十六 鎌鼬

 夜九ツ半(午前一時)。

 新大坂町のお堀端にある廻船問屋吉田屋の奥座敷の廊下で、天井板が外れた。黒い影が音も無く廊下に舞い降りて背の刀を使って天井板を元通りにし、廊下の障子戸を引いて雨戸の閂を外して音も無く雨戸を開けた。

 戸外からすっと音も無く、黒覆面黒装束の男が廊下に上がった。黒い影は雨戸を閉めて閂をかけ、障子戸を閉めた。そのあいだに黒装束の男は奥座敷の障子戸を引いて中へ入った。男を追うように黒い影も奥座敷に入り、障子戸を閉めた。


 黒装束の男は臥所で眠っている吉次郎の右側に立った。

 気配に気づいて吉次郎が目覚めたが、有明行灯の薄明りでは状況がわからない。

 黒装束の男に気づき、吉次郎が床の間の刀に右手を伸ばそうとして身体を左へ捻った。 その瞬間、黒装束の男が抜刀して、吉次郎の右頸動脈と喉を鋒で刎ねた。吉次郎は声も出せぬまま、血潮が噴き出る首筋を押さえたが、まもなく事切れた。


 吉次郎が事切れたのを確認して、黒装束の男は懐紙で刀身に拭いをかけて鞘に納め、懐紙を懐に入れて黒い影に頷き、屈むように膝を折った。

 黒い影は黒装束の男の膝と肩を駆け上がり、座敷の隅の天井へ舞い上がった。そして、天井板を外して屋根裏に入り、太い麻縄を座敷に垂らした。

 黒装束の男は麻縄を掴むといっきに屋根裏へ登った。

 天井板が閉じられ、奥座敷に吉次郎だけが残った。廊下にも奥座敷にも、戸外の土や砂は残っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る