第52話 魚市場

 「スズ様、これ美味しいですよ」

 「スズ様、こちらもどうぞ」

 「うん、どれも美味いな。2人もこれ食べてみろ」


 俺が逆上せて眠りについた翌朝、俺達は1階にあるレストランで朝食を食べている。

 今まで色んな貴族の家で美味しい料理を食べさせてもらったが、ここのレストランの料理は格別だ。もちろん、貴族の家で食べた料理も文句なく美味しかったが、肉料理に飽きていたのが要因として大きい。


 港町というだけあって、メニューは魚介を使ったものが多くあり、洋食だけじゃなく和食っぽい焼き魚までメニュー表にあったのは意外だった。もう一つ驚いたのは、カルパッチョのような生魚を使った料理があったことだ。魚を生で食べる習慣は無いと思っていたので、嬉しい誤算だった。



 「おや、こんなに美しいレディがこのホテルに3人もいるなんて、珍しいこともあるものだ」


 俺達が料理に舌鼓を打っていると、黄色い髪に黄色いスーツの気取った男が声をかけてきた。

 黄色いスーツってこっちの世界で初めて見たな…。バラエティ番組に出てたお笑い芸人か?


 「あぁ、失礼。僕はエリオ、アルカ商会の会長をしている者だ。いやね、商会のジジイ共や物好きの貴族くらいしか来ないこのホテルに、麗しいレディが3人もいたら、声をかけずには居られなくてね。どんな用でこの町へ?」


 一々額に手を当てたり、こっちを見つめてきたりして鬱陶しいことこの上ない。リリーとアリアなんか、男に顔を向けてすらいないぞ。無視するのも気が引けるし、質問には答えよう。


 「旅をして世界を見て回ってるんです。ここには帝国へ行く前に観光していこうと思いまして」

 「なんと!? 美女3人の旅なんて物語の様じゃないか! 観光に来たというなら、ここは一つ、僕に案内させてもらえないかな?」


 今日は一先ずカルロさんのところへ行く予定だし、この人に案内されるのはちょっと疲れそうだ。申し訳ないが、ここは断りを入れよう。


 「すみません。今日はカルロさんという方に会う予定なので…」

 「カルロ? あぁ、あのねじり鉢巻きのかい?」

 「え、知ってるんですか?」

 「僕の商会ほど大きくはないけど、ここじゃ有名な老舗の商会だからね。でもそうか、先約があったなら仕方ない。食事中すまなかったね」


 男はそう言うと、諦めたように軽く手を振って去っていった。






 朝食を食べ終えた俺達は、当初の予定通りカルロさんに会うため、先日の店へ来ていた。店に着くとカルロさんの姿が見えなかったので、表に出ていた店員にカルロさんを呼んでもらった。


 「お! 来てくれたか! どうだ、今日も良いのが入ってるから、何でも持ってっていいぞ。息子の恩人からお代は貰えねぇからな」

 「い、いくらなんでも悪いですよ。ちゃんと払います」


 さすがにタダで貰うのは気が引けるので、代金は払うと固辞し続けたのだが、カルロさんはお構いなしに箱へ魚や貝を詰め込んでいる。箱には特殊な加工がしてあるのか、濡れた魚や貝を入れても水が漏れている様子が無い。カルロさんによれば、この箱に入れていれば3日は持つそうだ。


 それに、カルロさんの口調が昨日と違うのは、こっちが素だからなのかな? 角刈りにねじり鉢巻きの人が敬語って、ちょっと違和感あったんだよな。



 あ、そうだ。市場のことも聞きに来たんだったな。

 商品を詰め込んだ箱を俺に渡して満足気なカルロさんに、ホテルから見えた市場のことを聞いてみると、あれは俺の予想通り魚市場だそう。この町の商会がそれぞれ船を出し、その日の漁獲をあそこで売っているらしい。大きな商会は提携している店へ卸したりもするので、市場に参加しない商会もあることはあるんだとか。


 「よし、折角だから俺が案内してやる。おーい! しばらく店番頼むぞ!」


 カルロさんが大声で店の奥へ声を掛けて別の店員が急いで出てきたのを確認してから、市場への道を歩き出した。

 市場へ向かっている最中、カルロさんが町の人からよく声を掛けられているのを見るに、この町では有名だというエリオさんの言葉は本当のようだ。



 20分ほど歩くと市場に着いた。周囲には魚市場特有の生臭さが漂っていて、リリーとアリアが少しだけ顔を顰めている。


 「はは、お嬢さん方には少々臭いがキツイかな」


 町の外の人間が生臭さにやられるのはよくあることらしく、カルロさんは特に気にした様子も無く市場内を案内してくれた。

 市場は元いた世界で行ったことのある魚市場と大して変わらない作りで、狭い通路に魚が所狭しと並べられている。さらに少し離れた広場では、俺よりも大きな魚を買うために商人達が競りを開催しているのも見える。

 漁業ってどの世界でもあんまり変わらなかったりするのかな…。



 「どうだ? 何か気になるもんがあったら、俺が代わりに買ってやるぞ。ここなら顔が広いんでな」


 カルロさんがそう言ってくれたが、魚の目利きなんか出来るわけも無いので、カルロさんオススメの魚をいくつか買わせてもらった。買った魚の中には、60cmほどもあるイワシや、逆に20cmしかないマグロなど、元いた世界とは大きさのスケールが違う魚もいたり、見たこともない奇抜な色をした貝など、とにかく見る物全てが目新しかった。ちなみに、イワシとマグロを試食させてもらったが、味が逆だったので頭が混乱してしまった。

 カルロさんの店に並んでいた魚は、比較的普通の姿形をしていたので、こういう魚は扱わないのかな?





 魚市場を見て回った後、カルロさんが船の並ぶ港の中に連れて行ってくれた。港に並ぶ船は、俺の知る漁船よりもずっと大きく、映画で見た海賊船のような形をしている。


 「漁船って大きいんですね。もうちょっとコンパクトな船だと思ってました」

 「まぁな。海には魔物もいて、小さい船じゃすぐ沈んじまうからな」


 陸だけじゃなく海にも魔物がいるのか! 元の世界でも漁師は危険な職業というイメージだったが、この世界だと危険度がさらに跳ね上がっていそうだ。


 「折角なら船にも乗せてやりてぇんだが、生憎うちの商会は今漁船は出してねぇんだ。まぁ、乗せるっつっても、あぶねぇから海には出してやれねぇけどな」


 これだけ船が並んでいるので船に乗りたい気持ちもあったが、無理は言えないからな。カルロさんの言う通り、素人が海に出るのも危険そうだし。


 「お困りのようだねっ!!!」


 俺とカルロさんが船を見ながら会話していると、どこからか聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。








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更新休みがちですみません。

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