連絡

大槻アコ

連絡

駅で財布を落としたが、そもそも財布を持ってなかったかもしれない。


家のなかにも見つからず、受話器を手にとるとバナナだった。


電話はすこし前に売り払っていた。


帰りに中華を食べたのでお腹は空いておらず、バナナは犬に与えることにした。


庭に出ると犬がいない。どこかに逃げたのかもしれない。


振り返ると家がなく、階段だけが残されていた。


二階から父が呼ぶ。


私のことを怒 っているのかもしれない。


階段をのぼっても誰もいなかった。スマートフォンは圏外 だった。


父にメッセージを送った。バナナがすこし黒ずんでいます。


スマートフォンを地面に置き、まばたきすると水たまりになった。


そこには階段も私も、何もうつってはいなかった。誰かはそこに井戸をつくり、せわしなく水をくんでいるようだったが、私にはなにも見えなかった。


それは目を閉じていたからかもしれず、ふたたび目を開けると白い部屋にいた。


部屋かどうかもわからない。


ただ白い空間が無辺にひろがっていた。


ここが本だとすれば私は文字にあたるのかと思ったが、すでに自分の身体が見えなくなっていた。


私は安心して真っ黒なバナナを耳に当てると、君に電話をかけた。私は花が好きだ。





(了)

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