第28話 饗応 菓子の膳。まだまだ謀反人の息子なんですね
津田坊丸です。信長伯父さんを頑張って饗応中です。やれやれだぜ。
「鴨の柚子味噌焼きと鯵のから揚げタルタルソースを楽しんで頂けて幸いです。では、ご飯ものを出させていただきます。包丁方の皆さん、三の膳、お願いします。」
二の膳がだいたい食べ終わったところで、三の膳を出してもらうように、声をかける。
その声を聴いて、襖の向こうに控えていた、包丁方の方々と台所の女衆が、膳を入れ替えてくれる。
「三の膳は、ご飯ものになります。一の膳で食べていただいた、なめろうをご飯の上に盛らせていただいております。まずは、そのまま食べていただき、その後、土瓶に入った出汁をつかって湯漬けのようにしてたべていただきたいと思います。安房上総につたわるなめろうのもう一つの食べ方、孫茶と言います。汁物は…」
あ、伯父上が土瓶から直で出汁を一口飲んでます。タルタルソースの時も思ったけど、好奇心強い&自由な人だな、織田信長…
「だから、殿!坊丸殿が説明しているのに、またつまみ食いですか!」
「帰蝶、つまみぐってはおらんぞ、土瓶から出汁を飲んでみただけだ」
「殿、そんな屁理屈をいうと、帰蝶様が余計に怒りますから、お戯れはそれくらいに」
「むぅ、帰蝶、吉乃、二人ともそんなに怒るな。坊丸、この出汁、美味いな。作り方を、包丁頭の井上によく教えておけ、急ぎの時は無理でも、余裕のある時の湯漬けは今後、これにしたいからな」
「御意。井上殿にはしかと申し伝えます」
「ちなみに、坊丸殿、汁物は何です?」
「なめろうをつみれにして、鯵のあらからとった出汁を使い、潮汁を作っています。名付けて言うならば、鯵つみれの潮汁です。鯵のあらに少し臭みがございましたので、柚子皮を散らし、生臭さを抑えております。また、小鉢には、ねぎ、柚子皮、生姜をおろしたものを薬味としてつけております。潮汁、孫茶のいずれにも、味を調えるのにお使いください」
「なめろう丼、うまいな。さらに、これに出汁で湯漬けにするのか!一度で二度おいしいということか」
「あら、殿のことですから、坊丸殿の言うことを聞かずに、鯵つみれの潮汁の汁を飯にかけるかと思いましたわよ?」
「帰蝶、それはいいな!だが、土瓶の出汁を今、ちょうどかけてしまったぞ!」
「殿、井上に頼んで、飯をもう一膳もらえばいいのではないのですか?」
お、吉乃殿がナイスフォローです。
「殿、もう一膳、なめろう丼を持ってこさせますゆえ、しばしお待ちを」
お、井上さん、気が利くねぇ。あの会話を聞いて、すぐになめろう丼を取りに行きました。
「坊丸、あの出汁は、なんだ?」
「え?普通の出汁ですが?伯父上?」
「普通の出汁ではなかろう。昆布の出汁とも鰹の出汁とも少し違った」
あ、この時代の人は合わせ出汁、知らなかったんだった。
「は、伯父上が述べた出汁、両方を使っております。昆布の植物由来のうまみと、鰹の魚由来のうまみ、その二つを合わせることで、深みのある味にしております」
はっはっは、戦国時代の人は知らないだろうが、昆布由来のグルタミン酸と鰹由来のイノシン酸のうまみの相乗効果は、現代人には常識なのだ!えっへん!自分の手柄じゃないけどね!
「殿、なめろう丼、もう一杯お持ちしました」
「井上、ご苦労。ちなみに、井上は昆布出汁と鰹出汁の合わせ出汁のつくり方は見たのだな?」
「は、先ほど殿にお答えしました通り、我ら包丁方でも合わせ出汁は同じものは作れるようしてござります」
「で、あるか。お、潮汁の湯漬けも美味いな」
「さて、孫茶と潮汁、お楽しみいただけたようで何よりです。最後は、菓子の膳になります。菓子の膳、お願いいたします」
また、包丁方と台所の女衆に膳を交換してもらいます。
「次は、きな粉餅か。今までの、工夫のきいたものと比べると普通よの」
「でも、餅がとろとろになっておりますよ、殿。奇妙丸に食べさせるのに、やわらかい餅はいいですね」
ん、ん?
単なるきな粉餅?柔らかくしただけの?水飴ときな粉、柔らか餅の三重奏の信玄餅ぽい何かのはずなのだが…。
あ、懐に残りの水飴入れた小壺を入れたままやったぁぁぁ!最後のころ、忙しくてバタバタしてたし、一の膳出すのに、顔見せしろって言われたから、仕上げに、水飴をかかるの忘れちまったぁぁ!はぁ~、やっちまったなぁ、俺!
「伯父上、恐れながら申し上げたき儀がございます」
「なんだ、坊丸?」
「大変申し訳ございません。今出した、菓子の膳、完成しておりませんでした。よろしければ、懐の水飴を菓子にかけさせていただきたく存じます」
「で、あるか」
許可をもらったぽいので、水飴をかけに信長伯父さんに近づきます。
信長伯父さんの膳の前まで行って、きな粉餅に水飴をかけようとした瞬間、右腕が捕まれました。そして信長伯父さんの後ろから強烈な殺気が向けられましたよ。
「長谷川、儂は坊丸に水飴をかけるのを許したはずだが?それに、牛一、坊丸にそんなに殺気を向けるな。この小僧に何ができる?」
「ですが、殿。坊丸は謀反を起こした信行様の子息。この懐の壺の中に毒が仕込んであったら如何いたします?」
と小姓の長谷川殿。
「そうですぞ、殿。殿は織田弾正忠家の当主にして、尾張の主。今ここで失うわけにはいきませぬ故」
長谷川殿に同意するように言う牛一殿。
「だ、そうだ、坊丸。それが毒でないこと、示せるか?」
「伯父上は、これが毒でないとお思いなのですか?」
「坊丸が、ここで毒を儂に盛っても、すぐにお前が下手人と判明する。お前はそんな馬鹿な真似をするような小僧ではないと思ってはいるが。どうだ?」
からかうような感じでこちらを見てくる信長伯父さん。いやはや、かないませんね。
「伯父上、信じてくれてありがとうございます。では、水飴の小壺をここに置きます」
近習の長谷川橋介さんが右手をつかむ力を緩めてくれたので、水飴の壺を信長伯父さんの膳から少し離れた畳に上にそっと置きます。
「で、長谷川、牛一、おぬしら、どちらか、坊丸が水飴と言い張るこの毒、なめるか?」
なんか、信長伯父さんはさらにニヤニヤしている感じですよ。いや~、悪い笑顔、最高です。
「殿、ここはそれがしに」
「井上、許す。にしても、井上は真面目よな。包丁頭として、毒見の仕事、やってみせよ。長谷川、太田。井上が名乗り出てくれてよかったな」
「「はっ」」
長谷川さんと太田さんは、露骨にほっとしてますね。井上さんは、落ち着いた顔で、小壺から水飴をなめてます。
ま、井上さんは、台所でこの小壺から水飴を出して使っているところ見ているからね。本物の水飴だとわかっているから怖がらないんだよね。
信長伯父さんは、ニヤニヤ笑っている感じだし、長谷川さん、太田さん、柴田の親父殿は緊張して井上さんを見つめています。
「殿、これは、間違いなく、水飴です」
「で、あるか」
そういうと、井上さんから、水飴の小壺をさっと受け取り、自分のきな粉餅にぶっかけました。
で、水飴ときな粉、餅をすこし練って、口の中にお餅を放り込みました。毒がどうのこうのといった後に、躊躇なく食べる胆力、さすが織田信長、すげぇわ。
でも、やっぱり見た目は信玄餅だよね。純粋においしそう。
井上さんが、帰蝶さん、吉乃さん、奇妙丸君のきな粉餅に水飴をかけてまわってくれます。
「おいっしぃぃ~」
「甘~い」
女性陣は頬に手を当ててものすごく幸せそうな顔をしています。
うん、甘いものって、食べると幸せになるよね。
「本日の饗応、この菓子の膳にてお終いになります」
「坊丸、本日の饗応、大儀であった。なめろうを様々に工夫して見せたこと、食材の使いまわし、目を見張るものだった。それでいて、すべて、美味かった。はっきり言って、驚いた。このこと、褒めてとらす。褒美としてなにか希望があるか?」
「では…、砂糖を手に入れることはできますか?伯父上?」
「砂糖か…、すぐには無理だな。堺にはあるかも知れんが、すぐには無理だ。それに安くはないしな。他に何かあるか?」
「では、先日、柴田の親父殿から聞いた橋本一巴殿の鉄砲の妙技、見せていただきたく、お願い申し上げます」
「それくらいなら、問題ない。一巴の都合もある、後日、一巴に話を通したうえで、期日を連絡させる、良いな」
「よろしくお願いいたします」
「ところで、牛一、今宵の騒動も、記録するのか?」
え、騒動って、そんなにやらかした気はないのですが、騒動だったんですか?あ、みんなの顔を見るに、騒動だったみたいです。そんなにやらかしてないのになぁ…、腑に落ちぬ。
「は、殿に関連することで、見聞きしたことは残らず、書き記していくことにしておりますので」
あ、今の話、太田牛一の『信長公記』か!あのくそボケ天使に『信長公記』をくれっていうのはどうだろうか?直接自分のデータじゃないし、もらえるかもしれないぞ!
よし、覚えておこう。
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「はぁぁぁ、坊丸様、お料理、疲れました」
「そうですね、お千」
「あたしも疲れたよ」
余った料理の一部を包んでもらって、柴田の親父殿の邸宅にかえりました。
「坊丸殿、今日は、いろいろ緊張しましたぞ!あれほど粗相のないようにと申したのに!まったく、色々とヒヤヒヤしたぞ!」
もう、柴田の親父殿、なめろう丼をものすごい勢いでかきこみながら、説教しても、全然響きませんよ!
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