わたし、宿敵一族に溺愛されています!?
七福 さゆり
第1話 最悪の転生先
「………………だぅ!?」
私、アメリア・ヴォルフ(生後八か月)は、手に持っていたおもちゃを頭に落とした瞬間、前の人生の記憶を思い出して大泣きした。
「おぎゃあああああっ!」
「きゃあ! 大変! お顔に傷が付いていないかしら!?」
「旦那様に見つかったら、殺されるわよ! 大丈夫なの!?」
ああ、なんてこと……。
どうやら私は不運にも前世で命を落とし、大好きな小説『おぞましき世界に光を』のモブに転生してしまったらしい。
よりによって、ヒーローに惨殺されるモブに……!
私の大好きな小説『おぞましき世界に眩い光を』を解説しよう。
他国への侵略を繰り返す大国ローゼルは、強い異能を持つ二大公爵家に守護されていた。
一つ目が、闇の力を操るヴォルフ公爵家
二つ目が、光の力を操るシュヴァルツ公爵家
二大公爵家の当主は、お互い敵対しながらも、代々国王に従う忠実な家臣で、王のどんな願いも命がけで叶えてきた。
二大公爵家は侵略戦争に参加し、次々と勝利をもたらしている。
主人公は大国ローゼルの王女、他国への侵略を続ける悪政王の父親を止めたいと思っていたが、非力な彼女は何もできずにいた。
一方、シュヴァルツ公爵家の嫡男であるヴィクトールは、侵略戦争の片棒を担ぐ父親に憤りを感じていた。
なぜ、悪政を強いる国王に加担するのか――。
そんな中、ヴィクトールは、ヴォルフ公爵家に誘拐されてしまい、非道の限りを尽くす虐待を受けた。
殺されそうになったその時、身体の内に眠っていた異能に目覚め、ヴォルフ公爵家を壊滅させる。
成長した彼は、城で行われた建国記念祭で王女と出会い、悪王を止めたいという彼女の想いを聞いた。
ヴィクトールと王女は手を取り合い戦い、家臣である父、そして悪王を倒す。
王女は女王に即位し、そしてヴィクトールは彼女の夫となり、英雄と呼ばれるようになるのだった。
というお話なわけである。
私の推しは、ヒーローであるヴィクトールだ。
不器用で、勇敢で、誇り高い彼が大好きで、実は二次創作までしちゃったりしたこともある。
そして生まれ変わった私の家名に注目してもらいたい。
アメリア・ヴォルフ……
そう、私はヴィクトールを誘拐し、壊滅させたヴォルフ公爵家の四女だ。
小説にはサラッと名前だけしか出てこなかった。
まさか推しに殺される運命だなんて~~!
いくら推しとはいえ、殺されるのは絶対に嫌!
ちなみに前世の私の死因は、交通事故だ。すっっっごく痛かった。
もう痛い思いをして死ぬのは嫌! ヴィクトールが誘拐される前に、隣国辺りに移住しよう。
「ああ、よかったわ。傷は付いていないみたい」
「命拾いしたわね。気を付けましょう。このおもちゃは使わせない方がいいわね」
さっきまで遊んでいたおもちゃを没収され、うさぎのぬいぐるみを宛がわれた。
んもう! 頭は大人なんだから、赤ちゃん用のおもちゃなんて貰っても嬉しくなんて……
ふわぁぁ♡え、何? なんか、すごーくいいかも~♡ やわらかぁい~♡
このフォルム、なんともいえない魅力~♡ 赤ちゃんだから、こんな風に感じるのぉ?
今すぐ逃げ出したいけど、今の私は非力な赤子! 成長するまで待つしかないわ。
「うふふ、気に入ったみたい」
「本当に可愛いわ。ヴォルフ家の皆様は、全員綺麗な顔立ちよね。でも、アメリアお嬢様は、一際美しいわ。将来が楽しみね」
え、私ったら、どんな顔をしているの?
アメリアは挿絵がなかったから、顔立ちがわからないのよね。鏡を見れる歳になるのが楽しみだわ。
「でも、こんなに天使みたいな顔をして、残虐な性格になってしまうのかしら……」
「それは、間違いないでしょう……だって、ヴォルフ家だもの」
そう、ヴォルフ公爵家の血筋は、残虐なことで有名なのよね……。
ヴィクトールの生家であるシュヴァルツ公爵家は良識があるけど、ヴォルフ公爵家は目的のためなら手段は選ばないって感じで、お互い敵対している。
だから、後継ぎであるヴィクトールを誘拐して、殺そうとするわけだ。
とにかく今だけは、何もしなくていい。ぬくぬく、ごろごろできる赤ちゃんライフをエンジョイしようじゃないの。
はあ~♡うさちゃんのぬいぐるみ、かぁいい~♡
◆◇◆
私がぬくぬくごろごろ幸せに生きられたのは、本当に赤ちゃんの頃だけだった。
ヴォルフ公爵家に生まれた人間は、ほとんどが異能の力に恵まれる。だいたいが五歳ぐらいまでに自然と開花することが多い。
『ほとんど』……ということは、察した?
そう、私、アメリアは、異能の力に恵まれなかった。
命の危機に直面すると開花することもあるんだけど、私の場合は駄目だった。
父親であるヴォルフ公爵から窒息死する直前まで首を絞められても、私の能力は開花することはなかった。
ヴォルフ公爵家で異能の力がないということは、価値がないということ――。
というわけで私は、ヴォルフ公爵家で、家族からも使用人からも、鼻つまみ者として扱われている。
完璧な自分から無能な娘が生まれたことが許せないらしく、機嫌が悪い時は部屋に来て、暴力をふるっていく。
しかも、顔じゃなくて、服で隠れる身体に!
私の顔は、侍女たちが話していた通り、ものすごく可愛かった。
黄金色の艶やかな髪、大きな紫色の目、高くはないけど形の整った鼻、ぷくりとした赤い唇、例えるのなら天使! いや、それ以上だわ。
いや、自慢したいわけじゃないのよ。美しいからこそ、利用価値があるって話……。
まあ、私はもうすぐ家出するから、関係ないけどね!
何か金目の物はないかしら。
午前の授業を終えた私は、次の授業の合間に自室を出て、屋敷の中を歩いて回る。ヴォルフ公爵とエンカウントするとぶん殴られるから、奴がいない時が狙い目よ。
「こんな所で何しているのよ」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、二つ年上のカミラお姉様が、苦虫でも嚙み潰したような顔をして私を見ていた。
彼女もさすがヴォルフ公爵家の血を引いているだけあって、とても美しい。まあ、私の足元には及ばないけど!
「カミラお姉様、ごきげんよう。次の授業まで時間があるので、散歩をしておりました」
ドレスの裾を抓んで片足を引き、にっこりと微笑む。
「部屋から出てこないでよ。目障りだわ」
目障りなら、見なきゃいいじゃない。ていうか、話しかけてこないでよね。
「申し訳ございません。では、私はこれで失礼いたします」
ぺこりと頭を下げ、サササ~っと彼女の前から立ち去った。
波風は立てないに限る。
カミラお姉様に逆らったって告げ口をされたら、またヴォルフ公爵にぶたれるもの。
それにカミラお姉様は、闇の異能を持っている。機嫌を損ねたらカミラお姉様にも、ヴォルフ公爵にもダブルでボコボコにされるわ。
ちなみにもう、ボコボコにされた経験がある。
あ~あ……もう少しだけ、探索したかったな。でも、まあ、もうすぐ次の授業が始まるし、いいか。部屋に戻ろう。
私は部屋に鍵をかけ、絨毯を剥がし、床板を外した。
「ふっふっふ……」
埋めていた小袋を取り出し、中を開く。そこにはダイヤ、金、サファイヤ……と宝石がぎっしり詰まっている。
私が小さい頃からコツコツ集めてきた、汗と涙と苦労の結晶だ。
ヴォルフ公爵家は裕福なので、家のあちこちに宝石がある。新しく購入したものは取るとバレてしまうので、古いものを拝借していた。
「うぇへへ、いっぱい集まっちゃった」
これを換金すれば、何年かは生活していけるでしょう。
この国と隣国では、十二歳から働くことができるらしい。そして私は、とうとう今日で、十二歳になった。
今日の夜中に、家出を決行するつもりだ。
はぁぁ~……緊張するわ。
見つかったら、今まで以上の暴力を受けることになるのは、間違いない。でも、成功すれば、きっと今より幸せな生活が待っている。
アメリア、頑張れ! アメリア、負けるな!
はっ! いけない。もうすぐ次の授業の時間だわ。また、元に戻しておかないと。大切な宝石ちゃんたち、待っていてね~♡
授業が終わったら、仮眠を取ろう。大切な時に、眠くなったら大変だものね。
こうして私はみんなが寝静まる夜を今か今かと待っていたわけだけれど、夕食の時間が終わったところで屋敷内が騒がしくなった。
え、何? 何があったの?
こっそり部屋を出ると、カミラお姉様と嫡男のオスカーお兄様が立ち話をしているのが見えた。
バレないように壁に虫のごとく張り付き、様子を伺う。
「まさか、本当にやるなんてな」
「さすがお父様だわ! シュヴァルツ公爵家の後継ぎを誘拐するだなんて!」
………………んんっ!?
誘拐!? ヴィクトールを!? 嘘でしょう!?
原作だとヴィクトールが誘拐されてくるのは、冬だった。今は春、まだ大分先のはずなのに、どうしてこの時期に!?
もしかして、私が動いていることで、歯車が狂っているの?
「はあ……拷問する時には私にもさせていただけないかしら……」
「俺がお父様に頼んでやるよ」
「本当!? オスカーお兄様、ありがとう! 大好きっ!」
拷問させて欲しいだなんて、本当いかれてるわ……。
原作通りにいけば、このままだとヴィクトールは、酷い目に遭わされる。私なんかよりもずっと……。
いや、待って!? ということは、早く逃げ出さないと、殺されちゃうじゃない!
いくら推しとはいえども、殺されるなんて冗談じゃない。
今日、予定通りに家出を決行しよう……。
私は再び決意をし、また部屋へ戻った。
ごめんね、ヴィクトール……私、あなたは助けられない。でも、大丈夫よ。あなたは酷い目に遭うけれど、ちゃんと助かるから。
◆◇◆
息を吸っているのに、緊張のあまり苦しい。
うう、私ってば、何してるのよ……。
草木も眠る深夜――私は屋敷を抜け出して外……ではなく、地下牢に忍び込んでいた。
ちなみに見張りの者は、眠らせてきた。盗んでおいた眠り薬を蝋燭に垂らして、嗅がしてやった。効果は抜群!
じゃなくて、私ってば、本当に何してるのよ……寄り道なんてしている場合じゃないのに!
薄暗くて、じめじめしていて、黴臭い。そんな中に、月光を浴びたように美しい銀髪の少年が、鎖に繋がれ、赤い目でこちらを睨んでいた。
「誰だ、お前は……」
ヴィクトール・シュヴァルツ。私の推しだ。
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