【リメイク版】氷河期ホームレスの異世界転生~俺が失ったすべてを取り戻すまで~

おひとりキャラバン隊

無知の頃

第1話 一冊の本

「何だこれは?」


公園のベンチに、背負っていたリュックをドサッと降ろした時に、ベンチの肘掛けあたりに放置されていた、国語辞典くらいの大きさの、ぼんやりと光っている様にも見える「その本」を見て、俺はそうつぶやいた。


 俺の名前は吉田松影、東京在住のホームレスだ。


 2035年の12月、つまりは今から2か月後に60歳になる。


 あ、ホームレスと言っても、どこかの駅の廊下や橋の下で段ボールハウスを作って生活している訳じゃないぞ?


 東京の池袋にあるインターネットカフェのブースに住んでいる、いわゆる「屋根持ちのホームレス」ってやつだ。


 自慢じゃないが、ホームレスの中でも「インターネットカフェで暮らしている」というのは、「社会復帰に一番近いホームレス」って事で、ホームレスコミュニティの中ではちょっとした上位種扱いなんだぞ?


 とはいえホームレスだろって?


 まあ・・・、そうです、はい。


 ホームレスになった理由?


 それはまぁ・・・、政治のせいだな。


 そんなの言い訳だって?


 ・・・まあ、そう言われればそうかも知れないけどな。


 でも、ロストジェネレーションとも呼ばれる俺達「就職氷河期世代」には、俺みたいな奴が沢山いるんだぜ?


 ちょっとだけ、身の上話をさせてもらってもいい?


 え? 駄目?


 じゃあ、これは俺の独り言だと思って聞いておくんなさい。


 今から60年近く前の昭和50年12月、神奈川県の相模原市ってところで俺は生まれたんだ。


 サラリーマンの両親の元で、贅沢な暮らしでは無かったけど、決して貧しい家庭では無かったんだよ。


 俺には兄弟が居なかったのもあって、俺は両親の愛情を独り占めにして、すくすくと育つ事が出来たと思う。


 当時の日本は高度経済成長の真っただ中で、「いい大学に入ればいい会社に就職できて、人生は安泰だぞ」なんて言われて、勉強ばかりさせられてきたっけな。


 高校受験や大学受験は、それはそれは大変だったぞ。


 限られた募集人数の中に食い込む為に、塾に通い、家庭教師を雇い、いわゆる「受験戦争」を戦ってきた訳だ。


 結局、一流大学には合格できなかったけど、そこそこレベルの高い東京の大学に合格できた俺は、実家を出て東京で独り暮らしを始めたんだ。


 が、俺が大学で頑張っている4年間の間に、日本の経済は音を立てて崩れ出したのさ。


 みんなも聞いた事があるだろ?


 そう、「バブル経済の崩壊」が始まったんだよ。


 大企業が次々と倒産したり、大企業同士の統廃合みたいな事が沢山起こって、サラリーマンの大量解雇が起こったんだぜ?


 聞いた事があるんじゃないか? 


 いわゆる「リストラ」ってやつさ。


 俺の父親もリストラの対象になって、当時45歳だった父親は、なかなか次の就職が決まらなかった。


 当時はどこの企業も35歳以上の人を雇うなんて事はしてなかったんだよ。


 相模原の自宅は一戸建てで、まだ20年以上のローンが残っていて、その返済の為に母親と俺がパートやアルバイトで頑張っていたんだけど、慣れないパートの仕事が仇になったのか、母親は病気になり、次の就職が全然うまくいかなかった父親はある日、首を吊って自殺をしちまった。


 結局、住宅ローンは両親の生命保険のお金でも清算しきれず、銀行に差押えられてしまった。

 俺は両親が残したものが何もないままに、アルバイトをしながら大学の学費をまかない、必死で大学で勉強しながら就職活動もしたんだ。


 けどさ、いざ俺が就職をしようって時には、大企業はどこも不景気で、求人なんてしていなかったんだよな。


 で、俺もその煽りを食って、就職に失敗。


 結局、大学を卒業してからもアルバイトで生計を立てながら生きるしか道は無く、数年間はそうして一人で生きていたんだ。


 数年後、大企業が求人を開始したんだ。


 でも、その時に就職できたのは、その年に学校を卒業する、いわゆる「新卒」ばかりで、俺達の世代は取り残されたまま、その後もチャンスに巡り合う事が出来ないままに20年近くを生きていくハメになったんだよ。


 聞いた事があるだろ?


 ロストジェネレーション。


 そう、俺達はそうして「失われた世代」なんて呼ばれる様になった訳さ。


 俺はそれからも色々なアルバイトをしながら生きて来た。


 就職活動だって沢山した。


 だけど、何のビジネススキルも身につかないまま生きて来た俺達に、企業は興味なんて示さなかった。


 そうして、40歳を超えてもアルバイトや派遣労働しか経験できなかった俺に、更なる不幸が訪れる事になった。


 2020年、世界で「新型コロナパンデミック」が起こったんだ。


 俺が派遣されていた会社は「リモートワーク」に移行して、物流倉庫の業務を半分ロボットで行う方針に切り替えた。


 俺達派遣労働者は2020年の夏に契約が切られ、そこから次の仕事を見つける事は困難だった。


 たいした貯蓄も無く、たいしたスキルも無い。


 住んでいたアパートの家賃も払えなくなりそうだったので、止む無く俺はアパートを解約する事にした。

 

 とはいえ、仕事を探す為にも「住所」が必要だ。


 そこで池袋にあるとあるインターネットカフェが「住民票を登録できる」と聞いて、早速そこに住所を移す事にした訳だ。


 薄暗い店内に薄いブースの壁で仕切られただけの、畳1枚分のスペース。


 それが俺のパーソナルスペースだった。


 家賃は1か月3万6千円。


 そこで俺は、次の仕事が決まるまで日雇い労働の仕事を斡旋する会社に登録して、日銭を稼ぎながら生きて来たんだ。


 結局、今日までの20年間をずっとそこで生活する事になってるんだけどな。

 

 そうそう、今はその日雇い派遣で交通整理の仕事をしている。


 今日も交通整理の仕事で深夜まで働いて、最終電車に間に合わない事を知って徒歩で帰宅する為にトボトボ歩いていたんだけど、安全靴を履いたまま歩いていたせいで足が痛くなって、途中通りかかった公園のベンチで休もうと思ってここに来たって訳だ。


 で、ベンチで見つけた「その本」なんだけど・・・


「何か・・・、光ってる?」


 今も社会の落ちこぼれの俺だが、いつでもどこかの企業に就職できるようにと、読書だけは人一倍やってきた。


 インターネットカフェには、無料で読める沢山の本があったからな。


 ビジネス書も色々読んだし、小説や漫画も読んだ。それらは知識の蓄積や考え方の参考書としては勿論、俺の心を満たす現実逃避としても大いに役立った。

 

 そんな俺の前に、うっすらと怪しげな光さえ放っているようにも見える、国語辞典くらいの大きさの本が放置されているのだ。


 周囲を見回してみたが誰も居ない。


「うーん・・・」


 ま、誰かの忘れ物なんだろうが、調べたい事など今はインターネットでいくらでも調べられるし、大して重要な本でもないんだろう。


「枕にするのにちょうどいいかも知れないな」


 俺はそうつぶやきながら、帰宅するのも面倒になって、公園のベンチで寝る事にした。


 今住んでいるインターネットカフェの家賃は、毎月月初に当月分を支払う事になっているから、今日帰らなかったからといって、店員もいちいち目くじら立てるような事は無いだろう。


 それに今は10月。今日は天気もいいし夜は涼しくてベンチで寝た方が気持ちがいいかもしれない。


 俺は放置された本を枕にして、ベンチで寝ようと体をベンチに横たえた。


「うーん、ちょっと枕が高すぎるな」


 俺は、ちょうどいい高さの枕になるようにとその本のページを数ページ開いた。


 なんとなく開いたページには何も書かれていなかった。


「ん?変な辞典だな」


 そう思って他のページもペラペラとめくってみたが、どこにも何も書かれていない。

 どうやら、国語辞典ではなさそうだ。


 でもまぁ、何も書いてない割には立派な表紙の本だが、今は枕として役立ってくれればほかの事はどうでもいい。


 俺は適度な高さになるようにページをめくり、本を枕にして寝る事にした。


 そして俺が開かれた本に頭を乗せた瞬間、それは起こった。


 その本が突如青白い光を放ち、俺の後頭部に張り付いたかと思うと、ものすごい量の情報が俺の頭の中に津波の様に流れ込んできた。


「うおおおお・・・」


 俺はまるでその本に飲み込まれるような錯覚を覚えて立ち上がろうとしたが、体はピクリとも動かない。


 その間もとんでもない量の情報が頭の中に流れ込んでくる。


 どれくらいの時間が経ったのか分からない。ほんの数秒の事かも知れない。


 やがて本の輝きが消えたかと思うと、金縛りにあったように動かなかった俺の身体は何事も無かったように動かせるようになった。


「はあ、はあ・・・」


 俺はその場で体を起こして「その本」を見た。


 さっきまで、なんとなくぼんやり光っていたように見えたその本からは何の気配も感じなくなり、ただの「中身が白紙の分厚い本」だけがそこにあった。


「何だったんだ一体・・・」


 俺は疲れて夢でも見ていたのか?

 

 それにしてはリアルな夢だったが・・・


 まあいい。


 とにかく今は寝よう。


 明日は仕事も無いし、ネカフェでダラダラ過ごせる貴重な休日だ。


 動画サイトで最近の出来事も確認しておきたいし、人生の最後くらいは「人並の生活」を経験しようという目標をあきらめた訳でも無いしな。


 そうして俺は、なんとなく痺れる頭をボリボリと掻きながら、俺はまたベンチに横になったのだった・・・

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