第2話 妹が魔王だって言い張ってる

 俺は、得意げにしゃべるモモの話を黙って聞いている。


 モモは前世、魔王だったらしい。

 ……もうここで聞くのをやめようかと思ったが、前世の記憶が断片的にある俺なので、モモも世界異変前に『魔王ごっこ』をしていた記憶があり、それで魔王だと思い込んでいるのかもしれない……と考えついたので、何も言わず続きを聞いた。


 魔王国で平和に暮らしていたのに、とある王国の、〝勇者〟と呼ばれている男と従者数人が勝手に魔王の城に入り込んできた。

 そして、城内で虐殺行為をし、さらには人質をとって魔王を脅し、魔王を殺害しようとした。

 さらに酷いことに、人質を残虐に殺したのだ。

「で、キレて自爆のまじゅちゅで全員吹き飛ばしてやったのだ! あたしは転生のまじゅちゅをかけてたから、また魔王に生まれ変わるってわかってたんだけど……この身体に生まれ変わってた。おまけに、ぜんぜん違う世界なのでビックリした」

 と語った。


「そーかー。それは大変だったなー」

 俺が相づちを打ったら、ムキー! とモモが怒る。

「信じてないな兄ちゃん! しょーこを見せてやるぞ!【亜空間収納】」

 モモが斜め上に手を上げて何やら唱えると、魔法陣が浮かび上がった。

「え!?」

 モモが魔法陣に手を突っ込み、引き抜くと……。

「うちに、前世の勇者みたいな奴らが乗り込んできたとき、いろいろ収納したんだ。全部持ってこれなかったのが残念だけど、それなりに持ってきたんだぞ!」

 って言いながら、客用座布団を取り出した。

「まだ全部思い出せてないけど、これは真っ先に思い出せたんだ! 他にも攻撃のまじゅちゅで思いだしたのがあるぞ! どうだ! これで兄ちゃんも信じる気になっただろ!?」

「強くてニューゲームかよ!」

 妹よ、ちょっとどころじゃなくてうらやましいぞ!


「で、兄ちゃんはどんな秘密を持ってるんだ!? 私と同じ世界にいたとかか!? それとも、ぜんぜん違う世界なのか!? そこでどんな奴だったんだ!?」

 モモがワクワクした顔で聞いてきたよ……。

 兄ちゃん、心が痛いんだが。

 兄ちゃん自体には、そんなたいそうな秘密はないんだよ!

 俺は咳払いすると姿勢を正し、真剣な顔をしてモモに告げた。


「…………実はなモモ。この世界は、前世の俺が遊んでいたゲームと同じなんだ」

「…………兄ちゃんよ。それは、夢だ」


 モモに、静かに諭されたよ。

「お前の言ってるほうがよっぽど夢だろうが!」

「夢じゃないぞ! しょーこだって見せただろ!?」

 モモと言い合う。


「ぐぬぬ……。じゃあ、俺だって証拠を見せよう。……とは言ってもなぁ……。俺たちの登場シーンはもう終わってるんだよな」

 ゲームでは、あの断罪劇で俺は退学、父の汚職も確かにあった。それ以降はゲームに出てこない。

「関係の無いところだと、新たなダンジョンが発生する……」

「じゃあ、そこに行こう!」

 俺のつぶやきを拾って、モモが目を輝かせて言った。

「いや、まだまだ先だよ。半年くらい先。学校の行事で向かった先のキャンプ場にダンジョンが突如発生して、連中が巻き込まれて、それで探索者を目指す、みたいな話だった気がする」


 それまでは普通の選択コマンド型ギャルゲーで、俺みたいな悪役令息や典型的な三バカトリオに目をつけられているヒロインを助けてイチャコラする、って話だったのに、急激にゲームの内容が変わるんだよな。


「なら、手柄を横取りするぞ兄ちゃん! あの痴女は最初から気にくわなかったんだ! 痴女を庇う連中も一緒だ! 私と兄ちゃんなら、世界を取れるぞ!」

 モモの発言に呆れた。


 ちなみに、モモには学校を退学になった経緯を話してある。

「兄ちゃん、殴り込みに行くぞ!」と暴れていて、それをなだめていたら警察が押し掛けてきたのだった。


「世界を取ってどうすんだ。また勇者がやってきて俺たちを滅ぼすぞ」

 ムムム、と唸る妹。

 ハァ、と俺はため息をついた。

「……とにかく、探索者の登録に行ってみるよ。年齢制限があったら、モモが泣こうがわめこうが、探索者にはなれない。もしも違反したら、俺まで登録を抹消されて本当に稼ぐ手段がなくなるから、おとなしく従ってくれよな?」

「わーった!」

 モモが元気に挙手しながら言った。うんうん、かわいいな俺の妹は!


          *


 FDECの神亜宿しんあじゅく支部にやってきた。

 幼女を連れた俺に、何人かが鋭い視線を投げる。

 さっと見回し、受付にいるのがほぼ女性なのに愕然とした。

 え、前世じゃあるまいし、イマドキ「受付は女性がいい」とかあり得ないだろ。あ、でも一人男性がいた。

 俺はうつむきながら、男性の座っている受付に向かう。

 その男性、「え、俺?」みたいな顔してるんだけど……。

 だって俺、女性と話せないし。

 マッチョでスキンヘッドのおっさんでも、女性よりは全然マシなんです。

「あの……。登録に来ました」

「マジかよ。やめとけ」

 って、即返されたんだけど。

「えーと、年齢制限があるんですか?」

「いや、ない。だけどお前じゃすぐ死ぬぞ」

 ってまた即返された。


 えぇ……。どうしよう。

「兄ちゃんはあたしが守るからだいじょーぶだ!」

 困っていたら、妹がしゃしゃり出た。


 おっさんが呆れた顔をする。

「……お前ら、遠足に行くんじゃないんだぞ? 探索者は、生死を賭けた仕事だ。チビとガキが遊び気分で入るところじゃない」

 って説教されたんだけどさ。

「……事情があって、働かないといけないんです。でも、俺、他では働けないので探索者になるしかないんです。……妹は……」

「あたしもたんしゃくしゃになるんだー!」

「……って言い張ってて……」


 おっさんが、深~いため息をついた。

「……親がいないとかか? ワケありで潜る奴は多いけどな……。普通にバイトじゃダメか? よかったら斡旋してやるぞ」

 おっさんが顔に似合わず親切だった件について!


「それが……探索者じゃないとダメなんです。他だと、その……。俺、目をつけられてて、たぶん、斡旋先に迷惑がかかります。でもって、すぐクビになります」

 おっさんが眉根を寄せる。

 あと、周りの人が聞き耳を立てている気がする。


「……マジでワケありか。……しかたない、登録してやるけどな……。言っておくが、本当に危険だし、命の保証はないぞ。誓約書にサインもしてもらうし、死んでも死体を持ち帰ってきてもらえるかもわからん。もしも持ち帰ってもらえなかったら、ダンジョンに喰われるからな」

 俺はうなずいた。ゲームをやっていたので、だいたいの知識はある。

 その上で、この支部に来たのだ。


 モモが万歳をする。

「やったー!」

「おっと、そっちのチビはさすがにダメだ」

 とおっさんが言ったら、モモが見事にふくれた。

「なんでだ! ねんれーせーげんはない、って言ったぞ!」

 おっさんが俺を顎でしゃくる。

「そこの小僧が自分で自分の身を守れるかも怪しいってのに、さらにチビの身まで守れるわけがないだろう。死亡の確率が上がるだけだよ」

「兄ちゃんは、あたしが守るんだ!」

「だーかーら、遊び感覚で行く場所じゃねーんだっつってんだろ」

 モモは喰らいつくがおっさんは相手にしない。


 俺はため息をつき、しゃがんでモモの肩に手を置き言い聞かせた。

「ホラ、駄々を捏ねてもしょうがないだろ? 諦めろ。約束しただろうが。登録できなかったら諦めるって――」

「違うぞ兄ちゃん! 登録はできるんだ! ねんれーせーげんはない!」

 ハァ、と再度ため息をつく。

 さて、どうやって説き伏せようかと思ったら……。モモが俺のおでこをまたぺちんと叩いた。

「いてっ」

「兄ちゃん! あたしは兄ちゃんが死んだら、どっちみち死ぬんだぞ! あたし独り取り残されたって四歳のあたしじゃ連中をどうにもできないし、アイツらはあたしが死ぬまで嫌がらせしてくるぞ! だから兄ちゃん、ずっと一緒だ! ダンジョンに二人で潜って、死ぬならそれまでなんだ!」

 モモの叫びで、支部全体が静まったように思った。


 俺は、泣いた。

「…………わかった。わかったよ、モモ。一緒に行こう」

「うん!」

 俺がモモを抱き寄せると、モモは小さい手で俺の頭をぽんぽんと叩いた。


 なんとか泣きやんで立ち上がり、おっさんにお願いしようとしたら、おっさんは号泣していた。

 いや、他の……事務や受付の人も、あ、探索者っぽい人たちも泣いている。

 静まったように思ったのは勘違いではなく、全員が泣いていたからだった。

「あの……すみません、俺たち覚悟を決めました。確かに俺は、自分の身を守るのすらできないかもしれませんが、それでもモモをおいてはいけません。俺が死んだらどのみちモモも死ぬことになるみたいだし、だから二人で探索者になります」

「わ゛か゛っ゛た゛」

 おっさんが鼻声でうなずいた。


 実際問題、あの刑事の言いっぷりじゃ、モモの叫びが本当になりそうだ。

 おおよそ刑事のやることじゃないって思うけど……世界異変前も、こういったことがあったって話を聞いた。

 だから、一緒にいよう。

 それに、妹は魔王の生まれ変わりらしいし。魔術が使えるらしいから……大丈夫だと信じたい。

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