彼女の目的 二-②
「……ごめん、つまんない話したね!」
長々と身の上話をしてしまったことが急に恥ずかしくなり、ネイサンは話を切り上げようとした。
なぜこんな話をしてしまったのだろう。イェトには何の関係もない、興味もない話だろうに。彼女に何かを期待している自分が情けなく思えて、ネイサンは話題を変えようと手元のボタンを押した。ブゥン、という鈍い音と共に、指定座標への航行シミュレーション結果のホログラムが浮かび上がる。いつの間にか、目的地が目視できそうな位置に来ていた。
「あ、そろそろ廃船が近いみたいだよ!」
気まずい沈黙を何とかしようと無駄に明るく声をあげ、フロントガラスの向こうへ目を凝らす。確かに、それらしき物が進行方向にポツンと浮かんでいた。
「遠いね。近付ける?」
いつの間にかイェトも、身体を起こして正面を見ていた。彼女の問いに「ちょっと待って」と返し、安定飛行モードを解除する。ネイサンが操縦桿を倒すと、エンジンが大きく振動した。
「……もしかして、イェトが言われてた廃船って戦時廃船なの?」
徐々に近くなってくる目的地の姿を見て、ネイサンは傍らを振り返った。
「戦時廃船って?」
「世界大戦時に使われてた、廃軍用艦のことだよ。普通の難破船と区別するためにそう呼ばれてるんだ」
戦時廃船は通常の難破船――何かしらの原因で航行能力に支障を来しその場に廃棄された宇宙船――と同じく、漂流デブリのひとつだ。軍事能力を持つ代物のため本来は回収が望ましいのだが、戦争末期に到来した巨大彗星の影響で即時回収が不可能な船が大量に出てしまい、事後の完全回収も難しいとして実質放置状態になっていた。
「戦時廃船かぁ……」
死体があったらどうしよう、とネイサンはちょっと憂鬱になった。迷信のようなものではあるが、難破船や戦時廃船が幽霊船になっている、などという噂話は学校でもよく耳にした。ネイサンは幽霊を信じているわけではないが、その手の話も死体も苦手なのだ。
「何もいませんように……」
「なに?」
「いえ、なんでも」
思わず漏れた呟きにイェトが首を傾ける。それに首を横に振って応え、ネイサンは操縦桿を握り直した。今は仕事中。変な与太話を思い出してビビっている場合ではないのだ。
「思ってたより大きいな……」
船が近づくにつれ、廃船の全貌が見えてくる。それは、真っ二つに折れた中型軍用艦のようで、ネイサン達が乗っている宇宙船の十倍以上の大きさだった。
これなら横付けするよりどこかに着艦した方がいいな、と判断し操縦桿を傾ける。廃船の表面を滑るように飛ぶネイサンは、少し進んだ先でぽっかりと空いた穴を見つけた。崩れて分かりにくくなっているが、戦闘機などの艦載機用発着口のようだった。ここから中に入れそうだ。
「ここ降りれる?」
イェトも同じことを考えていたようで、傍らからそう声がかかった。「いけるよ」と返し、ライトを付けて着艦体勢に入る。ゆっくり軍用艦の中に着艦したネイサンは、目視で周囲を見ようとして偶然目に入った船外気圧計に驚いた。
「え?」
「なに?」
「外が、地上と同じ気圧になってる。……まさか壊れてる?」
真空である宇宙空間は地上とは気圧や気温が大幅に違う。人間が地上と同じように活動するのは不可能な環境のため、スペースアーマーなどの外部装置を用いることで初めて普通に動けるようになるのだが、今ネイサンが見ている船外気圧計は地上にいる時と同じ数値を叩き出していた。故障か、はたまた超常現象か。どちらも嫌だな、とネイサンは思った。
「スフィリスにいた時は普通だったんでしょ?」
「うん……。大気圏を抜けた後も数値に異常は無かったから大丈夫だと思ってたんだけど……って、イェト?」
ネイサンが首をひねっていると、イェトが席を立って廊下の方へ足を向けた。
「ここで悩んでも仕方ない。行くよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
ネイサンの返答を待たずにスタスタ行ってしまう彼女を慌てて追う。
「せめて
「要らない。あれ嫌い」
「そういう問題!?」
「ダメだったらすぐ閉める」
イェトはそう言うと、実にあっさりと乗降口のドアを開けてしまった。咄嗟に息を吸い、念のため
「息できる。それ要らないよ、ネイサン」
「ええ……?」
生身で宇宙空間に出ても即死することはないが、十数秒で死に至る危険な場所であることに変わりはない。だというのにそんなリスクを冒しているとは到底思えない態度に、ネイサンは彼女が人間なのかちょっと疑わしくなった。
イェトの顔はすぐ引っ込み、船を降りた軽い足音だけが聞こえてくる。スフィリスだろうが宇宙空間だろうが関係なく我が道を行く彼女に、ネイサンは諦めのため息を吐いて後に続くことにした。
イェトの言う通りSAはとりあえず置いておくことにして、恐る恐る船外へ出る。そんなネイサンをあざ笑うかのように、船外の環境は『普通』だった。息はできるし寒くない。無重力で体が浮くことすらない。完全に地上と同じ状況だ。
「なんで……?」
これが、生きた船であれば納得がいく。戦闘機や小型貨物艦などの艦載機装備を持っている大型船では必ず、機体や人員物資の移動を滞りなく行うため地上と同じ環境を疑似的に作り出す『シールド』を張るからだ。すべての大型船はこのシールドのお陰で、発着口を開きっぱなしにしても発着場の作業員が死なないようになっていた。
しかし、自分達が今いるのは戦時廃船だ。シールド機能を持っていること自体はおかしくない軍用艦ではあるが、廃棄されて長いはずの今現在、その機能が稼働状態になっているなんて通常では考えられない。
――――この船、何かがおかしい。
「ネイサン」
一足先に周囲を調べていたイェトに呼ばれ、ハッとする。振り返ると、彼女の細い指が近くの壁を指していた。
「ここ、誰かいる」
イェトが指さす先に、明かりがある。壁に見えていたのは大きなスライド式の扉で、その枠上で長方形の照明が煌々と照っていた。
「無人廃船では無さそうだね」
「……嘘だぁ」
聞きたくない話を聞いてしまった。戦時廃船にいるやつなんて、生きた人間でも幽霊でも死体でも全部嫌だ。
「行くよ」
「……もうちょっと躊躇いってものを持って欲しいなぁ……」
当たり前のように大扉へ向かったイェトにため息を吐き、ネイサンは気乗りしないまま彼女の後を追った。
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