七 報告

 その頃。

 亀甲屋の斜め向いの南材木丁の店の角で、藤兵衛と正太は亀甲屋を見ていた。

 辻売りたちが、店の外まで仁吉とお藤に見送られ、何事もなく戻ってくるのを見て、藤兵衛はほっと安堵した。藤兵衛たちは距離をおいて辻売りたちを追った。


「すまねえ。様子を聞かせてくれ」

 藤兵衛は、大伝馬町の自身番への道すがら、三人が語る仁吉とお藤の説明を聞いた。


「頭領。お藤さんの言葉が気になります。頭領はどう思いますか」

 与五郎は、

『未練はあります。香具師仲間も私と同じ思いのはずです』

 と言うお藤の言葉を気にしていた。

「企んでるのは、お藤と仁吉もか・・・」

 どっちが先に殺るか殺られるかだ、と藤兵衛は思った。

「はい、いずれ、何かが起りそうです」

 与五郎は不安を隠せない

「道場へ戻ろう。唐十郎様はまだ道場に居る」

 藤兵衛たちは、大伝馬町の自身番へ向かっていたが、通旅篭町へ踵を返し、浅草熱田明神そばの日野道場へ向った。



 小半時後。

「お藤たちが所払いになるのは、来月、霜月(十一月)だ。

 しばらく、様子を見るしかあるまい」

 日野道場の座敷で、徳三郎は与五郎たちの話を聞き、特使探索方にそう言った。


「お藤たちの探りを続けますか。伯父上」と唐十郎。

「お藤が隅田村の肥問屋吉田屋に移ってすぐさま殺害されれば、吉次郎が疑われる。仁吉たちが肥商いに慣れるまで、吉次郎はお藤に手を出すまい。

 与五郎。仁吉たち奉公人が肥問屋の商いに慣れるのに、如何ほど日がかかかるものか」


「長くてもひと月かと・・・」

 辻売りも品物を仕入れて商う。肥商いも金肥や下肥を仕入れて商うから、廻船問屋亀甲屋と同じだ。亀甲屋の奉公人だった者たちが肥商いを仕切るのだから、慣れるまでにそう長くはかからない。吉次郎がお藤を手にかけるとすれば、仁吉たち奉公人が肥商いに慣れるひと月後当たりだろう・・・。与五郎はそう思った。


「お藤は、吉次郎がしかける前に、吉次郎を消そうと考えておるだろう。

 藤五郎の息がかかった香具師たちの動きと、吉次郎の手下たちの動きを探ってくれ」

 徳三郎は特使探索方にそう指示した。

 お藤は藤五郎の養女で藤五郎の正統な跡目だ。香具師の縄張りを得るため、藤五郎の手下だった者たちと連絡を取るはずだ。儂と藤堂様が北町奉行に直談判して、お藤と亀甲屋の奉公人を江戸所払いにした事を、無駄にはできぬ・・・。


 神無月(十月)の晦日。

 仁吉とお藤たちは亀甲屋を出て、古隅田川の堀切橋南詰め河畔にある、肥問屋吉田屋の長屋に新居を構えた。

 その後、特使探索方は、藤五郎の息がかかった香具師たちの動きと、吉次郎の手下たちの動きを探ったが、異変は無かった

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