第17話 副支部長に踊らされている魔王

 モモがさっそく使っている。

「今何時だ!?」

 うん、声に出しているけどね。

 ……と、リストバンドに時刻が表示される。


「おっちゃんに通信する!」

 それで通じるのかと思ったら、通じている。

 名前、『野衾のぶすまジュージ(おっちゃん)』って表示されたぞ。

 支部長が苦笑している。

「……おぉ! 声が聴こえるぞ! すごいな!」

 モモが叫んでいるが、支部長は声を出していない。……って、もしかしてそれが思考入力!?


 支部長が俺に話しかけた。

「嬢ちゃんのおかげで実演できたな。俺はいっさいアクションを起こしていないだろ? でも会話ができちまう。慣れるとホント楽だぜ」

「頑張ります!」

 楽しくなってきた!


 副支部長が、にこやかな笑顔で追加説明する。

「他にも、映像が撮れたりもするし、いろいろ便利よ。『メニュー』とか『使い方ガイド』とか考えれば教えてくれるから、ぜひ使いこなしてね。……モモちゃん。練習のために、チャーキチちゃんの映像を送ってくれないかしら? それができたら完璧に使いこなせているわよ?」

「ホントか!? よし、魔王に使えないものはないからな! 送ってやるから待ってろ!」

 魔王が副支部長に踊らされてるな。いいけど。


 帰り際、副部長にコッソリと、

「モモちゃんって、ホントにかわいいわね」

 と、言われたので、

「そうなんです!」

 と、そこだけは人見知りせず、力いっぱい肯定した。


          *


 今日は生姜焼きにでもしよう。

 俺はサッパリ系が好きなんだけど、モモはまだ子どもなので甘辛系が好き。なので甘辛系の味付けにすることにした。


 安価な甘味は、ダンジョン産の蜂蜜だ。天然の蜂蜜はめったに出回らないな。砂糖もあるけど、ダンジョン産の蜂蜜のほうが安いんだよね。なんせ『渋虫矢ダンジョン』っていう、初心者ダンジョンで採れるから。


 発酵調味料は加工品しかない。ちょっと高いけど、奥行きが出るから使いたい。

 で、発酵料理酒と蜂蜜と醤油と生姜でタレを作り、焼いた豚肉と玉ねぎと小松菜と人参を炒めることにした。

 チャーキチのごはん、今日は豚肉と小松菜と人参だから、人間用がその野菜の余りだね。

 明日はブロッコリーの残りとかぼちゃの残りで何か作らねば……。


「はい、今日は箸だよ」

「やったー!」

 モモが万歳してる。ナイフとフォーク、そんなに嫌なのかな?


 甘辛味付けは好評。

「兄ちゃん! 超おいしい!」

 と、満面の笑みで伝えてくれる。

 照り焼きとか作ったほうがいいのかな。というか、チキンステーキを照り焼きにすれば良かったのか。

 でもかたまり肉は高いので、次は鶏ミンチで照り焼きハンバーグを作ろう。別名、つくねとも言う。


 俺も食べた。

「うん、いい感じかな」

 ダンジョン産の蜂蜜はクセがないので蜂蜜が苦手、って人にも好評と聞くけど、確かにクセがない。

 あと、微量の消炎治癒効果があるらしい。まぁ、微量過ぎてほとんど効果がないのと一緒らしいけど。


 食事が終わり、水を飲みつつ(お茶が高くて買えない)モモに向き直った。

「さて、次からは中層になる……と思う。チャーキチのために魔石は取るけど、中層は今までの敵とは打って変わって強くなるからな。ちゃんと身を守るんだぞ? チャーキチは、危ないからバッグに入ってるか、外に出てる場合は常に俺たちのそばにいるんだぞ。わかったな?」

 モモはムスッとしつつ頷く。


「階層も広くなるはずだ。もらった地図でも、二十階層までは小さく、それ以降は広い。たぶん、泊まりがけになる。下に行けば行くほど広くなり、厄介になるはずだ。ここを、半年かけて攻略していく。明日は行けるところまで行ってみて、引き返す。うまくいけば半年後には、チャーキチの兄妹が召喚出来るはずだ」

「にゃーん」

 俺の言葉に、チャーキチがかわいく返事をした。

 それをモモが訳す。

「チャーキチも『期待しているぞ、励めよ』って言ってるぞ!」

「絶対言ってないだろ!」

 そんな偉そうな感じじゃないだろう!?


 ――確かゲームでは、神亜宿ダンジョンは二十一階から急に敵が強くなったと思った。

 あと、地図でも分かるがマップが一気に四倍へと広がる。

 浅い層に隠し部屋がなけりゃ最初は選ばないダンジョンなんだよね。

 初心者向けダンジョンは渋虫矢だし、ゲームのチュートリアルでも渋虫矢だったし、現実でも新人探索者は渋虫矢へ登録に行く。FDECもそれを進めているし。


 とはいえ、渋虫矢だと金級にはなれない。銀級すら無理だ。

 渋虫矢は、あくまでも新人探索者用ダンジョン。

 あそこで自分が探索者に向いているか否かを判断し、探索者としてのハウツーを学ぶ。

 あと、お小遣い稼ぎをしたい人向け。

 雑魚を倒せば蜂蜜とか糸とかで小金が手に入るからね。


 で、我らが神亜宿ダンジョンは、銅級から銀級向けで、銀級が主のはず。

 だから、ゴブリンキングの冠やコボルトリーダーの牙が売れるらしい。実際、二十階層まで探索者がぜんぜんいなかった。俺たちくらいだろ、いきなり神亜宿の支部で新人登録したの。


「……で、だ。明日から行こうと思ったんだけど、準備不足なのに気がついた。できればボス階まで進みたいんだよな。そうすりゃ、キーが手に入る。時間も金もない俺たちには、キーが必要だから」

 実際のところ、魔物との戦闘よりもマップの広大さのほうが心配だ。

 モモの魔術はかなり強力だから、中級にも通用すると思う。


 だけど、モモは四歳児なんだ。

 そんなに長く歩けない。


 途中で体力が尽きるだろうから、最悪、俺が負ぶって歩くことになるだろう。

 別にそれはいいんだけど、両手が塞がるから攻撃が出来ない。まさか中級魔物を蹴り殺せると思えないし、できればこう……モモは乳母車に乗せて、俺が押すとかしたいんだけど……嫌がるだろうなぁ。

 いにしえの、隠し武器を仕込んだ乳母車なら喜ぶかな? そんなん売ってないだろうけど。

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