第32話 カミーユ・ファス・ドゥラ・エデン

 随分な歓迎を受けたサクラと俺は、取調室? に連れて行かれた。


 まあ、事前に想定していた事態だから驚きは少ない。

 問答も何度も練習したから直ぐに解放されるだろう。


「ヤンセンさん。武器も持っていない者に対して槍を突きつけ脅すのか? レオニラン公国はよほど臆病なのだな」


 取りあえず煽っておく。

 いきなり槍を突きつけられ命令される謂れは無い。

 俺は使徒だが聖人君子では無い。


「……」


 弱虫呼ばわりされて激高しないのは流石騎士団長だ。

 

「それから、サクラと俺はただ歩いてこの国に来ただけで犯罪者扱いか? この扱いは君の判断なのか? それとも閣下の指示なのか?」

「質問は受け付けない。答える事も無い」


 まあ、当然ですね。

 警察の取り調べで警察の事情なんて話さないだろうし。


「君は騎士団長として正しい行為をしていると思っているのだろうが、ドッグタグも確認せずに犯罪者扱いをされる謂れは無い。俺達が問題を起こしていたならば素直に認め罰を受けよう。しかし、そうで無かった場合は……」

「カミーユ。あまり困らせてはいけないわよ。私は無事入国して沢山お買い物して、楽しい新婚旅行が満喫出来れば満足なんだから。私はヤンセンさんがこれから正しい判断をすると思っているわよ」


 飴と鞭作戦だったが、飴と鞭にならなかった。

 やはり付け焼き刃では駄目だな。

 しょうがないからサクラと普通に話そう。


「俺はヤンセンさんが正しい判断が出来るとは思わないな。今だってドッグタグを確認しようともしないんだから。もし俺が立場ある人だったらどうするのかね? 下手すれば戦争になる事案だよ?」

「あのねカミーユ。普通は立場ある人は夫婦二人で旅行しないの。しかも徒歩。立場ある人と思えって方が無理ね。それに魔獣ね。普通お金のために魔獣を狩って換金しようとは思わないのよ。普通はね」


 俺が普通では無いみたいに言わないで欲しい。

 サクラも大概だからね。に関しては


 そんな話をしながら歩いていたら城門の前まで来ていた。

 槍を突きつけられながらも、普通に歩いていたら着いてしまった。

 騎士諸君、護衛ご苦労様。


「それで俺達はどうすれば良いんだ?」

「男はこっちへ。ルシアナ様はあちらへ」


「なあ、ヤンセンさん。俺の妻はサクラと何度言ったら判る。ルシアナ様というのも何処かの高貴な方なんだろ? 人違いでしたは通用しないぞ。少なくとも俺とサクラと周りの騎士は確かにヤンセンさんの言葉を聞いているからな」


 まあ、サクラはルシアナだから正解なのだけれど。


「ルシアナ様のお姿を見間違えるはずが無い。いくら服装を変えようともな」


 ヤンセンさんの言うとおりだね。

 こんな美人が他にいてたまるかって話だ。


「じゃあ、カミーユ後でね」

「酷い事されたら『熊どーん』って叫べ。俺と熊どんが駆けつける」

「熊どんが来たら大変だから、カミーユだけ呼ぶわね」


 緊張感の欠片も無くそれぞれ指示された取調室? へと向かう。

 聞かれた事に素直に答えるだけだ。

 たとえ小さな嘘でも、後から辻褄が合わなくなる。

 

 まあ、サクラがルシアナでは無いと言う嘘をつくのだが……。


「この不当な扱いについて説明して欲しいが、先ずは俺とサクラにそれぞれ弁護士を手配してくれ。公平な扱いを求める」

「弁護士? 何だそれは。貴様はそこで待っていろ」


 弁護士はいないのね。

 まあ、君主制であれば当然と言えば当然だな。

 控え室は牢屋なのね。

 流石の俺も怒ってしまうよ?


「これはどういう事だ? 何時から俺は犯罪者になったんだ?」

「質問は受け付けない。答える事も無い。何度も言わせるな」

「まあ、別に構わないが……。まあ、言っても無駄か」


 何を言っても無駄だろう。

 いくら真実を話そうとも、彼の耳に届く事も無ければ、行動が変わる訳が無い。

 もしかしたら、俺の上司もこんな心境だったのかも知れない。


「しかし、何時まで待たせるんだ? 宿の確保もまだなのに」

【入国すらしていませんが……】


 おっ。ヘルピーのツッコミは切れが良いね。


既に二時間くらい経過している。

 いくら何でも遅い気がする。

 サクラは酷い扱いを受けていないだろうか。


「君達は転属を願い出た方が良いぞ。最悪責任を押しつけられるぞ」

「「……」」


 一応見張り役として兵隊さんが二名いるが、答えは無い。


「行くところが無ければ、エデンに来れば良い。悪いようにはしないぞ?」

「「……」」


 勧誘活動は地道にして行かないといけないのだ。

 何せエデンは俺とサクラ、魔獣達しかいないからな。

 何をするにも人がいる。


 エデンは観光都市になる。

 仕事はいくらでもある。

 人柄重視で採用する方針だ。



「だ・か・ら。何度同じ事を言わせるの? 私はサクラ。夫のカミーユと新婚旅行に来ただけだって行ってるでしょ!」


 突然サクラの声が聞こえてきた。

 目茶苦茶怒っている。


「エデン王妃である、サクラ・ファス・ドゥセ・エデンとして伝えます。今から一時間以内に然るべき対応を取らない場合、宣戦布告とします」


 サクラに此処まで言わせるとは、かなりあれだぞ?

 新婚旅行を楽しむために騒ぎは起こさないのは基本方針だったからな。

 揉め事が起きる事は予想していたが、まさか此処まで大事になるとは予想外だ。


 因みにサクラの名前が長くなったのはドッグタグの情報で知った。

 出発前に確認したら変わっていた。


 俺はこんな感じ。

 ****************

 名前:カミーユ・ファス・ドゥラ・エデン(凸)

 国籍:エデン(世界樹の森・死の森)

 職業:エデン初代国王(使徒)

 従者:――

 ****************


 因みにサクラはこんな感じ。

 ****************

 名前:サクラ・ファス・ドゥセ・エデン(凹)

 国籍:エデン(世界樹の森・死の森)

 職業:エデン初代王妃(使徒の妻)

 従者:――

 ****************


 これに気付いたときのサクラは嬉しそうだった。

 間違いなく喜んでいたはずだ。

 長い、それは長い夜だったからな。

 

「カミーユ。聞こえた? 問題無い?」

「聞こえたぞサクラ。全く問題無い。熊どん達にも近くまで来て貰っておこう」

「よろしくね」


 バタバタと兵士達が走り回る音が聞こえる。


「誰か王城に伝令。早馬を!」

「エデンなど知らん! こうなったら二人を……」

「団長は下がってください!」


 おお、ヤンセンさんが部下から怒鳴られている。

 仕事が出来ない上司は悲しいね。


【クレティア様がマスターを転移者として選定した理由が理解出来ました】

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