第578話

 王立魔法学園にあるカフェ。

 ここには、大勢がワイワイできるような開放的な席の他に、少人数でゆったりしたいときに使われる個室もある。

 俺は今日、その個室にいるんだ。

 そして、1人ではない。


「えーと、彩音さん?なんかめっちゃ怒ってない?」

「……怒ってません」

「なら何で頬っぺた膨らませてんの?」

「……怒ってません!」

「えぇ……?」


 1年生の首席である水野彩音。

 蒼を主体にしたそのキャラデザインから醸し出される絶対零度のその雰囲気から、氷と姫がつくような異名が色々つけられているらしいけれど、実際に話すと割と普通の女の子だ。

 ちょっとメッセージの変身が遅れると機嫌を損ねるめんどくさい一面もある。

 あと、俺並みにコミュ障で友達がいない。

 だからこそ、未だに世間では氷と姫が組み合わさった異名で呼ばれているんだろう。


 何故かその彩音に、俺は呼び出されてしまったんだ。

 そしてやってきてみれば、頬っぺた膨らませた彼女がいたって訳。

 その姿は、どう見ても氷なんて関係のない女の子だ。

 どっちかていうと、リンゴとがサクランボが似合いそう。

 てか、むしろ幼児退行入ってない?


「非常に申し訳ないんだけど、全く心当たりがないんだわ。最近メッセで連絡とることはあっても、あまり会ってなかったし、怒らせるような事をした覚えが……」

「だからです!」


 正直に告白すると、プンスコ怒られた。

 なんで?


「お友達になったのに、どうして遊んでくれないんですか!?」

「どうしてって……忙しかったし、誘われてもいないし……」

「男性の方から誘う物ではないんですか!?」

「それって、彼氏彼女の関係とかの話なんじゃないか?」

「そうなんですか!?でも!遊びに誘ってくれてもいいじゃないですか!私たち友達ですよね!?私、ここの所いっつも勉強と鍛錬ばかりなんです!その内犀果先輩が遊びに誘ってくれるかなって期待しながら待ってたのに!予定帳なんて真っ白です!暇だから結局勉強と鍛錬鍛錬鍛錬!樹里さんも王太子妃教育で忙しくて遊べませんし!家族からは、いてもいなくても良い存在扱いですし!」

「あぁ……うん……そっか……」

「誘ってください!」

「えーと……じゃあ今度の休みにどっか行く?」

「いいんですか!?行きたいです!」

「どこか行きたい所ある?」

「私が友達と出かけられる場所について詳しいと思ったら大間違いですよ!」

「そっかぁ……」


 よくわからんが、大分拗らせているらしい。

 ストレス溜まってんなぁ……。


「大まかに何か希望とかないのか?」

「大まかな希望……」

「例えば、趣味というか、興味ある事とかさ」

「趣味……。剣を振るうことと、勉強すること……?」

「聞いて悪かった」

「うぅ……!」


 また頬っぺた膨らませて涙目になってしまった。

 なんでこんな悲しい生き物になってるんだこの娘は?

 見た目からして、超勝ち組のはずだろう?

 美少女だぞ?

 ビックリするくらいの美少女だぞ?

 男子たちがほっとかない筈だろう?

 俺はよく知らないけれど、チャラ男とかが声をかけて付いて行っちゃって夏休み後には金髪になって耳にピアスつけてる感じの事に成ったりするんじゃないの?

 なんで毎日勉強と鍛錬で終わる生活してるの?


「うーん……。じゃあ、映画でも見に行くか?」

「映画……映画!?それは、まさか、映画館に行くということですか!?」

「え?うん……そうだけど……」

「映画館……!行きたい!行きたいです!一度は行ってみたいのに、1人じゃ怖くて行けなかったので!」


 どうしよう……。

 この娘と喋っていると、前世の俺と重なる所が多くて、泣きそうになるんだが……。

 ビジュアルが最高スペックなのに、どうやったら俺と同じボッチになれるんだよ……。


 まあいいか!

 考えても悲しくなるだけなら、もう考えない!

 楽しい事だけ考えようぜ!


「よし、映画に行くって決まったなら、どの映画を見るかをまず考えないとな。今やってる奴だと……」


 俺は、スマホで上映スケジュールを調べていく。

 俺の前世で住んでいた町では、映画館がどんどん減って行って最終的に1館だけになってしまっていた。

 だから、上映作品も少なくて、上映開始日も遅かったんだけれど、ここは曲がりなりにも王都!

 きっと色々ある事だろう。


「何々?恋愛映画の『死が2人を若草物語』。怪獣映画の『ドメラ、海へ還る』。ハリウッドのアクション映画の『ダイパニック』。アニメ映画の『魔女の一撃』。時代劇映画の『忠臣蔵』……この世界にもあるのかこれ……。それと最後は、スプラッタなホラー映画の『寄生中』……ね……」


 あんまり数は多くなかったな……。


「この中から見たいヤツ選んでくれ」

「そう……ですね……。正直、この手のものは全く観ないため、内容が想像つきませんが、タイトルからイメージできる内容で言うなら……」


 かなり真剣に悩む彩音。

 そして、力強い決意をしたように彼女は答えを出した。


「『寄生中』が見たいです」

「彩音に友達ができにくい理由がわかったかもしれない」

「どういう意味です!?」


 どうもこうもねぇよ!


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