十二 探り その三

 その頃。

 藤兵衛と正太は、奉公人を人払いした肥問屋吉田屋の座敷にいた。

「仁吉さん。正直に話してください。白鬚社の浪人は仁吉さんの知り合いだな」


 仁吉は特使探索方の藤兵衛に見つめられて、何を話そうか考えていた。

 昨日の藤兵衛の聞きこみで、仁吉は白鬚社の浪人に話が及ぶのをさけていた。隅田村の村人にも特使探索方の聞きこみがあったが、村人は白鬚社の浪人たちの事は話さなかった、と聞いていた。白鬚社は隅田村が管理している。村人か許可しない限り、誰も番小屋には住めない。村人と浪人の関わりが強いのははっきりしている。浪人との関わりが特使探索方に知れるの時間の問題だ。そう思って仁吉は横に正座しているお藤に目配せして意向を確認した。お藤は小さく頷いた。仁吉は腹を括った。

「すみません。石田さんたちに迷惑がかかると思って黙っていました。

 実は・・・」

 仁吉は石田たち浪人について説明した。


 吉次郎は、香具師の元締藤五郎に頼んでその筋の浪人者を使って、他の肥問屋の縄張りと隅田村の肥問屋の店を奪って、店の名を肥問屋吉田屋に変えた。

 肥問屋吉田屋を開店する際、吉次郎は他の肥問屋の報復を恐れた。吉田屋で百姓たちに挨拶する折、藤五郎に頼んで、浅草寺に住みついていた無宿の浪人石田たちを集めてもらって雇い、吉次郎の身辺を警護させた。警護といっても、石田たちは吉次郎が挨拶する席に同席しただけで、肥問屋吉田屋の開店は何事もなく穏やかに行われた。

 石田たち浪人たちは礼儀正しかった。石田たちの態度に、百姓たちは好感を持った。それがきっかけで、百姓たちは、事あらば助けて欲しい、と石田たちに頼み、白鬚社の管理をしてもらう条件で番小屋に住んでもらって、お礼に米や味噌、野菜、魚などを届けた。

 石田たちもできた者たちで、村人の恩に報いるために、いろいろ日銭を稼いで、紙と筆と硯と墨、算盤などを買い求めて、百姓たちや隅田村や若宮村の子どもたちに読み書き算盤を教えた。最近は隅田村や若宮村だけでなく、堀切村や寺島村、須崎村、小梅村、押上村からも、子どもたちが手習いに集っている。



「石田さんたちは、私が依頼した弥助さんの下肥の買付けも、快く手伝ってくれました。そういう石田さんたちが、弥助さんを斬殺するはずがありません」

「昨日話した下肥買付けの事だな」

「はい」

「弥助さんがじかに下肥を買付けた事が、吉田屋吉次郎に知られたか」

「はい、おそらく・・・」

 仁吉は肥問屋吉田屋の大福帳を見せた。

 昨年暮れの大福帳の記載に、弥助たちが買付けた長屋や大店の下肥の数は記録してある。

 弥助の取り分は個人宅だ。肥問屋吉田屋の名で買付けて、同じ値で弥助が買いとった分は大福帳に載っていない。たしかに話したとおりになっている。


「昨年暮れ、肥問屋吉田屋だと言って、浪人が日野道場の下肥を買付けていった。

 弥助さんが日野道場の下肥を買付けた折、浪人たちの他に誰が助っ人をしていたのか」

 藤兵衛は、弥助が日野道場の下肥を買付けた折の助っ人が誰か、気になった。徳三郎の話から、弥助を手伝っていたのは浪人者の他に、もう一人いたはずだ。


 仁吉は、弥助が斬殺された訳が去年の暮れの下肥買付けにあるなら、弥助を手伝っていた助っ人にも害が及ぶ、と藤兵衛考えているのを感じた。今日も仁吉は、肥問屋吉田屋の店先で話すのを気にして、人払いした奥座敷に、藤兵衛と正太を招いている。

 仁吉の横に座っている女房のお藤が仁吉に小さく頷いた。


「弥助さんの助っ人は石、田さんと若宮村の太吉さんです。暮れに買付けにいった折、

『買付け先で弥助さんが廻船問屋吉田屋の奉公人と鉢合せして挨拶した』

 と太吉さんがこっそり私に教えてくれました。

 弥助さんは隅田村の世話人です。その弥助さんが下肥買付けをしていたとなれば、肥問屋吉田屋の縄張りを荒したことになります・・・。

 先ほど、今日昼四ツ(午前十時)、弥助さんの家で葬儀をすると連絡がありました。

 私もお藤と葬儀に参列するつもりです」

「太吉さんと石田さんも葬儀に出るのか」

 葬儀と聞いて藤兵衛が何かに気づいたのを感じ、仁吉は傍らにいるお藤を見つめた。

「出ると思います。今時分、石田さんの所にも、葬儀の連絡が伝わったかと」

「吉田屋吉次郎は、弥助さんを、肥商いの縄張りを荒した百姓と見ているはずだ・・・」

 そう言って藤兵衛は仁吉を睨んだ。


「太吉さんと石田さんが危ないっ。私たちもだ・・・。

 葬儀の連絡のあとに、廻船問屋吉田屋から、

『警護の者を三人さし向けたから、ともに行動するように』

 と連絡がありました。おそらく私たちにさし向けた刺客だと思います」

 仁吉は緊張を装ってそう言った。傍らのお藤はおちついたままだ。お藤は、葬儀に列席する石田たち浪人が、太吉たち百姓を守ると思っている。


 やはり香具師の元締藤五郎の養女と手下だけのことはある・・・。藤兵衛はそう思いながら警告する。

「吉次郎は、肥商いの縄張りを荒した者を始末する気だ。

 いずれ、弥助さんに話を持ちかけた、仁吉さんにも手がまわる・・・」

「では、葬儀の列席は・・・・」

「人前では手だしせぬだろう。夜はしっかり戸締まりして、誰も家の中に入れるな。

 俺たちはこの事を太吉さんに知らせる。太吉さんは家にいると思うか」

「おそらく、弥助さんの家で葬儀の手伝いをしていると思います」

「わかった。くれぐれも、一人歩きせぬよう、気をつけてくれ。

 俺たちは弥助さんの家へ行くっ」

 そう言って、藤兵衛は正太とともに肥問屋吉田屋の座敷を出た。


「特使探索方と石田さんたちで、太吉さんたち百姓を守ってくれるといいのだが・・・」

 仁吉がお藤の耳元で囁くと、お藤が囁きかえした。

「心配には及ばぬ、石田さんは居合いの達人。敵う者はおらぬ。

 それより、お前さんが吉次郎のさし向けた警護の者とともに、弥助さんの家へ行く道中が心配だ」

「私が殺られれば、吉次郎がさし向けた三人が下手人とわかり、吉次郎は捕縛される。

 三人が私らを殺るのは、人目につかぬ時だ・・・」

「刺客が襲ってくるのは夜か・・・。だけど、用心しておくれ・・・」

 そう言ってお藤は仁吉から離れた。

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