第35話

 

 ローレン様がお借りしたという別荘は、お屋敷からずいぶん離れたところにある。管理人は別棟にいて誰に会うこともないだろう安心な場所だそうだ。車でも2日はかかるそうで、1日目の夜は途中宿をとって泊まることになっていた。

 夕食も済ませ宿に到着する。

 

 宿に着くとローレン様は長距離の運転にも疲れた様子を見せないで、宿に着いて、荷物持ちもしてくれる案内人に付いて部屋に移動する。その間も、案内人の視線が向かなくなるとカーラを見つめている。


「……あなたが視線を向けるのはこっちじゃない?」


 ささやかれて横を向けば、アイリス様に見られていた。頬を膨らませて怒っている。けれどそれはポーズだけのようで、すぐに頬は元にもどって、嬉しそうにしている。

 この旅行を楽しみにせずにはいられなかった。こうして一緒にいることが叶って、私も嬉しい。


 アイリス様の優しい視線の先にいるのは私で、私の視線の先にいるのはアイリス様で。

もうすぐドアを入れば2人きりの時間になるというのに、入る前から見つめられて、言葉があるわけでもなく、視線を交わす。

 それでもやっぱりあまり見つめられると、堪えられなくなって私は視線を外してしまう。


 案内人は部屋の場所まで案内するとローレン様から心付けを受け取って、私たちの関係性を不思議に思うこともないのか、さっさと戻って行った。


だからといって・・・


「アイリス様は、少し見つめ過ぎです……」


「なににも気にしないでマリーと居ていい時間なんだから、いいじゃない」


「まだ、ドアの外ですから、気にしてください……」


 隣を見ると、ローレン様とカーラ―はもう隣の部屋に入っていったよう。

 

「……マリー、あなたが見るのはこっちだって言ったでしょ?」


 アイリス様の手が私の頬に触れて、ゆっくり顔を正面に戻される。

 偶然なのか、アイリス様の親指が唇に触れる。いや……偶然なんてことはなさそうで、……アイリス様の唇は薄く開いていて、私の唇を見つめている。……今なにをしたいと思っているかが、わかってしまう。


「……だから、ここは外ですよ……アイリス様……」


「……マリー、顔が赤いわよ」


 アイリス様はいたずらな笑みで言った。

そして、アイリス様の頬に触れていた手が下りてきて、私の手に触れて握られる。


「アイリス様のせいです……」


その手を見つめて、私は抗議する。


「フフッ……中に入りましょう、マリー」


アイリス様が私の手を引いて行こうとする。


「待ってください……荷物が……」


私はトランクを両手で持つと、アイリス様の後に付いて部屋に入った。


 部屋に入ってドアを閉めると、トランクを置く。これは今日の分だけで、残りの荷物は別荘の方の管理人の所に届いく手筈になっている。

 まだ、新婚旅行は始まったばかりだ。明日はどういう所だろう。楽しみに思っている。それと同時に緊張もしている。あまりの開放的な時間をもらうことになれていないからかもしれない。


 私が視界にアイリス様を捉えると、アイリス様はこちらを見て、微笑んだ。



「マリー、このドレスを脱がせてもらってもいい?」


 それはいつものことで、その言葉は聞きなれたはずなのに、心臓が一度大きく跳ねた。気が付けばアイリス様はしっかりと私を見て、待っていた、そのせいでもあった。


「はい……」



 息をついて伏目で静かにアイリス様の傍に寄る。

 今私の表情は平静にできているだろうか。

不意に上げた私の目線がアイリス様のとはっきり合ってしまう。私は何も言わずすぐに逸らした。


 ボタンを外し、するするとドレスを肩から滑って落ちる。私はなぜこんなにも敏感になっているのだろうというほどに、衣擦れの音が耳に響いた。それでもいつものようにしてドレスを片付け終わると、アイリス様は両腕は持ち上げ、私は後ろからコルセットの紐を解いていく。正面にまわって、外そうと下をむくと首筋に吐息がかかるのを感じる。感覚がそこへ集中してしまう。

 私の視線がアイリス様の肩のラインや、無防備に開いた脇や腰に向けられていたのに気づかれてしまっただろうか……

 私は冷静を装って、何も感じていない振りをする。

 今は、着替えを手伝っているだけ。脱がせていくことにふつふつと刺激されそうになる心を鎮めるよう自分に言い聞かせる。

 そうしていないと、着替えを手伝うたびに、よくない感情が浮かびそうになるかもしれない。守るべきラインはこれからも守るつもりだから……


 視線をあげると、また目が合った。顔では素知らぬ雰囲気を出しているが、近い距離で見つめられ続けて、湧き上がってくる欲を自身の中に感じている。


 結婚式までの間、準備も忙しく、人の出入りも多かったのでお互いあまり触れられなかった。離れなくてもいいという安心で、触れられない期間など気にならなかったはずなのに、考えてしまうと、アイリス様の感触を思いだして熱くなる。


 アイリス様の視線は私の唇を一度撫でたかと思うと、また目を見つめてくる。

 アイリス様の持ち上げられた手が私の腕に置かれて、さらに2人の距離をつめてくるが、もう一歩確実なアプローチをなにもくれない。

 この空間に私もアイリス様も解放を感じていて、それは分かっているのに、いつものように私を攻めることがない。期待してしまう自分がいる……試されているのだろうか……



 アイリス様からいつもきてくれるのに・・・

 

 アイリス様は私に、口火を切らせたいと思っているのかもしれない……アイリス様が私にさせたいこと、私から求めること……私が、アイリス様を求めていると示すこと……

 それがいまだに上手くできない、わかってはいるが……



 侍女としての役目を終わる前に、我慢のできない人間になるのはよくないと思う・・・・・・


 明日になればもっと素敵な場所が待っている。私は、だから明日に取っておけばいい。


それはほとんど嘘で、……ただ勇気がないだけというのが、本当のこと


 突き抜けて強くアプローチを表せない。

 それでも手を伸ばしてアイリス様の腰に回した。顔をゆっくり近づけていく。

 アイリス様のほうから求められれば、簡単に崩れるのに。私は戸惑いと緊張のなかで、アイリス様の唇にキスをした。


 向き合って様子を窺うと、アイリス様は足りないと不服そうな表情をして私を見る。

 私は眉を下げて許してほしいという顔をする。


「ふふふ、ふふっ……」


 アイリス様は、すぐに顔をほころばせて笑い出した。私はただ固まったままで……


「マリーはそうよね。可愛いから許してあげる……私は、お風呂に入るわ体を流したいから」


許されたようで、アイリス様は行こうとする。


「マリーも来る?」


振り返ってしっかり捕まえられると尋ねられた。


私はぶんぶんと首を振る。


「ふふふっ……じゃあ後で」



 部屋にあるバスルームにアイリス様は行ってしまった。着替えとして夜着を用意してそっと置きにいく。


 静かな部屋、また敏感な耳はバスルームから漏れる音を捉えて仕方がなかった。











 














 

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