第3話 異世界転生

 ん? 何だ? どこだここ?


 俺は目を覚ました。

 いつものインターネットカフェの天井とは違う、無機質で清潔な天井が俺の視界にあったが、どうにも焦点が定まらず、なんだかぼんやりとした感じだ。


「マリエル、ショーエンが目を覚ましたようだよ」

「そうね、タルキス。とても愛らしいわ」


 うわ、何だこれ。


 知らない言語で聞こえるのに、頭の中で変換されて聞いてるみたいな感じだ。

「情報津波」みたいな不快感は無いけど、なんだか変な感じだな。


 俺は、まだぼんやりしている視界をグルグルと巡らせて、声の主を探した。

 身体はどこも痛くは無いのに、どうにも首が思うように動かせない。


「うーあ」


 ???


 何だ? うまく声が出ないぞ? 喉の筋肉がゆるゆるで声帯がきちんと動かない感じだ。


「あーだー」


 うわぁ、やっぱダメだ。俺のノドどうなっちまったんだ?


 両手が動かせそうな感覚はある。


 自分のノドに触れて確認してみよう。


 ??????


 え? 俺の手、小さくないか??


 ぼんやりとしか見えないけど、めちゃくちゃ小さくないか??


 自分の顔を触れようとしたが、なんだかプニプニした感触が伝わるだけで、状況がいまいち理解できない。


「ふふふふ、かわいいわね」

「ああ、本当にかわいいな」


 まただ、また頭の中に知らない言語で声が響いてくる。

 なのに意味が理解できるのが変な感じだ。


 で、いったい何が「かわいい」ってんだ?

 かわいいものは俺も好きだぞ。

 俺もかわいいものが見たいぞ。


 不意に頬をプニプニされる感触を感じた。


 なんだよ、やめろよ。子供じゃあるまいし。

 っていうか、あれ? 今のって俺のほっぺたの感触?

 なんとなく、だんだんと視界がはっきりしてきた気がするけど、もしかしてこの小さな手って俺の手? このスベスベしてむにむにしてるのが俺のほっぺた?

 で、視界の端に映る金髪の美男美女が声の主か?

 っていうか、誰?


「やあ、おはようショーエン。パパの顔が分かるかい?」

「ふふふ、キョトンとした表情のなんて愛らしい事。ショーエンはきっと美しく成長するわね」

「ああ、目元などは君にそっくりじゃないか、マリエル」

「あら、口元はあなたに似ていてよ。タルキス」

「はは、本当に私たちの子だな、ショーエンは」


 私たちの子???

 意味が分からん!

 あ、ちょっと待て、いったい何をするつもりだ?

 おいおい美人のねーちゃん、俺を持ち上げる気か?

 そんな事できる訳が・・・


 と思った時には俺の身体は軽々と持ち上げられて、マリエルと呼ばれた金髪女の腕を枕に胸元に抱きかかえられた。


 うっわ、やわらか!

 何これ、おっぱい? おっぱいなの?

 っていうか、俺って何? 赤ん坊なの?

 これって夢? っていうか、めっちゃリアルだし現実じゃね?

 っつーか、おっぱいやわらけー!

 ノーブラの感触が気持ちえー!

 感動で泣けてくるよ、ほんと涙ちょちょぎれるよこれー!


「おやおや、ショーエンが泣きそうだよ」

「あら、ほんと、お腹がすいたのかしら?」


 マリエルが白いローブのような服の胸元をはだけて俺の目の前に乳首を押し付けてきた。


 うっわ、マジで? いいの? っていうかなんだこれ? 俺の中の本能的な何かがおっぱいに吸い付けって言ってるんだけど、ほんとにおっぱい吸っちゃっていいのこれ? 警察に突き出されたりしない?

 あああーっ


 っと本能に抗う事が出来ずに俺はマリエルのおっぱいにむしゃぶりついてミルクを飲んでしまっていた。


 ああ・・・

 何この安心感・・・

 何なのこの充足感・・・

 ミルクなんておいしいものじゃないと思ってるのに、何この抗えない空腹感・・・


「あらあら、よっぽどお腹が空いていたのね」

 頭の中に不思議と心地よく響くマリエルの声を聞きながら、今度は俺を抗えない睡魔が襲う。


 うおお、眠い・・・


 欲望に抵抗できない・・・


 ああ、そうか・・・


 俺は本当に赤ん坊になったんだ。


 どこか知らない国の子供になったんだ。


 だって、聞いたことない言葉をしゃべってるし。


 なぜか言葉の意味が分かるけど、きっとこれも、あの本の効果なんだろう。


 ああ、あれか・・・


 いつか読んだ小説にあった「異世界転生」みたいなあれ。


 きっとそうだ。そうであってほしい。

 おっぱいにむしゃぶりつきながらまどろんで眠りにつけるなんて幸福、現実の俺に訪れる訳無いもんな。


 夢とは思えない、このリアルな感触。


 ああ、意識が遠のいていく・・・

 眠りの国に誘われていく・・・


 明日の仕事なんて考えずに眠れる幸せ・・・

 おっぱいにむしゃぶりついても警察に突き出されない幸せ・・・


 どこの国で生まれたのか分からないけど、きっといい国に違いない。


 次に目覚めたら、きっと幸福に満ちた俺の第二の人生が始まるんだ・・・


 ああ・・・

 幸せだ・・・


 おっぱいに包まれて眠れるなんて・・・


 しあわ・・・せ・・・


 △△△△△△△△△△△△


 それから12年。

 俺は12歳になっていた。


 父のタルキスと母のマリエルの愛情に包まれて、この世界での平均的な成長ができていると思う。


 まず、俺が異世界に転生したと思っていた事自体はどうやら間違い無いのだが、この世界は皆が想像する「異世界」とはおそらく違う気がしている。


 という訳で、この世界の事と、これまでの12年間の事について、かいつまんで簡単に話そうと思う。


 まずこの世界は、ファンタジー漫画とかでよくある中世ヨーロッパ的な世界ではなく、ものすごく技術が進歩している未来的な世界だ。


 建築物は高層建築ばかりだし、デザインはシンプルで無駄が無い。

 宇宙空間の移動も一般的で、政治的な活動で星々への移動も行われているようだ。

 

 俺がいる星は「プレデス星」という星で、9割が海で陸地は1割しかない星だ。

 資源は豊富で、電気やガスのようなインフラも当たり前の様に整備されている。


 星々への移動は、宇宙エレベーターと呼ばれる昇降機で無重力層まで上昇し、宇宙ステーションと呼ばれる駅を発着する宇宙船を利用する。

 プレデス星には2つの宇宙ステーションがあるが、俺はまだどちらにも行った事が無い。


 人々の会話には大きく2通りの方法があって、声に出す普通の会話もあれば、テレパシーのような方法での会話も日常的に行われている。


 子供のうちは声に出す普通の会話が一般的なのだが、12歳くらいになると体の一部にマイクロチップのようなデバイスを埋め込んで、それを使ってメールや電話みたいな会話ができるようになる。


 デバイスは街のショップで契約すれば購入できて、デバイスを装備する事で、いわゆるインターネット通信が可能になるというイメージが分かりやすいかも知れない。


「おはよう、ショーエン」

 タルキスの声だ。


「おはようございます。父さま」


 白いローブに身を包んだタルキスは、今日も高貴な笑みをたたえて朝の挨拶をしてくれる。


 この星での一般的な服装は、飾り気の無い白いローブのようなものだけで、男女ともにオシャレの概念が無い。

 というか、人の「美しさ」とは「心の美しさ」が基準になっていて、いわゆる「イケメン」とか「美人」とかの概念は「心がイケメン」「心が美人」という事だと思ってほしい。


 で、何故俺がそんな分析ができるかというと、前世の記憶が今も鮮明に残っているからだ。

 その事は両親にも話していない。近所の友人達にもそんな例は無いようで、どうやら特別な事らしいからだ。


 そうそう、自己紹介が遅れたが、俺の名前は「ショーエン・ヨシュア」。

 ヨシュアが家名でショーエンが俺の名だ。


 前世での名前が「吉田松影」だったから、なんとなく覚えやすいんじゃないか?


 この星の人々は心が美しい。おかげで争いごともほとんど無く、本当に平和な星だ。

 お互いの個性を尊重するし、利己的な考えなどほとんど無い。


「ほとんど」と言ったのには理由があって、例外的に「利己的で傲慢」な人間もいる。

 そうした者達は社会の秩序を乱すので、政府機関によって逮捕され、更生の為に「レプト星」という星に送られるらしい。

 いわば刑務所みたいな星なんだろうが、俺はその星について詳しくは知らない。


 お金の概念はちゃんとあって、すべてが電子マネーのようなもので取引されている。

 お金を使えるのはデバイスを装備した者だけなので、子供のうちは買い物など出来ない。

 デバイスの購入には保証人となる人間の付き添いが必要なので、一般的には両親がその役を担う事になる。


 そもそもお金をどうやって稼いでいるのかについてだが、基本的には政府からお金が支給されるらしい。

 その額は「行動の美しさ」によって決まるらしく、個人の行動はデバイスによって政府に情報が送られ、それが点数化されて報酬が決まるんだとか。


 なんというか「超管理社会」といった感じだが、誰もそれに異は唱えていないし、これが普通なのだろう。


 そういえば、戦争なんてこの星では経験した事が無いが、兵器は存在していて、星々での戦いにも備えているらしい。


 とはいえほんとうに平和な世界だ。

 前世の地球での生活を思い出すと、この世界は天国のような社会だと常々思う。


 ただ、食べ物が野菜と果物、そして穀物といったものしか無く、元現代日本人としては肉が食べたいと思う事もある。


 でも、飲み物は水と母乳から作ったミルクだけ、食べ物は野菜と果物だけって生活を12年も行っていると、そうした食生活にも意外と慣れるものだ。


 だからかどうか、病気になった事もないし、本当に誰しもが健康的なのもすごい事だと思う。


 人々の心が美しいだけでなく、容姿も皆一様に美しい。


 世界は平和で秩序もおおむね守られている。


 技術は地球とは比較にならないほど進歩しているし、それでいて自然とも調和がとれている。


 空気はキレイで、排気ガスのような不快な煙など見たことが無い。


 耳に聞こえる騒音は少なく、街の中心部でもなければ人々は歩く必要も無いほど移動手段が発達しているので、人々の足音もほとんど聞こえない。


 でも、そんなに身体を動かさない生活なんて、身体が鈍ってしまうんじゃないかって?


 うん、かなり鈍っている。


 力仕事などできる人は「生産系の職業」についている人しかいなんじゃないかな。


 大半の人は物事を深く考える必要も無いし、最低限生きていく為のお金も住居も、すべてが「美しい行動」をしているだけで手に入れられるので、競争する事も無いし、誰かを出し抜こうとする必要も無いし、とにかく皆が皆「穏やか」なのだ。


「ショーエン、お前も明日で初等学校を卒業だ。中等学校に入学する前に、デバイスの装備をさせようと考えているのだが、どうだい?」


「本当ですか? ありがとうございます」


 俺はタルキスの提案を素直に受け入れる事にした。


 これまでの12年間に、色々な人に会った。

 皆心が美しく、例の「情報津波」が来ても、彼らについて不快な気持ちにさせられる事など一度も無かった。

 今では「情報津波」の制御もずいぶんと巧くなったし、人との会話も普通にできるようになった。

 身体の成長と共に、意識のコントロールが巧くなったという事だろう。

 おかげで、怒りや妬みなどとも無縁だし、ただただ平穏を享受し、人生を謙虚に楽しむ事ができる事を感謝していた。


 でも、やはり俺は思うのだ。


 地球での人生はロクでも無かったが、楽しい事もやりたい事も沢山あった。


 それらをかなぐり捨てて「ただ生きている」だけでいいのだろうかと。


 この世界でも友達はいるが、遊びに行ったりする訳でも無く、表面上の付き合いしかない。


 この世界の友達というのは、ただ「お互いの未来の方針を話し合える」程度のものなのだ。

 それも「こんな事がしたい」「あんな風にできないかなぁ」なんて夢のある話じゃない。

 ただ「私は日々食料を作るロボットを操作する仕事をして幸福を感じようと思う」みたいな感じで、敷かれた沢山のレールのうちの「このレールを選ぶ」というだけの事だ。


 この世界で12年も生きてきたから、この星を悪く言うのははばかられるのだが、この際だからはっきり言おう。


 この世界はツマラナイのだ。


 なので、デバイスを装備して友人達と通信会話できる事が楽しみで仕方が無かった。

 俺もこれまで努めていい子にしていたし、両親も俺の素行を心配などしていないのだろう。デバイスなど無くても個人的には不便はないが、デバイスを装備すれば自分の意志で出来る事が増える。

 それは、この世界で生きる為の「楽しみが増やせる」という事なのだと思うのだ。


「そうか。お前は初等学校での成績も良かったし、色々な事を早く経験させてやりたいと思っていたのだ」


「ありがとうございます。父さまのご期待に沿える人間でありたいと、いつも思っています」


「うむ。では早速だが、今日の午後にでもデバイスショップに出かけよう」


「はい。とても楽しみです」


 俺はそうして午後までを窓からの景色を見て過ごし、ランチを運んできたマリエルとも挨拶を交わして家族で食事をし、タルキスと共に街のデバイスショップに出かける事になった。


 街に行く為の乗り物はいくつかある。

 通常は、タルキスかマリエルがデバイスで呼び出す送迎タクシーを利用する事が多いのだが、デバイスショップがある街の中心部は送迎タクシーが入り込むには混雑がひどいので、中央列車を利用する方が時間の無駄が無くて便利だ。

 駅の構内も自動通路で運んでもらえるので歩く必要などほとんど無いし、本当に便利な社会だ。


 タルキスと俺は中央列車で街まで移動した。

 車窓からは流れる景色が見える。ほんの10分程度の時間だが、車窓から見える景色は、無機質な高層建築と自然の樹木が見事にバランスよく配置されていて、芸術的でさえあるその景色に、いつも心を浄化されるような気分を味わっていた。


 街に着くと、そこは沢山のタクシーが並んでいた。

 タクシー料金はそこそこ高いが、自宅から目的地までが自動運転なので、歩く必要がほぼ無い。その代わり、目的地が人気スポットの場合は、タクシーの乗降で混雑が起こり、ひどい時には30分以上待たされる事もあるのだ。

 別にそれでも構わないのだが、少し歩くくらいの方が身体の為にも良いし、俺は列車での移動の方が好きだった。


 タルキスと俺はタクシーの乗降で混雑している隙を縫って、デバイスショップに向かって歩いた。


 途中にはレストランや家電製品の店が立ち並び、中には日光浴ショップなんてのもある。

 プレデス星は、公転の関係で恒星からの距離が延び縮みする為、冬場には健康の為に人工的に日光を浴びる施設の利用が多くなる。

 自宅にそうした機器を導入している家庭もあるらしいが、相当な善行を積まなければ、それを買えるだけの政府報酬が貰えないだろう。


 そうこうしているうちにデバイスショップに到着した。


 既に整理券はタルキスが通信予約で受け取っていたので、ショップに到着してからほんの数分で店内に案内される事になった。


 デバイスの種類は3種類あり、機能も性能も平均的な「アイリス」、機能は絞られるが、スペックが高く生産的な仕事を好む人向けの「エクシズ」、そしてスペックは劣るが機能は満載の「ギャラン」があった。

 若者が好むのが「ギャラン」で、専門分野に進む事を望む人は「エクシズ」を選ぶ事が多い。その他一般的な生活を望む人は「アイリス」を選ぶらしいのだが、最もシェアが高いのは「アイリス」らしい。


 で、俺はというと、迷わず「エクシズ」を選んだ。

 マニアックじゃないのかって? ああ、マニアックかも知れないし、タルキスも少し驚いていたが、俺は迷わず「エクシズ」の一択だ。


 忘れてもらっちゃ困るぜ。俺は地球の知識満載でここに転生したんだ。


 生産系の仕事で「この世界に無かった未知のもの」をバンバン作って稼ぐのが道理に適ってるとは思わないか?


 この12年間、何不自由なく生きてきたとは言ったが、さっきも言った通り、この世界は退屈でつまらない。


 ああ、この星は確かにすごいよ?

 でも、俺は「何もかもが整えられすぎている」環境では「自分の存在意義を見出せない」のだ。


 だってそうだろ? 

「何もしなくていい世界」なんて、心から楽しい人生だと思うか?

 誰が敷いたか分からないレールの上を、ただ歩かされるだけの人生だ。


 俺はそうじゃない人生を歩みたいんだ。

 前世では様々なハードルがあって、叶う事が無かった夢。


「俺が生きる世界は、俺の手で作りたい!」


 この世界に来てからも、誰にも知られないように、心の中でそう叫び続けてきたんだ。


 俺はそんな心のざわつきを悟られない様に、微笑を携えてタルキスの顔を見た。


「父さま。私は世の中をより良くしたいと願っています。なので、エクシズを装備したいと思います」


「そうか、分かった。お前がそう望むのなら、私もお前の歩く未来を見てみたい」


 その日、俺の首あたり、鎖骨の真ん中あたりに、ゴマ粒程度の大きさのデバイス「エクシズ」が埋め込まれた。


 俺の情報をインプットした機器から取り出されたデバイスを、専用の注射のようなもので注入するだけの簡単な作業だった。


「ショーエン、これでお前は、ひとつ大人に近づいたのだ。中等学校からは、大人としての学びを得る事を願っている」


「はい、父さま。精進します」


 この世界の秩序と同様に、親子の会話も淡白たんぱくなものだった。


 △△△△△△△△△△△△



 それから中等学校に通うまでの2週間は、デバイスを利用して色々と試してみる事にした。


 前にも言ったが「デバイス」とは、地球でいうところのスマートフォンをゴマ粒の大きさにしたようなものだ。


 テレパシーのような会話が出来ると言ったが、これも「音声通話やテキストメールをデバイス同士で行い、脳が直接受発信する」という技術だ。


 俺は意識次第で「情報津波」を感じ取る事が出来るが、デバイスを通じて発する声は情報として知る事ができてもデバイスが無いと聞き取る事は出来ない。


 この世界の一般的な人々も、自らもデバイスを装備しないと、デバイスでの通話は聞き取れないようだ。

 

 この世界の人々には、特別な能力がある訳でも、超能力がある訳でも無い。

 ただただこの世界の「技術力が恐ろしく高い」という事に尽きる。


 例えば乗り物もそうだ。


 ほとんどの乗り物が宙を浮いている。

 ホバーの様に空気を吐き出すわけでもなく、飛行機の様に加速を必要とする訳でも無い。

 この世界では常識的に使われている重力制御技術で浮いている、いわば「小さなUFO」だ。


 デバイスが「スマホのようなもの」だと言ったが、地球のスマホよりも断然高性能だ。

 デバイスを装備する事によって、脳内に「もう一人の自分」を生成する事ができる。

 例えばその「もう一人の自分」に「今日はこんな作業をやりなさい」とデバイス経由で命令する事で、どこかにあるロボットが「もう一人の自分」の命令に従って、その作業を延々やる事ができる。

 デバイスの操作の熟練度が増してくると、脳内にいくつものアバターを作り、いくつもの作業を同時に行う事もできるのだ。


 地球では「人が一人でできる作業には限界がある」のが常識だった。

 なので、大変な作業をするには沢山の作業員が必要だったし、技術力を要する仕事なら熟練の技師を探す必要があった。


 しかし、この世界では俺自身がノウハウを身に着けておけば、脳内で生成されるアバターはすべてそのノウハウを活用してロボットを操作できる。

 なので、ほとんどの事が「一人で完結できるようになる」のだ。

 しかもロボットはこの世界のどこにでも居て、命令を受託するロボットは適材適所で自動的にあてがわれる仕組みになっている。


 こんな説明じゃ訳が分からないかも知れないが、とにかく「地球人がおよそ考えつく便利な技術は、この世界にはすべてある」のだ。


 だから、野望さえ持てば何でもできる。


 しかし、「強欲、傲慢」な行動はこの世界の法で禁じられている。


「自分の思いのままに好き勝手に生きたい」のならば、この世界の法が及ばない「惑星開拓団」の一員になって、他の惑星に移住する事が、唯一合法に「強欲、傲慢」を行使できる手段となる訳だ。


 なので、まずは中等学校で勉強して虎視眈々こしたんたんと準備をし、「惑星開拓団」を目指す事が、俺の目下の目標になるだろうな。


 でもまだ父さまに迷惑はかけられない。


 あと数年は「いい子」でいなくちゃならない。


 俺の野望は、時が来るまでは絶対に誰にも知られちゃいけないのだ。

  



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