罪をきせられ断罪された聖女は愛読書だった恋愛小説のモブキャラに転生して溺愛されることになりました

鳥花風星

前編

「エルレア!聖女の名を語った罪を罰し処刑する!」


 偽物!さっさと消えろ!などと罵声があちこちから聞こえる中、聖女エルレアは処刑台へ引き摺られるようにして歩いていた。

 美しいブロンドの髪はボサボサになり、色白の肌は土で汚れ、タンザナイトのような美しい瞳も色褪せたように虚ろだ。


(偽物じゃ無いのに……どうして)


 エルレアを妬んだもう一人の聖女、正確には聖女候補であった女にありもしない罪を被せられ、あれよあれよという間に処刑されることになった。その女は今聖女として王の隣に座り、エルレアを見下しながら嬉しそうに微笑んでいる。


(もう、どうでもいい。どうせあの女には聖女の力はないんだから、この国もいずれ滅ぶでしょう)


 自分がいなくなった後のことなんてもう知らない。ちゃんと調べもせず口車に乗せられ本当の聖女を処刑するような国は滅んだほうがきっと世界のためになる。そう思ってしまうくらいにはエルレアは疲弊し傷ついていた。


(どうして聖女になんてなってしまったんだろう。次に生まれ変われるなら聖女なんかじゃなくて、どこかの令嬢になって愛する人に溺愛されるようなそんな人生を送ってみたいな)


 処刑台に上がりはり付けられたエルレアはそっと静かに瞳を閉じた。エルレアを取り囲むように配置された魔法使いたちが一斉に炎の魔法をかけると、エルレアは一瞬で炎にのまれ消えていった。





◆◇◆◇



「……ア、エルレア」


 ユサユサと体を揺らされ呼ぶ声にハッとする。目を開くと目の前には美しい顔立ちの男がホッとした顔でエルレアを見つめていた。


(え?待って?この顔、めちゃめちゃタイプなんですけど!!)


 風にサラサラと靡く美しい金髪、エメラルド色の瞳、誰がどう見てもイケメンだというであろう整った顔だち。しかも少し低く落ち着いた優しい声音。まるで生前エルレアが数少ない娯楽として愛読していた恋愛小説に出てくる憧れの騎士のようだ。


 目の前の美しい顔に思わず身体中が熱くなる。顔はきっと真っ赤になっているであろう。そんなエルレアを見てその男は目を見張り、すぐに目を逸らしてコホンと咳払いをした。


「よかった、急に気を失ったからどうしたのかと思ったよ」


 気を失った、というのは一体どういうことだろうか。確か自分は炎に焼き尽くされたはずだった、炎の熱さは全く感じないまま意識が無くなってはいたが。そもそもここは一体どこで目の前の美しい顔の男は一体誰なんだろう。キョロキョロと辺りを見渡すとどうやらどこかの庭園のようだ。王城にも庭園はあったが聖女の頃は忙しくて庭園など滅多に足を踏み入れたことはなく、今いる庭園も見覚えはない。


「イリウス様。そろそろ日も傾いてまいりました、屋敷の中へ」


 ふと気配を感じてそちらを見ると、灰色の長めの髪を一つに束ねた男がそう言って切長の瞳を静かにエルレアたちに向ける。


「そうだなヴェイン。エルレア、寒くなる前に屋敷へ戻ろう」


 イリウス様という名前、そしてヴェインと呼ばれた側近のような姿をした男を見た瞬間にエルレアは雷に打たれたかのような衝撃を受ける。


(イリウス、様……?それにヴェインと呼ばれた男の見た目も名前も……いやまさかそんな)


 驚きで動けないエルレアへ手を差し出し、イリウスは首を傾げてエルレアを見た。


「エルレア?さっきから様子がおかしいけれど大丈夫?」

「……えっと、いえ、あの、すみません、何でもないんです……あっ!」

「危ないっ」


 動揺し立ち上がったはずみで思わず前のめりになる。それをイリウスがしっかりと抱き止めた。細く見えた体は意外にもしっかりと鍛えられているのがわかり、自分とは違う男らしい体つきに思わずまた身体中に熱が走る。しかもとても良い香りがして余計にクラクラしてしまう。


「す、すみません!」


 慌てて離れようとするがそれを制してイリウスが静かにゆっくりとエルレアを支え起こしてくれた。


「落ち着いて。大丈夫だよ、気にしないで」


 フワッと優しく微笑まれエルレアはまた倒れてしまいそうだ。だが、ここで倒れてしまってはまたイリウスに迷惑をかけてしまう。何とか気を保ってエルレアはイリウスにエスコートされながら屋敷へ向かった。





 屋敷に戻り少し話をするとイリウスとヴェインは馬車で帰っていった。よくわからないまま自分の部屋だと言われた場所へ行き、部屋の中のソファに腰掛ける。


(え、え、え?どういうこと?)


 イリウスとヴェインとの会話で、今いる世界がなぜか生前の数少ない娯楽の一つで愛読書だった恋愛小説の世界と同じだということがわかった。いや、そんなことはあり得ない。絶対にあり得ないのだが、何をどう聞いても、どこをどう見てもその世界なのだ。


 その愛読書は、伯爵令息で騎士のイリウスが主人公である子爵令嬢のメアリと恋に落ち、紆余曲折ありながらも身分差の愛を育んでいく王道のラブストーリーだ。

 聖女は恋愛などすることは許されず、恋というものがどういうものなのかも全くわからなかった。ただ、恋愛小説の中のイリウスに憧れを抱きながら日々の忙しさを何とか乗り越えていたのだった。


(あの小説の中にエルレアなんてキャラは当たり前だけど登場しなかったわ。アディス伯爵家の長男ジオルは確か脇役でたまに出てきていたけれど、妹なんていなかったはずだし……)


 生前に聖女だったエルレアは、この世界ではエルレア・アディスというらしい。兄の名がジオルらしいので恐らくはそのキャラの妹ということなのだろう。

 どういうことなのかさっぱりわからない。作中ではアディス家にイリウスがやって来るシーンなどどこにもなかったはずだ。なぜ彼はこの家に来てジオルの妹と話をしていたんだろうか。そもそも夢でも見ているのだろうか?

 そうだ、これはきっと夢だ。死ぬ間際、もしくは死んでいる最中なのかもしれないが、都合のいい夢を最期に見ようとしているのかもしれない。そうでなければこんなことはあり得ないしおかしいのだから。


(死ぬ間際に、令嬢になってみたいという願望が見せた夢なんだわ、きっと。あぁ、もしかしたらこれから素敵な方に出会って恋に落ちるのかもしれない。そうだわ、どうせ死んでしまうなら、夢の間は楽しんでしまおう!これは神様がくれた束の間の幸せかもしれないし)


 どうせ死んでしまうのだから、という諦めにも似た感情が、エルレアにこの世界を楽しもうと思わせたのだった。






「はぁ!?私がイリウス様と婚約してる!?」


 翌朝、エルレアの声がアディス家の屋敷中に響き渡った。エルレアの様子に、兄のジオルは口をあんぐりさせて驚いている。


「なんでそんなにびっくりしているんだ?お前たちの婚約は三ヶ月も前に決まったことだろう。イリウスから直々に申し込みがあって、今まで二人とも仲良く過ごしていたじゃないか、昨日だってイリウスが来ていたのはお前に会うためだろ」


 イリウスとジオルの妹が婚約している。そんなストーリーはどこにもなかった。イリウスと恋仲になるのはメアリだ。なぜ脇役のジオルの妹がイリウスと婚約しているのか。そもそもあの小説にはジオルの妹など存在しない。


「メアリは?メアリはどうしてイリウス様と恋仲ではないのですか?」

「メアリ?誰だそれ?どこかの御令嬢か?」


 何を言っているのだこいつは、という顔でジオルはエルレアを見てため息をつく。どういうことだろうか。小説では社交パーティーでイリウスがメアリに一目惚れをし、距離を縮めるうちにメアリの内面にも惹かれ恋に落ちるはずなのだ。


(もしかして社交パーティーでまだ出会っていないとか?次のパーティーはいつ?)


「お兄さま、近々社交パーティーが開かれる予定はありませんか?」

「それなら明日だろ。お前、楽しみにしてたじゃないか。どうかしたのか?昨日からなんかおかしいぞ」


(明日!明日なのね!メアリとイリウス様が出会うのは!)


 目を輝かせるエルレアに、ジオルが衝撃の一言を浴びせた。


「そもそもイリウスにお前以外の恋仲の女性がいるわけないだろ。イリウスはお前にゾッコンなんだし」


 お前にゾッコン、その言葉はエルレアの脳内にリフレインする。絶句してジオルを凝視するエルレアを、ジオルは本気で心配し始めた。


「お前、本当におかしいぞ?頭でも打ったのか?医者を呼ぶか?」

「い、いえ!大丈夫です!お気になさらず!」





(ダメダメダメダメ、イリウス様と恋仲になって幸せになるのはメアリなのよ。私じゃないわ)


 ジオルとの話が終わり部屋に戻ったエルレアは首をブンブンと横に振ってじっと窓の外の青空を見つめる。


 死ぬ間際、どこかの令嬢になって愛する人に溺愛されてみたいと確かに願った。だが、憧れでもあるイリウスに自分が溺愛されるのは嬉しいけれど違う。そもそも小説の中のイリウスに憧れたのは、メアリを一途に愛するイリウスだったからだ。メアリを愛するイリウスは幸せそのもので、そんなイリウスの様子を小説で読むたびにエルレアは幸せな気持ちになっていたのだ。

 

(私なんかがイリウス様の幸せを邪魔してはいけない。イリウス様は主人公のメアリと一緒になってこそ幸せなのだから。明日、二人の仲を取り持ってみせる)


 そう思いながらもなぜか胸がズキリと痛む。だがそんな痛みに気づかないフリをして、エルレアは明日の社交パーティーに思いを馳せた。




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