19,望月

「ところで貴方方、お名前はなんて言うのかしら」


 思う存分羽を伸ばした朱い鳥は、僕達に名を尋ねた。

 僕達は各々名乗ると、満足そうに目を細めた。


「『あかね』に『ゆーま』ね! 改めてありがとうございますわ!! ……そうだ! 貴方方には何かお礼をしなくてはいけませんわね……」

「えっと……貴方は?」

「あぁ、そういえばまだ名乗っていませんでしたわね!」


 委員長の問いかけに、オホンと一つ咳払い。

 すると纏う空気が一変する。

 ピンと張り詰めた周囲の空気に、思わず姿勢を正してしまう。


わたくしは南を守護する神の獣。炎から生まれし朱き鳥。名を『朱雀』と申しますわ!!」

「――朱雀!」

「貴方方は特別にタメで構いませんわよ!」


 ……朱雀。

 中国の伝説上の神獣で、かつて京を守護したとされ、白虎と同じ「四神」の一匹。


 以前委員長が白虎を呼び出した時は、遠くから観ていただけだったが、今僕は朱雀と、神と対峙している。

 纏う空気から感じる格の違い。

 輝いて見えるほどの神々しさに、呼吸を忘れるほどの存在感に圧倒され、僕は動くことが出来なかった。


 そんな時だった。

 大きな地鳴りと共に、部屋全体が大きく揺れた。

 高く積まれた財宝達は、ガシャガシャと音を立てながら雪崩を起こす。


「――そうだ核! 早く核を探さないと!」


 今、魔使君は下で飛樽を戦っている。先の地震は戦闘の余波だろう。

 魔使君が負けるとは思わないが、飛樽には永続的な魔力供給がある分、長引けば分からない。

 ダメージを肩代わりする性質上、核を破壊しない限り、七不思議との戦闘に終わりは来ない。


「あら貴方達、核を探していますの? けれど残念。生憎ここには無いんですの」

「え⁉」

「……何処にあるのか、知ってるの?」

「えぇ、知っておりますとも。石にされて、この世界の一部にされて久しいですもの。この世界のことなら何でも分かりますわ!!」


 えへんと朱雀は胸を張る。


「何処にあるか教えてくれませんか⁉」

「良いですわよ! ささ、コチラですわ! でもゆーま、礼儀正しいのは結構ですけれど、わたくしにはタメでよろしくてよ!!」


 テチテチと朱雀は、僕達が来た道を歩き始めた。

 思わぬ手がかりに僕達は顔を見合い、朱雀の後をついて行った。


「――と言っても、もう貴方達は?」


 前を歩く朱雀が、そんなことを言い出した。


「……見てる?」

「えぇ、そのはずですわよ。あ~んな大きいモノ、見逃すはずありませんわ!」


 何だ? 既に見ている、見逃すはずないだって?

 僕達は何を見てきた?

 レンガ造りの建物に、出店が幾つもある広場。

 そこで賑わう魂達に、絵画などの芸術品。

 大きいって言葉から考えるに、展示されていた彫刻のどれかか?

 でも展示品から魔力を感じないから核ではない、と委員長が言っていたよな?


「あら! この部屋、随分と派手にぶち壊れてますわね!!」


 考え込んでいると、朱雀が部屋の惨状に驚愕する。

 オルトロスとの戦闘で僕が崩壊させた部屋だ。


「ま、むしろ都合良いですわ! ほら、あれがですわよ」

「――……え、は、え?」

「――……嘘、でしょ」


 そう言って羽を伸ばし、指し示されたモノを見て、僕達は言葉を失った。

 朱雀は指差したのは真上。

 そこにあるのは、視界に埋まりきらないほど大きなだったからだ。


「こんな……デカいのって……」

「領域の核とは、展開者の望むモノを形作るのですわ。だからこそ、形も、大きさも千差万別なのですわ」


 核と言う言葉から、僕は小さな球を想像していた。

 まさか……、こんな……。


「月を……破壊なんて……」


 助けを求めるように委員長に目をやると、出来ないと眼で訴えられた。


 そりゃそうだ。

 僕達はオルトロスとの戦闘で出し尽くしてしまっている。

 万全だったとしても破壊できるか怪しいモノを、魔力切れの今出来ることなんて、何も――……。


「どうやら、思ってたよりも早く来ましたわね!!」


 僕達の前に出た朱雀は、大きく翼を広げる。


「……来た?」

「えぇ。助けていただいた恩を返す時が、ですわ!」


 大きく羽ばたいて、僕達の真上を優雅に飛行する。


「さぁご覧遊ばせ! 特に『あかね』! 貴方の矛となるこのわたくしの勇姿、その目に焼き付けなさい!!!」


 天高く嘶くと、広げた大きな翼で一気に羽ばたいた。

 白い炎を身に纏い、一つ、また一つと速度を上げていく。

 それはまるで、天に昇る流星のよう。

 天へと昇る一筋の光は尚も速度を上げていき、星すら霞むほどの輝きを放ち。




 そして――――。




 訪れる衝撃。

 まるで地に叩き伏せるかのような凄まじい重みが、僕達に襲いかかる。

 更に領域世界そのモノが大きく揺れる。

 建物は大きく軋み、大地は大きな亀裂を生みながら崩壊していく。

 粉々に破壊された満月の破片は、摩擦に燃えながら流星のように地に堕ちてくる。

 一瞬のうちに、世界の崩落を描いたような地獄絵図が広がった。


 その時だった。

 僕の脳内になにかが流れ込む。



『違う! 私はやってない!』

『信じてください兄上! 私は斯様な事しておりませぬ!』

『何故! 何故誰も余を信じてくれぬ⁉』

『何故私はこうなった? ……あいつが……いや、あの場にいた者全てが憎い!!』

『それもこれも、奴らに「金」と悪知恵を働く「能」があったからだ。たったそれだけで、私は虐げられた……。たった、それだけの能無しの分際で――!』


『――……そうだ。優れているのは、才があるのは私だけでいい。下賤な無能ゴミが持っているよりずっと良い』

『そして私が全能な神として、烏合共を統治してやろう。無能ゴミ共では決して叶えられぬ太平を、この私が!』


 それは潔白を訴える声。

 それは自身の悲境を嘆く声。

 それは自身を陥れた相手を恨む声。


 それは、怨嗟が詰まったの記憶。

 覚えのない罪で罰せられ。

 自身より劣る者から排斥され。

 その果てに、己を陥れた相手を支配するという復讐を叫んで終わる。


 そんな――――。


「……吉岡くんどうしたの? なんで泣いてるの?」

「え?」


 僕の頬を涙が伝う。

 いつの間にか僕は涙を流していた。


「どこか怪我でも⁉」

「ううん、違う。そうじゃないんだ」


 反応からして、どうやら今の記憶を委員長は見ていないようだ。

 かと言って、特段話さなくてはいけない内容でもないから、説明はしない。


「ただ……可哀想で」


 間違いなく、あの記憶は飛樽のものだ。

 僕は奴が、どのような最期を迎え怪異になったかを垣間見た。

 飛樽が生前、どれだけ誠実だったかはわからない。

 けれど確実に言えるのは、周囲の人間、環境が飛樽を歪めたのだ。


 人を沢山殺したのも、自己顕示欲を満たすために死者の魂までも利用したのも、到底許されるべき行為ではない。

 けれど、それほどまでに歪められてしまった。

 味方がいない環境から逃れることが出来なかった。

 環境に恵まれなかった。

 ただそれだけで、堕ちるとこまで堕ちてしまった飛樽が――……。



「よく分からないけど……。それより吉岡くん、貴方に聞きたいことがあるんだけど」

「何?」

「オルトロスと戦ってたあの時――」

「あかねぇーー!!! ゆーまぁーーー!!!」


 委員長が何か言いかけたその時、空から僕達の名前を叫びながら朱雀が降ってきた。


「どうどうどうどうどうどうでした⁉ しっっっっっっかりとわたくしの勇姿を目に焼き付けましたか?」


 忙しなく、僕達の周りを遊泳する。


「うん、ちゃんと見てたよ! 一撃であの満月を粉砕するなんて、すっごい破壊力だね!」

「えぇえぇ! もっと褒めてくれてもいいんですのよ~?」

「……ねぇ、朱雀」

「……何かしら」


 委員長の言葉に少し驚いた朱雀だったが、優しく問いただす。


「『貴方の矛になる』って、どういう意味?」


 核である月を破壊する前、朱雀は確かに貴方の矛になる私の力をよく見ておけ、とそう言っていた。


「そのままの意味ですわ。これからはわたくし、貴方にこの力をお貸し致しますわ!」

「……どうしてなの?」


 どこか不安を滲ませながら、委員長は朱雀に問う。

 今さっき出逢ったばかりの自分にどうして、と。


「――色々理由はありますけれど……一番はですわ、あかね。貴方だからこそ、私は力を貸すのですわ」


 愛しい娘を見るかのような、優しく穏やかな目でそう答えた。


「どういう――」

「そ、れ、よ、り!」


 追求しようとした委員長の言葉を遮るように、朱雀が重ねる。


「下で大きな魔力が二つぶつかり合っていましたけれど……一つはこの結界に巣くう怪異として、もう一つは何かご存じ?」

「あぁ、彼は魔使恵まつかいめぐみ。僕達の仲間だよ!」

「……そう。まつかいめぐみ、と言うのですね」


 魔使君の名前を反芻する朱雀は、やがて「よくお聞きなさい」と念頭に置いて口を開く。


「これは神獣朱雀としての警告です。まつかいめぐみ、奴は世界を呑み込むほどの邪悪を孕んでいます。その気になれば、この世界を掌握……いや、潰滅させることだって――。……奴を警戒なさい」


 真剣な目とその剣幕に、僕と委員長は押し黙ることしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る