第61話 浮野の戦い 弐の段

話はわずかに時間を巻き戻し、信長の軍勢が浮野城に向けて行軍するころにさかのぼる。




木曽川のほとりに立つ犬山城の大手門の前にて犬山城の織田信清、広良兄弟が軍勢1000人を率い、出陣準備をしていた。犬山城のそば、木曽川の河辺には、高瀬舟が20艘ほど待機している。




織田信清、広良兄弟のもとに軽装の鎧姿の壮年の男が通される。




「川並衆、前野宗康でござります。先日、信長殿からご連絡いただいた通り、徒歩の方々を我が本拠地不動山の南岸まで運ばせていただきます」


前野宗康は、二人の前にすすむと片膝をつき、運送の手筈を簡単に伝えた。




「うむ、騎馬とそれにともに行く徒歩の衆は儂が率いる。広良、そのほかの徒歩のものはそなたが率いよ。前野、よろしく頼むぞ」


偉そうに胸を張って、前野、と呼び捨てにする信清。




「は、信長殿から、しっかりと金子は頂いておりますゆえ、犬山勢の輸送は、川並衆の前野の名に懸けてしかと務めさせたいただきます」


穏やかに頭を下げる前野宗康であったが、その本心は、儂は犬山勢の部下でないぞと、イライラしていた。


木下藤吉郎と彼が持ってきた信長の書状の丁寧さに比較すると、織田信清の態度は我慢ならないものであった。


だが、今の雇い主は織田信清ではなく、織田信長。信長よりすでに前金でそこそこの金子をもらっているため、ぐっと我慢して、顔色には出さずに対応している。




「では、騎馬の衆とともに行く、広良、前野遅れるではないぞ」


引かれてきた自分の馬に乗ると、そういって、織田信清は騎馬の軍勢に指示を出し、駆けて行った。




その様子を見送った織田広良と前野宗康は、それぞれの配下に指示を出し、500人近くの徒歩のものを次々と船に乗せていく。




ある程度の人数が船に乗ったのを見て、前野宗康が織田広良に近づき、声をかける。


「広良殿、徒歩の軍勢、半分ほどは船に乗りましたので、第一陣として船を出します。どうぞ、一番先の船にお乗りください。船の前半分ほどに低いものですが、陣幕を仮に引いております。そちらに座していただきたく」




声をかけられた織田広良は、手を挙げて前野宗康に軽く答え、ため息をつきながら謝る。


「前野殿、すまんな、先ほどの、兄の言いよう、申し訳なかった。我が兄は、どうも従兄弟の信長殿に対抗心があってなぁ。今の尾張の状況、時流を見れば、今のうちに信長殿に助力していき、一門衆、連枝衆として遇してもらう方がいいと思うのだが、はぁ、どうにも、そこのところがわかっておらんのだ。そういうところもあって、あのような言いようになったものと思う、誠にあいすまん」




「いえいえ、我ら川並衆は、しっかり銭をいただければ、大丈夫でございます。お気になさらずに」


本心を見透かされたうえ、尾張の状況もしっかり判断している様子の犬山勢の副将、織田広良のことを少し見直した前野宗康は、丁寧に対応しておく。




「しかし、前野殿、此度はよくこれだけの川船をそろえたな」




「はい、この度の信長殿のご依頼、それがしの配下の船だけではこなせないので、坪内、蜂須賀にも船を出してもらっております。此度の依頼は船を出すだけではなく、兵も出さねばならないとのことで、坪内や蜂須賀の連中は兵までは出せるかと信長殿の依頼を断ったようですが、彼らも、時流が読めぬわけではありませぬ。銭を少し払いましたが、船は出してくれました」




「そうか、そういうことであったか。あいわかった。戦勝の暁には、儂からも川並衆の助力が前野殿だけでなかったことをそれとなく伝えておく。まぁ、前野殿が第一だがな」




その言葉を聞いた前野宗康は、今までと異なり、いい笑顔を見せる。


「広良殿のそのお言葉、心強く思います。そのお言葉を信長殿に届かせるためにも、この戦、勝ちましょう。さて、陣幕が引き終わった様子。どうぞ、先頭の船にお乗りください」



そして、時と場所は、正午のころ、浮野の地に戻る。



浮野城の救援として、後巻のために岩倉城を出た織田信賢とその家老の山内盛豊は、浮野へと続く道を進んでいく。


その行軍中に見える景色は、絶望的なほどに青田刈りをされた自分たちの領地だった。



「信長めぇ~、正々堂々と岩倉城を攻めずに浮野城を攻めるなぞ、卑怯者と思ったが、村々で青田刈りをここまで行うなど、悪鬼外道の所業ではないか」


織田信賢の中では自分が、父と弟を城から追い出し、城を奪ったことは正当化され、卑怯でも悪行でもなくなっている。


信賢にとっては、守護代の下の奉行職の家系にもかかわらず、尾張を制圧する勢いの信長はただひたすらに不忠者で悪なのである。


すでに、守護職の斯波氏に力はなく、下四郡の守護代も滅んだという時代の変化は信賢には見えてなぞいないのだった。


この戦で、信長を完膚なきまでに倒す、ただそれを目的に周囲の家臣に檄を飛ばし、浮野へと急ぐ信賢。


が、浮野城の近くに岩倉の軍勢が到着したとき、すでに浮野城はほぼ落城の寸前だった。


しかも、信賢の予想では、浮野城を攻める信長軍を後ろから強襲し、城の兵力とともに挟撃するはずだった。


しかし、信賢が見た情景は違った。


丹羽長秀の率いる一隊が浮野城に突入しているが、信長旗下の馬回りを中心に9割がたの軍勢はまるで岩倉勢を待ち構えるかのように布陣を完了していたのだ。




そう、信賢は知らなかったのだ。浮野の地に誘い出された時点で、信賢達岩倉勢は、信長の策にはまっていることに。


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