第13話 学園編(9)ティアが笑った日

「そろそろ到着だな」 


 デバイスに「次の停留所で下車予定」と表示されたのを確認した俺がそう言うのと同時に、バスが減速を始めた。


 高層ビルが立ち並ぶ街の中で、ひと際大きな建物の前にバスはゆっくりと停車し、扉が開いた。


 俺達はバスを降り、目の前にある大きな建物を見上げた。

 ここが、惑星疑似体験センターだ。


「入学時に通りがかって、ずっと気になってた場所に、やっと来れたな」

 

「そうね」

 ティアが頷き、シーナも「うんうん」と頷いて俺の左腕にしがみついている。


「じゃ、入ろうか」

 と言って俺達は建物の中に入る事にした。


 建物のエントランスに入ると、正面に入館用の手続きモニターがあった。


 俺達がモニターで入館手続きを済ませると、自動通路が現れて俺達を順路に従って運んでくれる仕組みの様だ。


 自動通路が長い廊下を移動している間、壁面に表示されたこの星についての情報を見ていた。


 クレア星・・・、プレデス星で発足した「惑星開拓団」が最初に開拓に成功した星。


 プレデス星と同じ星系にあり、プレデス星から最も近い公転軌道をもつ惑星だ。


 この星には5つの国があり、俺達が居るエスタ国が「技術をつかさどる国」として、この星の中心的存在になっている。

 他にも、「農業と畜産の国 ファム」「文化の国 レイカ」「資源の国 マテル」「漁業の国 フィシル」がある。


 そういえば、情報津波でライドの事を調べた事があったけど、確か母国がフィシルだったな。

 魚を生で食べる文化は無かったみたいだけど、いつか寿司を食いたいし、今度イクスとライドとの共同で、魚を生で食べられるように研究してもらおうかな。


 俺は壁面の説明を読みながらそんな事を考えていた。


 その後も説明を読んでいたが、大体こんな感じだった。


 クレア星では全ての国が土地の特性を活かした産業を営んでおり、それぞれの国同士で物品を流通し合い、お互いがとても友好的に共生しているそうだ。


 全ての国に「政府」は存在するが、民主的なものではなく、一部の人間が管理するAIが政府として機能しており、経済も人々の「善行」が収益源になっているあたりはプレデス星と変わりは無いようだ。


 ただ、プレデス星でいう「善行」とは勝手が違い、この星では「何かを生産する事」が最も収益性の高い「善行」とされている。


 それらの「善行情報」はデバイスによって政府に送られ、自動的に評価されて対価が支払われているといった具合だ。


 更にこの星は、「強欲、傲慢」に対しては比較的寛容な代わりに「怠惰たいだ」を最大の禁忌きんきとしている。

 つまり、怠け者が政府機関に逮捕されてレプト星に送られる「罪人」とされる訳だ。


 で、俺達候補生も例外ではなく、生産性が高ければ高いほど政府から与えられる報酬は高額になり、実は俺達Aクラスメンバーも、そこそこ稼げている。


 生産性というのは直接的な生産は勿論、アイデアの発案なども「生産」として定義されていて、そんな理由からかAクラスの中で最も稼げているのが、実は俺だったりする。


 まあ、専門的に生産業に従事する人ほど稼げている訳では無いだろうが、学生としては充分すぎる報酬だ。


 ほんと、資本家が金融で支配していた地球の構造とは大違いだぜ。


 そうしているうちに自動通路はフロアを3層くらい上昇し、そこから続く廊下は自分の足で歩く必要がある様だった。


 廊下の幅は5メートルくらいあるだろうか、天井も同じくらいあるかも知れない。広々していて開放的で歩きやすいが、廊下の長さは100メートルくらい続いていて、左右にいくつかの扉が並んでいる。


 俺達の他にもまばらに人が歩いていて、扉を出入りしたり、扉の前で佇んでいる人も居た。


 見える範囲の人は俺達と同年代の様で、きっと惑星開拓団候補生なのだろう。


 時々大人の姿も見えるが、もしかしたら本物の惑星開拓団のメンバーかも知れないし、他の国や街から来た観光客かも知れない。


 俺達は左側に見える一番手前の扉の前まで来て、扉に表示された案内を読んでみた。


「重力比が0.801から0.999までの惑星体験室みたいね」

 とティアが案内表示を読んでそう言った。


「とりあえず、ここは空いてるみたいだし、入ってみようぜ」

 

 俺がそう言って扉を潜ると、扉の奥は20メートル四方くらいの四角い部屋で、すぐ左手側にモニターがあった。


 どうやらこれが操作板の様だ。


 モニターにはズラっと星の名前が並んでいて、その横に重力比も表示されていた。


「よく分からんから、順番に試してみるか」

 俺はリストの一番上に表示されていた「ミリス星」を選択してみた。


 すると部屋が突然暗闇になり、数秒後に明るくなった。

 先ほどまでは何も無い四角い空間だった室内が、まるで宇宙船の艦橋内みたいな風景に変わっていた。


 艦橋からは目の前に大きな白い惑星が迫ってくるのが見えていて、どうやら宇宙船が着陸するところから映像が始まる演出の様だ。


 映像はとてもリアルで、まるで本当に宇宙船の中に居る感覚になって来る。


 宇宙船は徐々に惑星に近づき、やがて大気圏に突入する。

 宇宙船はブルブルと少し振動していて、宇宙船が大気の抵抗を受けているのが感じ取れる。


「すげーな。体感も出来るのか」

 と俺は呟きながら、ティアとシーナが不安そうに俺の腕にギュっと抱き着いているのを感じていた。


 はは、まるでお化け屋敷に来たカップルみたいだな。


 宇宙船はゆっくりと地表に近づき、やがて黄金色こがねいろの大地に着陸した。


「ミリス星に着陸致しました。小型艇でミリス星を航行します」

 というアナウンスが聞こえたかと思うと、次の瞬間、俺達は小さなゴンドラの様なカゴの中に立っていて、ゴンドラは宇宙船のハッチを出て、ミリス星の大地を宙に浮きながら発進した。


「ミリス星には政府系AIが存在しません。小型艇を自ら操縦して下さい」


 アナウンスの通り、ここからはゴンドラを自分で操縦できるらしい。

 俺は二人の顔を見て

「どうする?」

 と訊くと、

「ショーエンに任せるのです」

 とシーナが答え、ティアも頷いた。


「よし、任せとけ」

 と言って俺はデバイスでゴンドラを操作し始めた。


 ゴンドラには4面に窓があり、窓を開ける事もできるようだ。

 俺がデバイスで窓を開ける指示をすると、4面の窓が開いて風が吹きつけてくるのを感じた。


「すごい!」

 ティアはそう言って俺の右腕を強くつかみ、シーナも左腕にしがみついていた。


 俺はゴンドラを前方に見える城壁に似た壁に向けて進める事にした。


 宇宙から見たこの星は「白い星」に見えたが、どうやらこの星は全体が白い雲に覆われているようで、日光はぼんやりとしか見えていない。


 つまり、ずっと曇っている感じだ。


 気温は15度くらいで、風を受けると涼しいのだが、湿度が高いせいか風が止むと蒸し暑く感じる。


 ゴンドラはどんどん城壁に近づいてゆき、やがて門のようなところまで来た。

 そこには門番の様な者が居たが、特に話しかけてくるわけでもなく、こちらが話しかけても俺達に気付いている様子もない。


 なるほど。あくまで疑似体験だから、リアルとは言っても人との会話は出来ないって事か。


 俺達は門をくぐり、中に入った。


 そこからは長い砂利道が続いていて、両脇には農場が広がっていた。

 農場と言っても、沼の様になったところに大きな葉っぱが沢山見えているだけだ。

 野菜にしては葉っぱが分厚いし、どうやって食べる野菜だろうと思って意識をして見ると、俺の頭の中に軽い情報津波が来た。

 どうやはこれは根菜の一種で「ドー」という野菜らしい。

 調理の仕方は煮るか焼くのが主流だが、細かく刻めば生でも食べられて、その味は少し酸味を含んだ旨味を感じるものなんだとか。

 成分には塩分やアミノ酸も含まれているらしいので、昆布風味のゴボウみたいなものかも知れないな。


 砂利道をそのまま進んで行くと、農場に交じって、ちらほらと戸建ての木造住宅が見えてくる。


 おそらく農家なのだろう。ところどころの家の庭では人が洗濯していたり農具を手入れしている。


 その姿は俺達と変わらぬ人間の姿をしていて、丈の短いローブのような衣服をまとっていた。


 プレデス星には靴を履く文化があるが、ここの人々はみんな裸足はだしだ。


 日本の歴史の授業で見た、弥生時代の人々みたいにも思えた。


 さらに道を進むと徐々に建物が増えてきて、やがて農場の姿が無くなってきた。


 そこは「街」と呼ぶには簡素だが、沢山の人が行き交う活気のある通りだった。

 地面は砂利道のままで、人々が巻き上げる砂埃すなぼこりが凄いのだが、行き交う人々はそんな事は気にもしていないようだ。


 どうやらミリス星の開拓は6千年くらい前に行われたようで、人間を移住させてからは、まだ600年くらいの歴史しか無いらしい。


 なるほどな。


 本当に、何も無いところから開拓していくんだな。


「ここの人達は、どうしてデバイスを使わないで生活しているのかしら」

 ティアは人々を見ながら「それにあそこのお店みたいなところで野菜と交換している小さな金属みたいなものは何かしら?」

 と、おそらく買い物をしている人を見て言ったのだろう。


「あれは、野菜を買って、その対価を支払っているんだろう」

 

「あの金属が対価なのですか?」

 とシーナも興味を持った様だ。


「ああ、そうだ。あれは貨幣かへいといって、俺達が使うプレデス通貨と同じ意味を持つものだ。貨幣を使って買い物をする星は、他にも沢山あるはずだぞ」


「そうなのですか・・・」

 とシーナは人々の動きを興味深げにじっと見ている。


 俺はゴンドラをゆっくりと街の奥の方に進めてゆき、宿屋の様な雰囲気の少し大きめの木造建築物の前で停止した。


「あれはきっと宿屋だ。おそらく、この街以外にも沢山の街があって、交易とかでやってくる商人とか旅人が宿泊する為のものだろうな」


 ファンタジーで宿屋と言えば、酒場みたいなところがあって、様々な交流があって情報を得られるってのがお約束だ。


「ちょっと中を覗いてみよう」

 

 中に入ると案の定、1階は酒場の様になっていて、右端には厨房カウンター、左端には宿泊用の受付カウンターがあった。


 酒場では皆が色々なものを食べている。

 酒を飲んでいるものも居て、かなりにぎわっている様だ。

 食事は野菜、肉が中心で、魚料理は見当たらない。


 酒場の客の中には肩を抱き合って騒いでいる人も居て、この星ではスキンシップは当たり前の事のように見えた。


「ティア、シーナ、あの男達が肩を組んでいるのが見えるだろう?」


「うん」


「あれが信頼の証ってやつだ」


「ほんとにみんな身体に触れ合うんだね」

「なのですね」

 と二人が頷きながらそう言った。


 ゴンドラのすぐそばのテーブルで酔っぱらっている男女も今日の狩猟しゅりょうがうまくいった事を祝っているようで、男の方はガハハと大きな声で笑っていた。


「ショーエン、この人、ガハハって言ってるのです」

 

「ああ、大笑いしているな」

 

「笑う?」

 とティアが不思議そうに訊いてきた。


「ああ、笑うってのは、俺がいつもやってるやつだよ。ハハハとかフフフとかのあれだよ」

 と俺が言うと、ティアとシーナは

「そうだったのね」

「笑うっていうのですね」

 と俺を見て、何か納得したようだった。


「お前達は笑ったりしないのか? 例えば、面白い物を見た時とか、楽しい時とか、可笑しい時にさ」

 

 ティアは少し考える様な仕草をしてから口を開いた。

「可笑しな時にはクスって息が漏れる事があるけど、ハハハとかフフフってわざわざ言う事は無かったわ」


「私もティアと一緒なのですが、ショーエンの真似をしてハハっとかフフフって言うと、明るい気分になれる事は学んだのです」

 と、特にシーナはもう一息で笑いをマスターできそうな位置にいる事が分かった。


「そうだろ? 笑うってのは、楽しい時、可笑しい時、面白いものを見た時、自然に出てくる反応でもあるし、苦しい時や悲しい時でも、わざと笑う事で心を楽にしたり、みんなを明るくする事だって出来るんだぜ?」


「そうなのね」

「そうなのですね」

 と二人は頷き、「覚えておくわ」

 とティアが言いながら、何かをデバイスに記録している様だった。


 あたりを見回すと、宿泊用の受付カウンターの奥から人が現れ、ちょうど宿泊客の接客をするところのようだ。


 受付カウンターの横には階段があり、2階に上がれる様になっている。

 おそらくこの上が宿泊施設なのだろう。


「ちょっと上の階に上がってみようぜ」

 と俺は言って、ゴンドラを階段の方に進めて行き、そのまま階段を登って行った。


 階段を登り切った先には20メートルくらいの廊下が続いていて、右側の壁には窓が並んでいて、さきほどまで居た街の景色が見える。

 廊下の左側には木製の扉が等間隔に4つ並んでいて、廊下の突き当りにも少し小さめの扉が一つあった。


 手前の2つの扉が開いたままになっていて、とりあえず一番手前の部屋に入ってみる事にした。


 部屋の中はビジネスホテルの倍はありそうな空間で、奥の壁にはカーテンがかかった窓があり、その手前に小さな丸テーブルが一つと、椅子が向い合せに二つあった。

 部屋の左の壁に沿わせて大きなベッドが設置されていて、ベッドは箱型の木枠の中に乾かした藁のようなものを敷き詰めてシーツを被せただけの簡素なものだった。


 部屋の入り口の右側には解放された扉があって、その中には四角い浴槽のようなものがあり、そこには透明な水が溜められていた。さらにその隣の棚には小さな桶が置かれていて、その上にはタオルの代わりなのか、布切れも数枚置かれていた。


 多分、ここが浴室なのだろう。


 トイレが見当たらないが、もしかしたら廊下の突き当りがそうかも知れない。

 この様子だと水洗トイレって事は無いと思うが、2階にあるトイレで汲み取り式なのだとしたら、構造が気になる。


 俺達はその部屋を出て、廊下の突き当りの扉を確かめてみる事にした。

 扉はデバイスで開ける事が出来て、中を見ると、なるほど確かにトイレの様だった。

 思った通りの汲み取り式で、トイレの真下には部屋が無いだろうから、地上部分まで管が繋がっているのだろう。


「うう!臭い!」

 とティアは顔をしかめて鼻を手でつまんだ。

 シーナも俺の腕に顔を埋めて「ううう」と呻いている。


 ハハッ、前世で俺が子供の頃には汲み取り便所が当たり前だったので気にならなかったが、こいつらにとってはこんな原始的なトイレはあり得ないんだろうな。


 なんとなくこの星の文化レベルが分かってきたな。


 俺はトイレの扉を閉めて

「そろそろ出ようか」

 とゴンドラを操作しようとした時、すぐ隣の扉の閉まった部屋から「うう~」「ああ!」という様なうめき声が聞こえた。


「今の、何かしら?」

 とティアは少し怖がっている様子で俺の右腕にしがみつく。

「何か知らない生き物が居るかも知れないのです」

 とシーナも俺の左腕にしがみつきながら不安そうだ。


 なるほど、確かに。


 夢で見た様にドラゴンだって居るかも知れない世界だ。

 人間以外の知的生物が居てもおかしくない。


 俺はデバイスで少しだけ扉を開けて中の様子をうかがう事にした。


 すると中には、見た事も無い知的生命体の姿など無く、代わりに二人の男女が裸でまぐわう姿に遭遇そうぐうしてしまった。


 あ、いけね!


 と俺はすぐに扉を閉め、ふうっと息をついて二人を見た。


 しかし二人もしっかり見てしまったようで、二人とも顔を真っ赤にして額に汗をかきながら、石のように固まって動けなくなっていたのだった。


 △△△△△△△△△△△△


 宿屋を出た俺達は、そのまま宇宙船へ戻ろうと移動を始めたが、街を出たあたりでゴンドラがふっと消えてなくなり、あたりが真っ暗になった。


「制限時間になりました。メリス星の疑似体験を終了します」


 とアナウンスが流れ、薄明りが点いたかと思うと、辺りは元の部屋の姿に戻っていた。


 どうやら時間がくると自動的に終了するシステムらしいな。


 ティアとシーナはまだ固まっていて、その場を動こうとしなかった。


 仕方が無いな。


 俺は両腕で二人の腰に手を回し、ひょいっと持ち上げて部屋を出る事にした。


 廊下に出ると二人はやっと我に返ったようで、

「あ、あ、あ、あれって・・・」

 とティアが真っ赤な顔で俺を見上げながら「あれって、もしかして・・・」

 と今にも泣きだしそうだ。

「そうだな。あれが生殖行為の実践編ってやつだな」

 と俺が言うと「やっぱり!」と言ってまた俺の右腕に顔を埋めてしまった。

 シーナは「あり得ませんあり得ませんあり得ません・・・」

 と念仏を唱えているみたいだ。


 ほんと、仕方が無いなぁ。


 俺は二人の背中に手を回して、トン、トンと一定のリズムで軽く叩きながら、二人が落ち着くのを待っていた。


 まさかあんなシーンに出くわすとは思っていなかったが、プレデス育ちの二人には、そりゃ刺激が強すぎるわな。

 無修正だったしな。


 偶然の出来事ではあったが、クレア星でも結婚したら生殖行為で子供を作るって事だし、学園内では認知されていないとしても、惑星開拓の経験がある者なら当然この事実は知っているはずだ。


 となると、プレデス星では何故この生殖行為をさせない生活を常態化させているんだ?


 俺はこの事について情報津波を呼び出す事を試みたが、やはりうまくいかなかった。


 そうなんだよな。


 何故か、何者かに邪魔でもされているように、プレデス星の生態構造に関する根幹の情報は入手できない。


 もしその何者かが全てを知る存在だとして、これを隠す理由は何だ?


 それに、俺の情報津波を防御できるって事は、その何者かはあの本についても何か知っているかも知れない。


 いや、きっとそうだ。


 でも、その「何者か」ってのは、いったい誰の事なんだ?


 ふうっと俺は息をついて、考えるのをやめた。


 この世界には、まだまだ俺の知らない事が沢山ある。

 今はそれが解っているだけで充分だ。


 ぐううう・・・


 とシーナのお腹が鳴った。


 シーナは俺の左腕にしがみついたまま俺を見上げた。

「お腹が空いたのです」

 俺はハハっと声に出して笑い、

「そうだな。じゃ、行くか!」

 と言ってゆっくりと歩き出した。

 ティアはまだモジモジとしているが、ちゃんと俺の右手を握ってついてくる。


「あ、あの、ショーエン」

 とティアが俺の手を放して「ちょっとトイレに行ってくるから待ってて」

 と言って、トイレの表示がある扉へと小走りで行ってしまった。


 ああ、そうか。

「シーナは大丈夫か?」

 

「うーん・・・ じゃあ、行ってくる」

 とシーナもトイレの方に歩いて行った。


 俺も念のため行っとくか。


 結局、俺もトイレに行く事にした。


 俺がトイレで小用を済ませて出てくると、まだティアもシーナも戻って来ていなかった。

 しばらくすると、シーナが先に戻ってきた。

「お待たせしたのです」

 とシーナはまた俺の左腕にしがみつき、まるでそこが指定席の様になっていた。

 ほどなくティアも戻って来て、

「待たせてごめんね」

 と言って、俺の手には触れずにそのまま出口の方に向かって歩き出した。


 俺はティアについて歩き出し、エントランスを抜けて屋外に出た。


「ティア、手はつながなくていいのか?」

 と俺が訊くと、ティアは

「う、うん。大丈夫」

 と言って少し顔を赤らめている。


 なんだ今更照れてるのか。

 さっきあんなの見ちゃったから、ちょっと意識しているのかもな。


 俺達は街の中で一番近くにあるレストランに入る事にした。


 レストランは学生食堂と同じでセルフサービスになっており、カウンターで注文して料理を受け取る方式だった。


 料理のメニューの種類も学生食堂と大差なく、どうやらレストランというのはどこで食べても同じらしい。


 プレデス星でもそうだったが、レストランと言っても「あの店より美味しい料理を出すぞ」とか「新しいメニューを考えるぞ」とかの競争意識が無いせいで、どこに行っても目新しさが無い。


 技術が発達し過ぎた世界だからかどうかは分からないが「その場所に行かなきゃ食べられないもの」というのが無いのは、旅の楽しみが半減すると思うんだがな。


 結局俺達は、学生食堂と同じ料理を注文してランチする事になった。


「なんだか、街で食べるよりもイクスが作ってくれる料理の方がおいしいよね」

 「私は、ショーエンが作ったホットケーキが好きなのです」

 とティアとシーナも同じ事を考えていたらしい。


「あのホットケーキ、本当に美味しかったよね~」

 とティアは「またショーエンの部屋で食べたいわ」

 と俺を見て言った。


「ああ、あれくらいなら、いつでも作ってやるぞ」

 と俺はそう言い「で、その後は、またみんなで昼寝するのもいいかもな」

 と続けた。するとシーナは目を輝かせて

「それがいいのです!そうするのです!あれはいいものなのです!」

 と力説している。ティアも

「そ、そうよね! あれはいい事だもんね!」

 とシーナに同調していた。


「という訳で、明日はショーエンのお部屋に行くのです」

 と食事を終えたシーナが食べ終わるや否やそう言いだした。


 2週間の長期休暇の初日がデートで2日目には俺の部屋で昼寝か。


 地球にいた時は、彼氏の部屋に行くのは「10回以上デートをしてから」とか何とか、よく分からないルールを作ってる女子がいたが、シーナにはそんなの関係なさそうだな。


 ま、1度この3人で昼寝したもんな。


「ティアも来るか?」

 と俺が尋ねると、ティアはモジモジしながら

「う、うん。行く」

 と答えた。


 どうしちゃったんだティアは?

 妙にしおらしくなったというか・・・


 と考えてハッと俺は気が付いた。


 そうか!

 ティアはとうとう俺に恋をしたんだな?

 で、さっきの疑似体験であんなの見ちゃったから、昼寝と聞いて意識しちゃったって事か。

 うんうん、きっとそうだ。


 俺は学園ラブコメ化プロジェクトで、他のクラスにどうやってレクチャーするかを思案する必要があると考えていたが、ティアがその役を担ってくれるかも知れないという期待が膨らんだ。


 (しかし・・・)

 と俺は思った。


 ティアは素直で有能な、とても良い子だ。

 俺の野望に必要な人材でもある。

 しかし、生まれて初めて恋心を知ったばかりのティアを、俺の野望の道具のように扱うのはどうなんだろうか。


 俺は前世で若いころにそれなりに恋愛はしてきたつもりだ。

 中学生の時に初恋をし、友達に相談をしたのがきっかけで、みんなに冷やかされながら体育館の裏で告白をしたんだっけな。フラれたけどな。


 高校生の頃は2年の時にクラスメイトに告白されて付き合った事があったけど、実は俺には他に好きな子がいたせいで、あまり彼女に気持ちが向かず、半年もせずに別れる事になったんだよな。

 その時には随分と彼女を泣かせてしまったもんだ。


 で、その後、隣のクラスにいた本命の女子に告白したけど、既にその子に彼氏が居る事が分かって玉砕し、今度は俺が泣く事になったんだよな。


 あれはキツかった・・・


 高校を卒業するまで心のキズを引きずってしまったもんな。

 きっと、振ってしまった彼女もこんな苦しみを味わったんだろうな。


 大学からの恋愛はずいぶんと打算的になって、恋愛感情なんて、肉体関係の後に育むものだって感じになってたな。

 なので、振られても心のキズは浅くて済んだし「肉体関係を結べてラッキーだった」程度の感情しか持っていなかったもんな。


 でも、ティアは違う。


 プレデス星で純粋培養されたピュアな心の持ち主で、この星で俺に出合い、この半年間の切磋琢磨の中で培われた感情を、彼女なりに一生懸命に育んできたに違いない。


 そのティアの心を、俺の野望で傷つけるなんて事は、あってはならないはずだ。

 俺は、中高生の頃のあの純粋な恋心を思い出さなきゃならない。


 俺が生きたい世界は、こんなティアの純粋な心を無機質な道具の様に扱う残酷な世界ではないはずだからだ。


 俺は今まで、ティアを妹か娘の様に見ていたが、それではダメだ。


 ティアとは一人の女として、真剣に相対しよう。


 俺はそう心に決めた。


 が、そうなると、シーナはどういう事になるんだ?


 シーナは俺を尊敬しているようだ。

 むしろ盲目的に信奉しているといってもいい。


 でも、シーナの感情は、恋心とは少し違う気がしている。

 俺の方も、シーナをまるで娘か孫の様な気持ちで見ていた。


「なあ、シーナ」

 と俺は言った。シーナは俺の左腕にしがみ付きながら

「はいなのです」

 と言って俺を見上げた。

「お前は将来、どんな男と結婚したいんだ?」

 と俺が訊くと

「ショーエンに決まっているのです」

 と即座に答えた。


 あー・・・

 これはアレか?

 まだ小さな娘が「パパと結婚する~」的な?


「そ、そうか」

 と俺は頷き「じゃあ、シーナが成人したら、また同じ質問をさせてくれな」

 と俺は言った。シーナは

「成人しても、答えは変わらないのです」

 と自信満々に答えて、また左腕にしがみ付いていた。

「ね、ねぇショーエン。私には聞かないの?」

 と言うティアの、俺の右手を掴む手が震えている。


 やっぱりな、ティアは真剣なんだ。


 俺はその場で立ち止まり、ティアの右手を強く握り返した。

 突然立ち止まったので、シーナがしがみついている左腕が少し進行方向に引っ張られたが、シーナも「何事?」という風に俺の方を見て立ち止まった。


 俺は、ティアの目を見た。ティアも俺の目を少し不安そうに見ている。

 そして、シーナが二人の顔を交互に見ているのを感じながら、

「ティア、俺はお前と結婚を前提に付き合いたいと思っているぞ」

 と告白した。


 まるで時が止まった様だった。


 ティアは、想像もしていなかった突然の告白に、戸惑いながらも顔を赤くしながらみるみるその目に涙を浮かべていった。

 俺はそんなティアの目を、瞬きもせずにじっと見ていた。

 ティアは震える唇を動かし、

「ほん・・・とに?」

 と確認をしてきた。

 俺は一度だけ頷き、

「本当だ」

 と答えた。

 ティアは、まるで全身から力が抜けたかの様に俺の身体に全身の体重を預け、俺は両腕でそれを受け止め、強く抱きしめた。

「ティア」

 と俺が呼ぶと、ティアは涙目のまま俺の胸に顔を押し付けて、両手を俺の背中に回し、俺の背中をギュっと抱きしめて、そして俺を見上げた。


 その顔は、涙で濡れてはいたが、

「ショーエン、とても嬉しいよ」

 というその笑顔は、本当に美しかった。


 その隣で、シーナは中空ちゅうくうを抱きしめる石造の様に固まっていた。


 それを見たティアは

「あはははっ」

 と涙目のまま声を上げて笑い「おかしな恰好!」

 と言って、シーナのほっぺを両手でムニムニし始めた。


「はっ!」

 とシーナは我に返り、ティアの顔を見て「ティア! い、い、今! ショーエンがティアと、けけけケッコンって・・・」

 と恐ろしいものでも見る様な目でティアを見ながらそう言った。

 ティアはそんなシーナの両手を握り、

「うん。私、シーナより先にショーエンと結婚しちゃうね」

 と自分の顔をシーナの顔に近づけ、「でも大丈夫よ。シーナも成人したらきっと、大丈夫だから」

 とシーナの耳元でそう言うティアは、まだ涙が止まらない様子で、そのままシーナの身体を思い切り抱きしめて、何かの感情が吹き出したかのように泣き出した。

 シーナもティアの背中に手を伸ばし、ティアの身体を抱きしめて一緒に泣き出してしまった。


 俺は抱き合ってる二人を包み込む様に抱きしめ、

「じゃ、明日は3人で昼寝な」

 と言って二人の背中をさすっていたのだった。


 △△△△△△△△△△△△


 俺達はそのまま街から徒歩で学園まで帰った。


 ティアもシーナも泣き止んでいたが、「ゆっくり歩いて帰りたい」というティアの求めのままに歩き出したのだった。

 俺の両腕に抱き着く二人の腕の力は、いつもより強いものだった。


 俺は、二人の身体の感触を両腕に感じながら、二人の歩調に合わせてゆっくりと歩いていた。


「ティア、シーナ。明日はどんなものが食べたい?」

 俺が話しかけると、二人は声を合わせて

「ホットケーキ」

 と言った。

「じゃ、明日のホットケーキは、腕によりをかけて作ってやらないとな」

 と俺が言うと、ティアが「フフフッ」と笑って

「楽しみだね~」

 とシーナの方を向いて言った。シーナも「うんうん」と頷きながら

「早く明日になって欲しいのですよ」

 と笑顔で返していた。


 そんな二人を見ながら、俺も嬉しくなっていた。


「ああ・・・」

 と俺は、少し夕焼け色になってきた空を見上げ、

(前世では叶わなかった夢の一つが、今叶ったのかも知れないな)

 と心の中で思っていたのだった。

  

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