第579話

 今日は、土曜日。

 学園も休日であり、学生たちも街へと繰り出す日だ。

 そんな日に、俺が今何をしているかといえば、学生らしく街へと繰り出しているんです!

 いやぁ……。

 珍しいなぁ……。

 俺がここまで普通の学生らしいことをしているなんて、そうそうないぞ……?


 今俺がいるのは、『天を穿つてふ子様』というタイトルの銅像の前だ。

 てふ子様が、空飛ぶ大魔獣を倒した時の逸話を元にした作品らしいけれど、よく知らん。

 あんまり本人と似ていないし……。


 あぁ……この像見てたら紅羽に会いたくなってきた……。

 あのちっちゃなおててに指を握られてぇ……。


 何でここにいるかといえば、彩音と待ち合わせしているからなんですねぇ。

 いやぁ……。

 珍しいなぁ……。

 本当に学生っぽいことしてるわぁ……。


「お待たせしました」


 暇つぶしにしていた現実逃避を終わらせるように声を掛けられた。

 約束の時間の1時間前にやってきていた俺。

 しかし、相手が来たのは約束の時間ピッタリだった。


「お待たせしてしまったようですね」

「うん、1時間待った」

「待ち合わせ時間丁度に来るようにしたのですが……」

「こういう時は、男は早めに来ておくもんらしいぞ」

「そうなんですね?知りませんでした」


 俺もよく知らん。

 そう言うもんらしい。

 もっと言うと、待っていたのに待っていないというのがお約束なんだけど、そこまで言っても多分この娘には伝わらないから言わない。


「うん、まあ、その辺りはどうでもいいや。というより、たった今どうでもよくなった」

「ん?何かありましたか?」

「彩音さぁ……。ちょっと聞きたいんだけど……」


「何で制服で来た?」

「え!?えーと……学生が出かけるのであれば、制服が妥当では……?」

「本音は?」

「……友人と休日に出掛ける際に、どんな服装をしていけばいいのかわからず、制服に逃げました」

「そうだな」

「……情けない姿をお見せしました」

「いや、別にそれ程情けないと思っているわけじゃ無いから気にするな」

「うぅ……」


 むしろ、気持ちが分かりすぎて泣きたくなってる所だ。

 そうなんだよなぁ……。

 どうしたらいいかわからないんだよなぁ……。

 小さい時は、皆ハーフパンツとかジャージで走り回っていたのに、気が付いたらあんまり動きやすそうに見えないジーパンとか履き始めて、その内もっとオシャレな服装しまくるようになってるんだ。

 そこに乗り遅れたボッチがオシャレな世界に乗り込むには、相当な覚悟と切っ掛けが必要なんだよな……。

 わかる……わかるよ……。


「誤解の無いように言っておくと、彩音の制服姿は、物凄く奇麗だぞ」

「え!?あ!?えっと!?ありがとう……ございます……?」

「ただ、やっぱりこうやってプライベートで出かける時には、オシャレを楽しむというのも重要な行為だと思うんだよ」

「うっ……。そう……なんでしょうね……」


 辛そうに俯く彩音。

 ほんと、何でキミその見た目でこんなボッチと共感できるように育ったんですかねぇ……?

 でもさ、俺は別に彩音を悲しませたいわけじゃ無い。

 むしろ、俺を友達だと言う彼女には、俺なりに報いてやりたいと思ってるんだ。

 今日だって、約束の時間を映画の始まる1時間前に設定していたのは、映画の前に女子学生たちが好きそうなカフェとかに寄って、普通の女子学生っぽい事を体験させてやろうと思っての事だし。

 でも、彩音が学生服で来たとなっては話は別だ!

 お前にはまず、格好から休日の女子学生になってもらうぞ!


「彩音、映画まで1時間ある。その間に、服を買いに行くぞ」

「服を?やはり制服ではまずかったのですね……」

「そうじゃない。折角こうして一緒に出掛けたんだから、友達と出かける時の練習をするべきだろ?そのためには、服装からそれっぽくした方が効果的だからだ」

「練習……服装から……?」

「そうだ。というわけで、こちらをご覧ください」


 俺は、後ろにあった案内掲示板を指さす。

 実は、『天を穿つてふ子様』の銅像は、ある巨大商業施設の敷地内に設置してあるんだ。

 この施設は、最上階に映画館があるし、それ以外の階にも様々なテナントが入っている。

 ここで買えない物なんて、恐らくそうは無い……らしいよ?

 ネット情報なんで、俺もよく知らんが……。

 そもそも、施設名すらよくわからん。

 オシャレな感じだったけれど、オシャレ過ぎて俺の記憶に残りにくかった……。


「この商業施設には、服屋が幾つも入っている。つまり、服なんて買いたい放題だ」

「服屋があるのはわかりましたが、そもそも私は服を選ぶのが苦手で……」

「普段は、どういう服を選んで着ているんだ?」

「えぇと……。ドレスコードがある場合はドレスです。制服で何とかなりそうな場合は制服ですね。完全なプライベートだと、下はジャージで、上はパーカーを……」


 深夜のド○キにでもいそうな格好してやがったか……。


「よし決めた。俺達はこれから、この店に行く!」

「ここは……どういうお店なんですか?」

「知らん!」

「知らないんですか!?」


 知る訳ないだろうが!

 服屋だってことは、店の種類を表現するマークでわかるけれど、実際にどんなお店かなんて行ってみなけりゃわからん!


「じゃあ、どうしてそのお店を選んだんですか!?」

「周りを見て見ろ!」

「周りを!?」


 俺に言われて彩音が周りを見渡す。

 そして、ハッと何かに気が付き、俺へと視線を戻した。


「オシャレな女性が、皆あのお店の袋を持っています!」

「だろ?」

「犀果先輩は、もしや……相当なオシャレ力を持っているのでは!?」


 んな訳ないだろ!

 俺だって必死に今情報を集めただけだよ!


「彩音、もうあと55分しかない。さっさと行くぞ。そして、今日からお前は、普通のオシャレな女の子になるんだ!」

「オシャレな……女の子!?わ、わかりました!」


 力強く頷く彩音。

 その覚悟を受け、俺は彼女を率いてエスカレーターを上り始めた。

 向かうは、3階服飾品コーナーに存在する服屋。

 名を『プラネル』というらしい。

 くくく……待ってろよプラネル!

 今からオシャレ素人2人が乗り込んでやるからなぁ!


「因みに、犀果先輩は、完全なプライベートだと、普段どんな格好をしているんですか?」

「毛皮」

「毛皮!?それは……ゴージャスですね……!」

「いや、自分で鞣したクマとかだから、蛮族にしか見えないぞ」

「あ、ならやっぱり私の仲間ですよね?一緒にオシャレを勉強しましょう」


 そうだね。





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