思いますが、本拠地を任されるということは、信頼のある印かと」
「そうだな、岩倉勢も決戦をすると見せかけて、清洲城を狙うかも知れぬしな。囲魏救趙の策をとるやも知れんしな」
うむうむ、とか言って元気になってモリモリご飯を食べ始める親父殿。扱いやすくて、良かったぁ。
ま、婆上様はまだご不満の様子ですが、息子のやる気には水を差さないご様子。
ところで、囲魏救趙ってなんだっけ。六韜か孫子を白文で読まされたときに見たような見ないような‥。
後で、吉田次兵衛さんか中村文荷斎さんに聞いてみよう‥。
そして、戦当日の朝。
屋敷の男衆で戦えるものは、武装して、親父殿についていきます。
屋敷に残るのは、婆上様をはじめとした女子衆と自分と弟たち、あと、高齢や過去の怪我で戦場に行けないものが2名。
ほぼ、男性の戦力になる人は親父殿と一緒に清洲城に詰めることに。
「では、行ってまいります。母上、坊丸、屋敷を頼みます」
「心得ました」「ご武運を」
「ふっ、武運と言われましても‥。此度は留守居ゆえ、槍働きはできぬとは思いますが、万が一に備え、気を引き締めて行ってまいります」
「良き心構えです、勝家」
「それでは、行くぞ、皆の者」
そして夕刻、清洲城から親父殿以下、男衆が帰ってきました。
特に怪我人もなく、鎧兜にも傷はない様子。
さすがに、岩倉勢も虚をついて清洲城を攻めるような離れ業はできなかったもようです。
とりあえず、みんな無事で帰ってきてくれて、良かった良かった。
清洲城の留守居だけなので、土ぼこりにまみれたりや返り血をあびたりなどは無いはずですが、柴田の親父殿以下出陣した男衆は、軍装を解き、身を清めています。
門のところで婆上様と一緒に一度出迎えていますが、軍装を解いて自室で寛ぐ親父殿に今一度、ご挨拶という名目での状況確認へ。
「失礼します、親父殿」
「おお、坊丸か。まぁ、入れ入れ」
鎧櫃の前で鎧兜を手入れしながらしまう親父殿が、振り返って、そう言います。
「親父殿、お疲れさまでした。ご無事で何よりです。此度の戦、いかがでした?」
無事を案じていた体で、挨拶しつつ、親父の前に。
「ふっ、無事、のぅ。儂は戦場には出ておらんからな。清洲で秀敏殿と気を張りながら、殿の御帰城を待っていただけだ」
鎧兜を拭く手が止まり、また少し寂しそうな表情になってしまう、親父殿。
しまった、話を変えよう。
「戦場に出れぬことは、残念なれど、親父殿の無事が一番でござります。親父殿が無事にご帰宅したということは、勝ち戦なのでござりましょう?」
「おう、御帰城された殿や佐久間らを迎えた後に、聞いたがな、岩倉城の北西、浮野の城の付近で戦って、大勝したらしい。明日、首実検と子細説明が有るとのことだ。そうそう、橋本一巴殿が岩倉城一の弓の使い手を討ち取ったらしいぞ」
「へぇ、そうなのですね、さすがは鉄砲の名手、橋本一巴殿ですね!」
この時、まだ、坊丸は知らなかった。
既に橋本一巴は、彼岸の人であることを。
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