第477話

「ここがその熊がいた場所か?」


「あぁ。ここのゴミ捨て場を荒らして、マーキングまでしてたらしいぞ。近くに糞もあったみたいだけど、その手の痕跡は全部回収されてるみたいだ」


「それが残ってればやりやすかったんだがな。まあ、別になくても問題ねぇ」




 イチゴエアを利用して、資料で盗み見せされた事になってる場所へとやってきた。


 森の近くではあるけれど、完全に人が生活する場所だなここ。


 これは流石に見過ごせない。


 保健所の偉いやつは何か対策取ってないのか?


 ……とってたら、職員たちがこんな無礼な仕事の押しつけを俺にすることもなかったか。


 どういう判断が下されているのかはわからないけれど、まあいい。


 こっちには、本来の主人公様がいるんだ。


 こいつがやる分には、なんか都合よくいい話に収まってくれるはず……いやそうでもないか?


 そういや何もかもダメにして童貞捨てて子供こさえた馬鹿だったわ……。




 まあ、それでも熊殺しを止めるつもりはないけども。




「さて、まずは何をするんだ?」


「スキルで相手を追う。追跡者チェイサー発動!……よし、問題なく足跡が見えるな」


「足跡?」




 俺には、全く見えていない。


 どうやら本人にのみ獲物の足跡が見えるようになるスキルらしい。




「でも、ここで痕跡が見つけられたのは1ヶ月くらい前の話だぞ?足跡なんて残ってるのか?それに、足跡辿った所で、相手がいる場所は相当離れたところだろ?」


「いや、形としては残っていなくても、このスキルを使えば見えるんだよ。っていっても、何の情報も無い状態じゃ無理だけどな。相手の情報を入手すればするほど精度は上がって、最後は相手がいる方角や距離、状態までわかるようになる」


「すげぇなそれ……」


「足跡も相手の情報になるから、この足跡を辿ればそのうちその熊を見つけられる。今晩中に2頭は狩りてぇからな。急ぐぞ」


「お……おう……」




 やだこの子、頼りになる……。




 その後、足跡を辿って走り出した風雅を追いかけて1時間ほど。


 突然立ち止まった風雅に習って、俺も足を止める。




「よし、ヤツの居場所がわかるようになった。こっちだ」




 風雅が向かう方角は、今まで足跡を辿って走ってきた方とは全く違う。


 もう臭いすら残っていない熊を探すとなると、俺だけだったらまず無理だっただろうなぁ……。




「流石、開拓村で狩りの手伝いしてただけあるな」


「まあな。俺も俺のスキルは便利だと思うぜ?でもよ……お前の母ちゃんが索敵魔術使うと、100kmは離れていても獲物見つけられるらしいから、天狗にはなれねぇけどな……」


「うちの母さんを基準にするな。綺麗だし胸大きいし基本気さくで喋りやすいけど、スペックと倫理観は化物だから。胸に危険物って名札でもつけてやりたいわ」


「それ聞かれたらゲンコツ食らうぞ?聖羅がいなかったら死ぬくらいの……」


「大丈夫だ、紅羽効果で今なら多少寛容だから」




 今のあの人は、お母さんモードなので少し優しい。


 但し、お母さんモードのあの人の場合、子供に危害が加えられそうな時は通常時より苛烈になるけれど……。


 母熊より恐ろしいので冗談は程々にしよう。




 風雅曰く、狩猟王のスキルには、狩猟中の移動速度に補正が入るものがあるらしく、俺の全力とまでは行かないけれど、かなりの速度で走ることができていた。


 足跡を辿りながら進んでいた先程までと違い、目標を発見して走ることに集中できるようになったのもあって、どんどんと距離を稼ぐ。


 森の中を高速道路を走る自動車みたいなスピードで駆け抜ける。




 たどり着いた先にあったのは、かなり大きな樹だった。


 前世なら、縄文杉くらいしかこんな太さになれないんじゃないかってくらいのファンタジーさを感じる。


 トゥーレとか名付けられた世界一太い樹みたいな、何十人もが手を繋がないと周りを囲めないクラスの大樹がゴロゴロあるこの魔獣の領域だらけの世界でも、更に太いと感じられる物だ。


 その根本に、ポッカリと穴が空いている。


 樹自体が太くて感覚がおかしくなりそうだけれど、直径4mはありそうなでかい穴だ。


 風雅がここで立ち止まったってことは、どうやらこの中なんだろう。




「ここか?じゃあ早速狩るか」


「……いや、ちょっと待て」




 俺が武器を構えて穴の中に入ろうとしたのを風雅が止める。


 その目線は、樹の上へと移動していた。




「どうも、本当に頭が良い奴らしい。万が一自分が敵いそうにない敵が来たときのために、上に脱出できるような場所を選んでたらしいな」




 そう言われて気がつく。


 木の上に、黒くてモサモサの生き物がいた。


 そいつは、俺達をじっとりと睨んだ後、そのまま他の木へと飛び移りながら逃げ始めた。


 熊ってあんな動きもできるのか……。




「追うぞ!」




 俺は慌てて走り出そうとしたけれど、となりの風雅はゆっくりと背中に背負っていた弓を取り出し矢を番える。




「心配すんな。多少頭が良かろうが、狩りの獲物だっていうなら、俺からは逃げられねぇよ」




 シュッ!!!




 弓がしなり、矢が放たれる。




 その数秒後、遠くの方から何か大きな物が地面に落ちる音が聞こえた。




「よし、まずは1頭だな」




 主人公やっべぇ……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る