投資家たちの夜
ノアのオフィス
高級タワーマンションの高層階、全面ガラス張りのオフィス。ノアは、暗闇に包まれた都市を見下ろしながら、ブランデーグラスを傾けていた。
「太陽が昇らなくなってから4日……世界は、予想通り混乱している」
ノアの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
彼のデスクには、複数のモニターが並び、世界各国の経済指標や株価情報がリアルタイムで表示されている。ノアは、それらの情報を冷静に分析し、次の投資先を探っていた。
「人類の未来をかけた宇宙関連株、エネルギー高騰が続くことを見越した資源関連株、食糧不足を見越した植物工場関連株……」
ノアは、これらの銘柄に魅力を感じながらも、安易に飛びつくことはなかった。彼は、常に一歩先を読む男だ。今、市場はパニックに陥っている。しかし、この混乱が収束した時、真の勝者が現れる。ノアは、その勝者になるために、機を待っていた。
「焦ることはない。未来は、すでに決まっている」
ノアは、ブランデーグラスを空にし、立ち上がった。そして、窓の外に広がる暗闇を見つめながら、呟いた。
「この永夜が、新たな時代の幕開けとなるだろう」
彼の瞳には、冷徹な光が宿っていた。
*
バー「投資家たちの集い」
その夜、ノアは、都内の一等地にあるバーを訪れていた。そこは、財界の有力者たちが集う、秘密の社交場だ。
「ノアさん、お久しぶりです」
「やあ、ノア。最近はどうだい?」
ノアは、次々と声をかけてくる投資家たちに対応しながら、情報を収集していた。彼らの会話からは、永夜による経済への影響や、政府の対応への不満が聞こえてくる。
「政府は、全く頼りにならない。この国は、もう終わりだ」
「いや、まだチャンスはある。この混乱に乗じて、大儲けできるはずだ」
彼らの言葉は、ノアの耳には届いていなかった。彼は、すでに次の投資先を見つけていたのだ。
「最近気になるVtuberを見つけたんだ」
「Vtuber? たしかにブームは続いているが、この永夜渦でエンタメ系か?」
「そのVtuberは単にエンタメだけじゃない、もっと強い力を持っている。これは伸びるぞ、そして、それに永夜渦での数少ない投資先を探す世界中の投資家が飛びつくはずだ」
「バーチャルなんて信用ならん。あんなのは、まやかしだよ」
「だからこそだ。誰も信用していないからこそ、その信用の隙間に付け込んで投資するんだ」
しばらくして、ノアは投資家たちとの会話を切り上げ、店を出た。そして、深夜の街を歩きながら、新たな投資先について考えていた。
「――か。おもしろいものを見つけた」
ノアは口元に笑みを浮かべながら、夜の街へと消えていった。
*
潮風市内にある屋敷
永夜から4日目、ウスツキ組の屋敷は静寂に包まれていた。
「まったく、何を考えているんだか……」
ウスツキ組の頭、ユキコは、庭に咲く花を見つめながら、縁側で一人お茶をすすっていた。
「ヒナちゃん、また部屋に閉じこもっているんですか?」
ユキコの付き人のユヅキが心配そうに尋ねる。
「ああ。食事もろくに取らず、絵ばかり描いている。太陽が昇らない世界に怯えているんだろう」
ユキコは、深くため息をついた。
「同い年くらいの友達がいれば、少しは気が紛れるかもしれませんね」
ユヅキは、ポツリと呟いた。
「そうだな。あの子、学校にも行かず、友達もいないからな……」
ユキコの言葉に、組の若頭、タツオがニヤリと笑った。
「ユキコばあさん、それなら俺たちに任せといてくださいよ」
「どういうことだい?」
ユキコが怪訝な顔をする。
「簡単ですよ。街に出て、ヒナちゃんと同じくらいの女の子を連れてくればいいんです」
タツオは、悪巧みをする子供のような顔で言った。
「何をバカなことを! 誘拐するつもりか?」
ユキコは、タツオを睨みつけた。
「いやいや、ユキコばあさん。力ずくで連れてくるわけじゃないですよ。あくまで、ヒナちゃんの友達になってくれる子を探しにいくんです」
タツオは、言葉を濁しながら言い訳をする。
「そんな都合のいい子が、いるわけないだろう」
ユキコは、呆れたようにため息をついた。
「いや、いるかもしれませんよ。この異常事態で、家族や友達と離れ離れになってる子もいるでしょう。そんな子なら、ヒナちゃんの気持ちも理解できるかもしれません」
ユヅキが、ユキコを説得するように言った。
「……わかった。やってみるといい。ただし、絶対に無理強いはするなよ」
ユキコは、渋々ながらも、タツオの提案を受け入れた。
「任せといてくださいよ!」
タツオは、自信満々に胸を叩いた。
「ヒナちゃん、もうすぐ友達ができるかもしれませんよ」
ユヅキは、ヒナの部屋に向かって微笑んだ。
(……友達なんて、いらないよ)
そんな問答を聞きながらヒナは、心の中で呟いた。
(誰がこんな世界にしたの……どうして、私がこんな目に遭わないといけないの……?)
ヒナは、涙を流しながら絵筆を握りしめた。
(もう、絵も描きたくない……)
ヒナは、そう思いながらも、絵を描く手を止めることができなかった。
*
潮風学園の近くのカフェ
薄暗いカフェの中、シホは窓の外を眺めながら、コーヒーカップを握りしめていた。向かいには、親友のサクラが紫色のセミロングヘアを傾けながら心配そうな顔で彼女を見つめている。
「みんな、こんな異常事態なのに身勝手すぎるのよ」
シホは、深くため息をつきながら、最近の出来事をサクラに語り始めた。それは、彼女が永夜の発生の結果、追われることとなった多数の業務についてや、その業務に追われ、なかなか自分の時間を作ることができないといった愚痴だった。
「でも、シホちゃんは、いつも通り生徒会長として頑張ってるじゃない」
サクラは、シホの手を優しく握りしめながら、励ますように言った。
「そうだけどかもしれないけど……正直、もう疲れたわ。みんな、自分のことしか考えてないみたいで……」
シホは、目を伏せながら、呟く。
「食料の買い占めとか、デマを流す人とか……どうして、こんな時に助け合えないのかしら」
「そうだね……でも、みんな不安なんだと思う。この先どうなるか分からないから……」
サクラは、シホの気持ちを理解しようと努めながら、優しく語りかけた。
「たしかに不安だけど……この先のことがわからなくても、私は、みんなのために頑張りたい。この学校を守りたい。それが、私の使命だと思ってるから」
シホは、顔を上げ、決意を新たにした表情でサクラを見つめた。
「シホちゃん……」
サクラは、そんなシホの姿を見て、胸が熱くなるのを感じた。
「大丈夫だよ、シホちゃん。シホちゃんは一人じゃない。私も、みんなも、応援しているよ」
サクラは、シホの手を握り返し、力強く言った。その温かさに、シホは涙がこみ上げてくるのを抑えきれなかった。
「ありがとう、サクラ」
シホは、サクラに抱きつき、声を上げて泣いた。サクラは、シホの背中を優しくさすりながら、彼女が落ち着くのを待った。
しばらくすると、シホは涙を拭い、顔を上げた。
「ごめんね、サクラ。弱音を吐いてしまって……」
「いいのよ、シホちゃん。いつでも頼ってね」
サクラは、シホに優しい笑顔を向けた。
二人は、コーヒーを飲みながら、他愛もない話をした。太陽が昇らないという異常事態の中、束の間の安らぎの時間が流れた。
「ありがとう、サクラ。あなたと話せてよかった」
シホは、心から感謝の気持ちを伝えた。
「私もよ、シホちゃん」
サクラは、シホの手を握りしめ、微笑んだ。
「これから、大変なこともあると思うけど、一緒に乗り越えていこう」
サクラの言葉に、シホも力強く頷いた。
二人は、店を出て、互いに励ましの言葉を掛け合い、別れた。
シホは、カフェの前でサクラを見送りながら、再び決意を固めた。
「私は、この学校を守り抜く」
薄暗い空の下で彼女は誓うのだった。
*
首相官邸、危機管理センター
国家安全保障会議(NCS)のメンバーが、重苦しい空気に包まれた会議室に集まっていた。
「農林水産大臣、今後の予測を改めて報告してください」
首相の言葉に、農林水産大臣は神妙な面持ちで立ち上がった。
「はい。永夜の影響により、農作物は壊滅的な被害を受ける見込みです、家畜も大量死も予測されます。漁業も同様で、海産物の漁獲量は徐々に減少していく見込みです。我が国の食料自給率は、やがて数パーセントにまで落ち込むでしょう」
会議室に、静かな衝撃が走る。
「つまり、我が国は将来の食料危機に直面しているということですね?」
経済産業大臣が、深刻な声で尋ねた。
「残念ながら、その通りです」
農林水産大臣は、深く頷いた。
「しかも、他国の食糧安全保障政策の影響を受け、既に一部で輸入が止まり始めています。このままでは、国民の食生活が崩壊しかねません」
外務大臣が、険しい表情で付け加えた。
「早急に食料安全保障政策の抜本的な見直しが必要だ」
首相は、決然とした口調で言った。
「しかし、通常の農業では、この永夜の下では何も育ちません」
文部科学大臣が、絶望的な声で呟いた。
「そこで、凍結されていた食料生産プラント試作一号機の稼働を提案します」
経済産業大臣が、切り札を提示した。
「あのプラントは、まだ安全性と採算性に問題があるのではなかったか?」
厚生労働大臣が、懸念を示した。
「しかし、背に腹は代えられません。国民の命を守るためには、このプラントに頼るしかないのです」
経済産業大臣は、強い口調で反論した。
首相は、しばらくの間、考えを巡らせていた。そして、ついに決断を下した。
「よし、食料生産プラント試作一号機の稼働を承認する。ただし、安全性の確保には万全を期すること。厚生労働省と農林水産省は、省庁を超えて専門家チームを編成し、出荷物の徹底的な検査を行うように」
「承知いたしました」
両大臣は、力強く頷いた。
「これより、我が国の食料安全保障政策は、新たな局面を迎えます。国民の命を守るため、全力を尽くしましょう」
首相の言葉に、会議室のメンバーは、大きくうなずいた。
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