16,護り護られ

 階段を駆け上り、僕と委員長は二階へ辿り着いた。

 そこは長い廊下と幾つもの部屋で構成されていて、窓は一切無い。

 この階の情報を一切漏らさないとでも言うかのような、閉塞感に包まれていた。


「……どの部屋だろう」

「分からない。でも虱潰しというわけにも行かないわ。幾つか目星をつけて見ていきましょう!」


 全ての部屋を見ていく余裕は僕達にはない。

 階下で戦っている魔使君もそうだが、何より助けを求めている生存者がいる。

 しかも最後に叫んでいた様子から、犬に襲われている。

 一刻も早く助け出さなければ、手遅れになってしまう。


 駆け出そうとしたその時だった。


「萓オ蜈・閠?匱隕具シ√??雹りコ吶○繧茨シ」


 曲がり角の奥から、黒い仮面を被った大柄の男が現れた。

 金の装飾が施された紺色のベストに白のワイシャツを身につけ、手には巨大な棍棒を持っている。

 一人だけで無く、奥から同じ格好をいた大柄の男がわらわらと姿を現した。


「な、なになになに警備員⁉」

「警備員として配置された魂ね!」


 警備員は全員で七人。

 こいつらから逃げながら、めぼしい部屋を見ていくのは難しいだろう。


「――……ここで戦うしかないのか」


 全身に巡る魔力を手と足に集中させるイメージをする。

 すると手足が仄かに青白く光りだす。


「――……よし」


 自分を鼓舞しつつ気持ちを落ち着かせる。

 すると一人が僕めがけて突っ込んできた。

 巨体に似合わずかなりのスピードでコチラに迫ってくる。

 魔力を込めた脚に力を入れ、左に躱す。


「――……いける」


 標的が消え、壁へ激突した警備員を見ながら、僕が戦えることを確認する。

 今ので速度感覚は掴めた。これならいける。勝てる。


「縺??縺翫♀縺翫♀縺翫♀??シ?シ?シ」


 大きな雄叫びを上げ、再度突っ込んできた。

 今度は逃がさないとでも言うかのように、警備員は両手を広げている。

 だが僕はもう逃げるつもりも、躱すつもりもない。


 脚に力を入れ、一気に距離を詰める。

 一瞬のうちに懐に入った僕に、警備員は急に反応できない。


 がら空きの胴体へ、僕は拳を叩き込む。

 腰を入れ、力の限りを込めた拳は、ミシミシと音を立てながら警備員の体にめり込んでいく。


「――まだ!」


 その勢いのまま、拳を一気に振り抜く。と同時に、拳に集中させた魔力を解き放つ。


 ――……固い壁を突き破るイメージで!


 拳を振り抜くと同時に、警備員の体に大きな風穴が開いた。


「縺後▲窶ヲ窶ヲ」


 警備員はそのまま倒れ込むと、黒く濁り霧散して消えていった。


「――やった!」


 勝てた。勝ったんだ! 僕一人で!


 委員長の方を向くと、彼女は一人で五人を同時に相手していた。

 まだまだ遠いな、そう思った時、委員長の背後から警備員が忍び寄っていた。


(まずい!)


 声をかけようも、戦闘中の彼女には届かないだろう。

 走って殴り飛ばそうにも、横に思いっきり回避した影響で、委員長達から距離が離れている。僕が駆けつけるより、委員長が殴られる方が早いだろう。

 遠距離なら『フレイル』なら⁉

 ……いやダメだ。『フレイル』は火力こそあれ速度がない。それに委員長を巻き込みかねない。


 どうするどうする⁉


 この距離を、委員長が殴られるよりも早く――……。




 そうだ。あの魔術ワザなら――。




 目を閉じ、大きく息を吸ってイメージする。



 銃に見立て、伸ばした人差し指の先に、魔法陣を展開。

 そこから生み出すのは、カボチャのような形の実。


「――『亜音速の狙撃樹スナバコノキ』!!!」


 実が炸裂し、細長い針のような棘を放つ。

 音速に匹敵する速度で棘は廊下を横断し、委員長の背後に迫る警備員の眉間を貫いた――!


 委員長はその後、危なげなく五人を圧倒し、僕達は無傷のまま戦闘を終えることが出来た。




「ふぅ……勝てて良かった」


 一気に押し寄せた疲れを吐き出す。ぶっつけ本番で肉弾戦をしたが、想像より上手くいった。

 そこへ委員長から声をかけられた。


「その……ありがとう。助かったわ」

「うぅん、全然。むしろ役に立てて良かったよ」

「貴方を護るって大口叩いたのに……護られたのは私だったわね」

「そんなことないよ! 委員長は五体も倒してるんだから。委員長が大勢相手してくれたから、僕は余裕を持って戦えたんだ」


 僕は遠距離狙撃を決めての二人撃破。

 それに対し委員長は、全て同時に相手し、終始圧倒しての五人撃破。

 レベルが違うのだ。

 もし委員長が相手にしていた数が少なければ、僕はもっと苦戦をしていただろう。

 もし向かってきた敵の数が少なければ、僕は委員長に護られていただろう。

 委員長がいたからこそ、僕は無傷で戦えたんだ。


 その事を伝えると、委員長は少し頬を赤らめた。


「――と、とにかく! 早く行きましょ!」


 誤魔化すように、強引に話題を変えた。

 先を急ぐため、委員長は走り出す。

 だが走り出す直前、小さく「ありがとう」と言っていたのを僕は聞いた。




 ◇ ◇ ◇


「ハァ……ハァ……」


 あれから幾つか部屋を見てみたが、中に居たのは警備員ばかり。

 助けを求めていた声の主はおろか、声の主を襲った犬の手がかりすら見つからない。

 走っている最中にも警備員は容赦なく襲ってくる。

 その所為で僕の撃破数は七、委員長は三十二にまでなっていた。


 体力と魔力が少しずつ、けれど確実に消耗してきたその時だった。


「ねぇ委員長、あれ!」


 目の前に、高さ五メートルはあろう大きな扉が現れた。

 放つ存在感は他の比では無く、その大きさも相まって目が離せない。

 きっとあの中に――……。


「――……違う」


 そう思ったのだが、委員長は角を曲がった。


「ぅええ⁉ ちょ、何処行くの委員長⁉」

「……違う、そっちじゃない」


 そう言いながら委員長は止まることなく走って行く。

 目の前の、いかにも怪しい扉をスルーするのは名残惜しいが、僕は委員長の後をついていった。


 そうして辿り着いたのは、何てことない普通の扉の前だった。

 見えにくいように隠されているわけでも無く、特別な装飾も何もない。

 今までに幾つもあった、ごくごく普通の扉だった。


「……ここ、ここにいるわ」

「なんでそう言い切れるの?」

「――……感じるの。きっと、はここにいる」


 声にいち早く気づいたのも委員長だった。

 なら、委員長と声の主は何かしら繋がりがあるのかも知れない。


 確証を孕んだ手で、委員長は勢いよく扉を開けた。

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