第40話 たくあん二切れと沢彦禅師の微笑み

ども、坊丸です。たくげん漬けの名前の由来になってもらうため、沢彦禅師の前で嘘八百、並べ立てるぜ。嘘つきって、嘘吐きって漢字で書くんだぜ!息を吐くように嘘を吐け!


虚々実々に本当のことと噓のことを混ぜるのが、ポイント、沢彦禅師を説得できるその時まで、頑張れ、自分。




「お師匠様、干し大根のぬか漬け、切ってお持ちしました。柴田様、坊丸様の分もお持ちしました」




と言って、配膳盆を持った先程の若い侍僧、宗尋さんが、部屋に入ってきましたよ。


ここいらで、試食しながら、説明していくのも良いかもね。




で、三切れ、たくあんが乗った銘々皿を親父殿、沢彦禅師、そして自分の前に置かれました。




銘々皿には、クロモジこと菓子切りも添えてあります。




皿の様子を見て、柴田の親父殿と沢彦禅師が少し顔をしかめました。何故?




「これ、宗尋、これを盛り付けたのは、お主か」と、沢彦禅師。




「はい、庫裏に誰もおりませんでしたので、私が切って盛り付けました」




「そうか、宗尋、私の皿を預けるゆえ、柴田殿と坊丸殿の皿から一切れづつ、私の皿に移しなさい。その際にお二方に失礼を詫びるように」




え、たくあん減らされちゃうんですか?




「粗相をいたしました、申し訳ありません」と宗尋さんは頭を深く下げた後、柴田の親父殿と自分の分の皿から、沢彦禅師の皿に一切れづつ、移動させました。




やっぱり、たくあん、一切れ減らされちゃいました。二切れになっちゃったよ。




たくあんが一切れ減ったのに、柴田の親父殿は、むしろほっとした様子。解せぬ。




そして、たくあんが五切れ盛られた皿が沢彦禅師の前に置かれ、宗尋さんは、沢彦禅師の後ろに下がりました。






その様子を見ていた沢彦禅師が、顔を宗尋さんの方に向け、溜め息をひとつつきました。




「宗尋、その様子だと何故、このような指示を出したかわかっておらぬようじゃな。そして、坊丸殿も、同様と見える。本来なら、お二方が帰ったあと、説教するところじゃが、坊丸殿もわかっておらん様子であるからな、宗尋、説明してやるから、良く聞きなさい」




「はい、師匠、お願い申し上げます」と、宗尋さんが深く頭を下げました。




「宗尋、お主は武士の家の出ではないゆえ、知らぬことと思うが、こうしたものを薄く切ってだす場合、武士の方々には二切れか五切れが良いとされるのじゃ。武士の方々は、験を担ぐ。三切れは身を切るに繋がる、と言って嫌われる。四切れは死に繋がるゆえに武士の方々以外も好まれぬ。かといって、一切れでは、格好がつかない。ゆえに二切れか五切れを良しとするのだ」




へぇ~、そうなんだ。だから、たくあんって現代でも基本二切れで出てくること多いんだ。




知らんかった。




「はっ、以後気を付けまする」




「その素直さは良し、宗尋、お主は、今後、儂の供として、信長様や織田家中の方々とお会いすることも増えよう、一つ一つ学んでいくが良い」




沢彦禅師、教育者や~。さすが、若かりし日の織田信長こと、うつけの吉法師を教育した人なだけはある、教育者や~。




あ、あと、失礼にならないようにしながら、不思議童子な自分のことも教育&指導してくれてるのか!




「坊丸殿もよろしいかな?ちなみに拙僧が五切れなのは、拙僧が厳しい修行で大悟しておるからじゃ、カッカッカ!」




って、大悟の「ご」と五切れの「ご」をかけた仏教ギャグですか?




柴田の親父殿も一緒に笑っているから、沢彦禅師の持ちギャグのご様子。




「さて、では、たくげん漬けをいただきながら、話を続けましょうか。宗尋、すまぬが茶をいれてくれるか」




「は、少しお待ちください」と言って、宗尋さんが再び退出しました。




「茶を待つ間、たくげん漬け、つまませていただきましょうか」といい、クロモジでたくげん漬けを刺して、器用に口に運ぶ、沢彦禅師。




それをまねて、柴田の親父殿もポリポリ食べます。でも、クロモジはあまり使い慣れていないご様子。




ふっふっふ、高校の日本文化に触れようって実習で茶道コーナーに入り浸った時に得た和菓子を食べるスキルをいまこそ、発揮する時!




たくあんを和菓子に見立てて、懐紙があるつもりでクロモジを使い、上手に食べて見せますよ。




ポリポリ。うん、安定して美味いぞ、たくあん 改め たくげん漬け。








「うむ、これが、拙僧の名をつけたいと申す、たくげん漬けか…、すこし甘みがある、ぬか漬けじゃの。美味いのぉ。お茶請けにも、飯の友にも使えるな」




大根の中のでんぷんが乳酸発酵で糖に変換されてますからね。もっと長くつけると、もっと甘くなるはずですよ。ポリポリ。




「で、坊丸殿、その僧は一休みのあと、何か言っていおりましたか?」




「この後は、出羽まで行脚するといっていました」




「出羽か…。最上か伊達の縁者かも知れませぬな…」と、柴田の親父殿。


出羽と言えば、最上か伊達なのは基本なんですかね。




「名は名乗りませんでしたかな、その僧は」




「名など無用と、カラカラと笑っておりました。重ねて聞いたときは、沢因だか沢運と名乗ったと思いますが、すみません、どちらだったか覚えておりません」




「名など無用、ですか。やはり、一休禅師の系譜の方のようですな。しかしながら、それでは、どこのだれだか調べようもないですな」




「はい、そんなわけで、沢因だか沢運という謎の旅の僧侶が作った漬け物、というよりは、沢彦禅師が考案の漬け物、とした方が、尾張の皆々に受け入れられるかと、思いまして…」




「それで名も知られておらぬ僧よりも拙僧の名をつけたいと。沢因だか沢運とかいう僧侶の功績を奪い取る様で、大変心苦しいが、この漬物を広めることのほうが大事、ということですな。よろしかろう。拙僧の名、お使いください。そのほうが、御仏の心に沿うように思いますからな」




「「はは、ありがたき幸せ」」




親父殿と同時に平伏しました。なんか、こういうのが自然に口にできて自然に動けるようになってきたのは、この時代になじんできた感じがします。




いや~、良かった。沢彦禅師から名前の使用の了解というか、お墨付きというか、口裏合わせの言質を引き出せたというか、とりあえず、本当に良かった。




一休宗純と沢庵宗彭の二人の名僧を足して3から4で割った幻の僧侶をもとにした作り話を練り上げた甲斐があるってもんです。




あ、またなんか、沢彦禅師から見透かすような半眼の微笑が向けられている…。


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クロモジは茶道などで使う木製の菓子切りや楊枝のことです。クロモジの木で作った楊枝が高級品だったので、転じてクロモジが楊枝や木製の菓子切の別名になりました。



ここまで読んでくださりありがとうございます。




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