地球で最も影響力が無いおっさん、異世界スローライフを夢見る ~交渉の結果チート能力は手に入りましたが、使徒の役割はスローライフを許してくれません~

島田圭

第1章 世界樹の森エデン

第1話 衝撃の事実

「プシュッ」

 

 五月の晴れ渡る空。

 頬を撫でる爽やかな風。

 軽やかで甘美な「プシュッ」


「あー。朝から飲むビールは最高だね」


 開け放たれた窓から独り言が風に乗って流れていく。

 三十五歳の独身男性の週末なんてこんなもんだよ。

 友人と遊ぶ?彼女とデート?


 友達?

 彼女?

 何それ?

 日本語なの?

 美味しいの?

 

 別に寂しく無いよ?

 だって俺は友達がいないのでは無い!

 一人が好きなだけなのだ!

 

 他人って面倒でしょ?

 自分の時間って大切でしょ?


「まあ、そんなことどうでも良いや。俺は一人が好きなんだ……」


 殺風景なリビング。ソファーに腰掛けスマホを手に取りラノベの続きを読む。

 色々なジャンルがあるが、俺はファンタジーが好きだ。

 特に異世界転生。

 だって、リアルじゃないし、異世界って言葉自体ワクワクするよね。


 現在の生活に不満は無い。

 大学を出て、地元では大手の企業に就職して、給与も高い方だ。

 総務だから細々したことは多いし神経も使うが、営業のように数字のプレッシャーも無ければ接待も無い。

 経理のように月締め作業で毎月地獄が待っている訳でも無い。


 月に何日か残業はあるが、許容範囲。

 ほぼ定時で毎日帰れる。


 飲みニケーションに参加しなくても文句を言われることもない。

 おかげで業務以外に話しかけられることも無い。


 趣味と言えばラノベを読むだけ。お金も使うことが無い。

 通帳の残高が増えるだけ。

 老後の心配もさほど無い。


「今の生活に大変満足しています。神様ありがとう」


 何となくそんなことを思って呟いた。

 途端に眠気が襲い意識を手放した。



 ――

 ゆっくりと意識が覚醒していく。

 どうやら眠っていたようだ。

 右手を動かしスマホを探す。

 身体に染みついた無意識の行動。


「ん?」


 おかしい。俺はソファーでスマホを片手にラノベを読んでいたはずだ。

 しかし、ベッドで布団を着ている感覚が確かに伝わってくる。

 しかも、太陽の匂いがする心地よい肌触り。

 あるはずのスマホも無い。


 慌てて目を開け身体を起こした俺はプチパニック。

 全く知らない部屋だった。


「あぁ。今は夢の中か。確か明晰夢って言うんだったか?」


 夢の中とは思えないリアルな感覚。

 ゆっくりと部屋を見渡す。

 間違いなく自分の部屋では無いことは確かだ。


「高級ホテルのスイートルームのようだな。行ったこと無いから判らないけど」


 TVで観たことがあるような豪華な部屋。

 ベッドも布団も、床に敷き詰められている絨毯も。

 少し離れたところにあるソファーにテーブル。

 全ての物が『私は高級品です』というオーラを纏っている気がした。


 スマホが無いので時間は判らないが、夢の中だから問題無い。

 それよりも今はこの夢を満喫しよう。


 ベッドから出て自分の格好を確認すると、純白のバスローブ的なやつを身につけている。

 モコモコしているのにシルクのような肌触り。

 現実では一生縁が無いのは間違いない。


「あら。ようやく起きたのね」


 音も無くドアが開き、女性の声が聞こえた。

 予想外の出来事に驚き反射的に振り向くと、恐ろしく美しい女性がゆっくりと部屋へと入ってきた。


 キラキラと金色に輝く長い髪。

 彫刻のように整った顔立ちに、透明感のある碧眼。

 スレンダーでありながら見事な凹凸を描くボディーライン。

 光沢のある白色を基調としたドレスには、金糸で施された装飾が美しい。


(神々しい……)


 息をすることを忘れるほどに魅入ってしまう隔絶された美しさ。

 女神とはこのような人のことを言うのだろう。


「女神は実在した……。夢の中だけど」

「あら。私のこと知ってたの?」

「いや。知りませんけど」

「でも、『女神は実在した』って言ったじゃない」

「言いましたけど。女神のように美しいと思ったので。女神に会ったことはありませんけどね」


 初対面の女性と会話が出来る。

 さすが夢だ。現実とは違う。

 会話の内容は普通では無いが。


「まあ、良いでしょう」

 ジト目で美女が睨んでくる。意味が判らない。


「では、とうしようさん」

「……」


 どうして初対面の俺の名前を知っている。


「貴方には今から私が管理しているエルトガドへ転生してもらいます」

「……。えっと……」

「どうしたの?」

「ちょっと驚いただけです。問題無いですよ」


 どうせ夢だ。転生だろうがどんとこい。全てを受け入れて満喫しよう。


「説明したこと覚えていないの?」

「はい。聞いてませんね。何せ初対面ですし。今まで寝てましたし。夢の中ですし」

「夢じゃ無いよ。これ現実だから」


 OK。自称女神さん。超絶美人だから何でも許してあげよう。


「貴方が眠る前に説明したけど、その様子だと覚えていないようね」

「ええ。全く覚えていません。寝て起きたらこの状況です」

「判ったわ。もう一度説明するから、テーブルに移動しようか」


 自称女神は高級感溢れるテーブルに移動し、こちらも高級感溢れまくる椅子へと腰掛けた。

 俺も対面に腰掛け彼女を見据えた。


(近くで見ると本当に美人だ。テーブルに膨よかな母性の象徴が鎮座しておりますよ。眼福眼福)


「では、改めまして佐藤翔太さん。私はクレティア。地球を含めたいくつかの世界を管理している上級神よ。貴方には私が管理しているエルトガドへ転生してもらいます」

「転生ってことは、私は不慮の事故で死んだとか、人を助けて死んだんでしょうか?」

「いいえ、違いますよ」

「転生ですよね?」

「転生ですね」


 死んでいないのに転生?

 いやいやいやいや。

 待って欲しいクレティアさん。


 転生って、女の子の危機を助けて身代わりになったとか、虐げられていたのに真っ直ぐに生きたご褒美とか、神の手違いで死んでしまったとかさ。

 

 それが転生の王道だよね?

 様式美って言う物があるよね?


「えーっと。佐藤翔太さんは日本人でしたね。もしかして異世界転生もののラノベ好き?」

「まあ、そうですね。唯一の趣味と言っても過言では無いですね」

「ごめんね。そういうラノベ的理由は無いのよ」

「と言いますと?」


 今まで真っ直ぐ俺の目を見ていたクレティアさんがばつが悪そうに目を逸らす。


「落ち着いて聞いてね。気を確かに持ってね」

「そんなこと言われると身構えちゃいますけど……」

「貴方は……。貴方は、地球で最も世界に影響を与えない存在。居ても居なくても問題無い存在」


「えっ?」


「地球では無能で役立たず。貴方以外に適任者が居ないのよ。誇りなさい」



 クレティアさんや。

 何を仰っているのか判りません。

 判りたくありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る